第5話 悪魔たちの茶会


れたてだぞバラム」

「わーい! ヴィネちんがれてくれたコーヒーだ! ……でも私、カフェインと言ったら紅茶派なんだよね。僅かに朱に染まった琥珀こはく色の飲み物って時点で良くない?」

「まあ確かに見た目はいいな。ただ香りのくせが強くて我は好かん」

「えー、そこがいいのにー! それに、風味ふうみ産地さんちで結構変わるから、今度ちょっと癖の弱めの奴持ってきてあげるよー!」

「ほう、それはありがたいな」


 ルードたちが地上を目指して120層から花騎馬で駆けあがっている間、時を同じくして172層の開けた場所で、お茶会としゃれ込む悪魔たち。


 倉庫に秘蔵ひぞうしていた珈琲こーひー豆を使ったひと時にひたりながら、石をそのまま切り出した椅子いすに座って二人は談笑していた。


「してバラム」

「なにかなヴィネちん」


 ただ、ヴィネとしては、なにも井戸端いどばた会議をするためだけに、この茶会を開いたわけではない様子。その証拠に、彼女は珍しくその仮面を脱ぎ、素顔すがおさらしていた。


「まさかとは思うが、お主、コルウェットの奴を契約者けいやくしゃとして選んだのか?」

「あ、やっぱりわかる?」

「わかるも何もないだろう。ああもかかりっきりで何かをしていれば、いやでもそうだと考えるよ」


 契約者、という言葉に反応したバラムは、「まあバレちゃうよねー」とコーヒーを飲みながら言った。

 そんな彼女にあきれた様子のヴィネは、めるようにとあることをいた。


「お主、自分のダンジョンはどうしたのだ。一応、試練を与える側としての自覚をどうにかしろ」

「えー……」


 自分のダンジョン、というのはそのままバラムが管理するダンジョンのことをだ。悪魔であるバラムは、同じ悪魔であるヴィネ同様、管理人としてつとめるダンジョンを保有している。


「ダンジョンとは、我らが契約者を見定める試練の場であることを忘れるなよ」

「でもでもー、あくまでも、悪魔でも、ダンジョンは“見定める”場所でしょ? 正直言って私のダンジョンってダンジョンの中じゃ、んだからさ、こっちでいい感じの子を見繕みつくろっても別にいいでしょー」

「お主……自分のお眼鏡にかなうやつを見つけるために、あのようなダンジョンを作ったのではないのか……? ある意味、あのダンジョンはベリアルの奴よりも性格が悪いぞ」

「ベリアルなんかと一緒にしてほしくないな~! それに、そもそも私は候補者を選ぶつもりも契約者を作るつもりもなかったんだよ~! ヴィネちんなら知ってるでしょ~!」

冗談じょうだんかと思ってたよ。まさかあの方の意に背くことはすまいとばかり……」

「かぁー! ヴィネちんは真面目だね~! というか、ヴィネちん以外であの方の言うことを真面目に聞きそうなのってバアルとかパイモンぐらいでしょ? ベリアルなんか、最初に決まったダンジョンの法則から外れて好き勝手してるしね。それに比べて、私はただ難易度が高いだけ。もちろん最下層にたどり着けさえすれば考えるけど、んだから見込み無し~」

「まあ確かに、ベリアルの奴と比べるのはこくか。とはいえ、ダンジョンも使ってやらんと可哀かわいそうだぞ?」

「もちろん、そこはしっかりと使ってるよ!」


 カップの底に残ったコーヒーを飲み干したバラムは、未だ自分のダンジョンに思いを馳せた。


「それに私のダンジョンはコルちんの修行場にはちょうどいいからねぇ~」

「あそこを修行場にするとは……大丈夫なのか?」

「死んじゃうぐらいの緊張感がないと修行にならないよ。特に、コルちんみたいなタイプはね~」

「まあ、確かにな。最下層の門番を倒した彼女の思い切りは目を見張みはるものがあったのは確かだ。ルード同様、土壇場どたんばでこそ力を発揮はっきするタイプなのやもしれんな」

「そうそう。それに、どういうわけかすごいやる気でさ~。私も楽しくなっちゃって来たんだよね」

「それはよかったじゃないか」


 楽しそうにコルウェットとの修行のことを話すバラムを見て、ヴィネは頬をほころばせた。それから――


「さて、本題だ」

「未来のこと?」

「その通り」


 この茶会の本題へと入った。


「大局を……いや、違うな。数か月先の未来を見通そうとすると、不確かな霧がかかる。バラムの言っていた通り、ルードの未来が見えないのはわかってはいたが、そうだとしても範囲が広すぎる。おそらくは、あと数か月で何かが起こる。我らが未来視でも見通すことのできない何かが、この世界の大局を左右するようなことを起こす、と我は踏んでいる」


 未来を見ることができない。そんな当然のことを不安視するのは、未来を見ることのできる彼女たちだからこその特権だ。


 そんな特権をもってして、ヴィネは未来を憂う。


「この場合はルードが何かを起こしたと考えるべきなのだろうが――最悪を考えれば、ルードのように我々が未来を見ることができない誰かが何かを起こした可能性を考えるべきだ。そして……それは、我ら悪魔たちの目的が、ついに次のステージに進むと、見るべきだと我は思う」

「それはどうして?」

「つい先日、『宝宮ほうきゅうプルソン』が攻略されたことを耳にしてな。アレは我らの中でも特別難易度が低いが、それでも王位ダンジョンの一角だ。どうしてか地上でその噂を耳にしないのが疑問だが、我とベリアルを合わせれば三つ。そして例外的だが、お主とコルウェットを合わせれば四つだ。王位ダンジョンは九つ。既に半数に手をかけている以上、残る五つも時間の問題だろう」


 喋り続けて乾いたのどをうるおすようにコーヒーを飲み干してから、彼女は改めて言った。


「来るぞ荒波が。あと数か月か、数年か。ともかく、もう数百年と空白ができることはないだろう」


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