地獄最終日

登った陽の元へ

 俺が目を覚ました時、東の空が白んでいた。日の入りだ。


「起きたかエナミ」


 既に上身体を起こしていたミズキに俺もならった。ひんやりとした朝の空気が鼻先をくすぐった。


「ついに……地獄での日々を終わらせる時が来たんだな」

「ああ」


 俺達は自然と抱き合った。必ずこいつと一緒に現世へ戻るんだ。言葉は無くても二人とも同じ気持ちだっただろう。


「マサオミ様達の所へ行こう」

「うん」


 父さんの生命エネルギーが長くたないので、夜が明けたらすぐに生者の塔へ向けて出発する予定だ。

 俺とミズキは手を繋いでいた。誰かに見られてからかわれてもいい。少しでも接触していたかった。


「おはようございます」

「んあ、おはようさん」


 起き抜けのような、ぼぉっとした表情でマサオミ様が出迎えてくれた。イサハヤ殿はトモハルの手を借りて鎧を装着しているところだった。

 その横に弓の引き具合を確かめている父さんが居た。


「おはよう父さん。腕の具合はどう?」

「おはよう。引きる感じは無いから大丈夫だ」


 父さんは弓から手を離して、傍に寄った俺の頭に乗せた。


「すまない。もうおまえは頭を撫でるような歳ではないんだが、今はこうしたい気分なんだ」

「構わないよ」


 俺だって父さんの子供のエナミでいたい。でも父さんの命はあと半日程で尽きるのだろう。戦いでエネルギーを消費したらもっと早く別れが訪れるかもしれない。

 それを考えたら泣きそうになる。でも駄目だ。泣くのは管理人を倒してからだ。


「おはようございます! ランも起きました、いつでも出発できます!」


 賑やかな声でセイヤが登場した。初日からそうだが、彼を見ると心底ホッとする。セイヤは俺とミズキを見つけるとニカッと笑った。昨日は戦闘に参加できないことを嘆いていたが、もう完全に吹っ切れたようだ。


「おい、ふざけんな!」


 反対方向からシキの怒鳴り声が聞こえた。見ると、シキとミユウが口喧嘩しながら歩いて来る。


「こっち見ろよミユウ! ちゃんと謝りやがれ!!」

「何だよ、おまえだって合意したじゃねーか。今更グチグチ文句言ってんじゃねーよ」

「そうだけどさ、いくら何でもあんなコトまでやるとは思わねーだろ!? もっと遠慮しろよ!」

「あーうるせーうるせー、わたくし何も聞こえませんわー」

「都合がいい時ばっか女の振りしてんじゃねーよ! 馬鹿力で俺を押さえつけておいて……」


 何だかすっごく不穏な会話をしている。おい、ランとアオイも来ているんだぞ?


「あ、あらあら皆様もうお揃いでしたのね。早起きは何とかの得と申しますものね。おほほほほ」


 俺達の白い眼に気付いたミユウが笑って取りつくろった。シキは半泣きの顔で俺に訴えた。


「ご主人! 絶対に生き残るからな! アレを俺の最後の思い出にしてたまるか!!」


 夕べあの後、シキとミユウの間に何が有ったんだろう。怖くて聞けない。


「シキとミユウもガチホモ?」


 アオイに手を引かれたランが無邪気に質問したが、みんなそっと目を逸らした。


「凄い隊だな、ここ……」


 当然の感想を漏らした父さんに俺は応じた。


「軍隊らしくないだろ? でもだからこそ、みんなくじけずにここまで来られたんだ」

「……そうだな。そうかもしれない」


 ガチガチな規律で管理されてしまっていたら、心に余裕を持てずに俺は潰れてしまっていただろう。素人の俺やセイヤが十日間も地獄で戦って来られたのは、ひとえにみんなが優しかったからだ。

 泣くことを許してもらえた。気持ちが落ち着くまで休ませてもらえた。俺の復讐心についても、どうするかは俺自身に決めさせてもらえた。


「俺はこの隊が大好きなんだ。だからこそ、みんなで現世へ戻りたいんだ」

「戻れるさ」

「ああ、絶対に戻る! 全員揃ったなら早速出発するぜ、目的地は東の生者の塔だ!!」


 マサオミ様が力強く宣言した。もうすっかり精悍せいかんな顔立ちに戻っている。

 完全な鎧姿になったイサハヤ殿も言った。


「陣形はここへ向かった時と同じとする! マサオミ、ミズキ、ヨモギが先鋒。セイヤ、ラン、トモハルとアオイが続け。イオリとエナミは後方から援護、背後からの敵は私とシキが食い止める」

「よっしゃ、聞いての通りだ。みんな行くぜ!!」


 マサオミ様は背中に猫を乗せた灰色狼と歩き出した。


「エナミ、また後で」

「ああ」


 ミズキは俺を一度抱きしめた後にマサオミ様の元へ走った。


「ふぁ~、もう完全にあんた達って恋人同士ね~」


 アオイが目を輝かせて俺を見た。ミズキの方を見てくれよ。


「ガチホモ? ガチホモ?」


 ランは覚えたての言葉を使いたくてしょうがないお年頃らしい。


「ラ、ラン、俺達も行くぜ。エナミ、後ろはよろしくな!」

「ほらアオイ、私達も」


 好奇心旺盛な女子二人は、セイヤとトモハルに急かされて先鋒隊の後を追った。


「我々も行こう」

「はい」


 イサハヤ殿と父さんと俺とシキ……、そしてミユウは歩き出した。その上を案内鳥が飛んでいた。


「案内人、おまえ最終戦にまで付き合ってくれるのか?」

『見届けなくちゃいけないからね。キミ達の生きざまを』

「あらあら、お子ちゃまが生きざまだなんて」


 ミユウが小馬鹿にしたが鳥は意に介していなかった。奴は丸い瞳を俺に向けていた。


『僕に見せて教えてよエナミ。生きるってことの意味を』


 それはとても重い言葉だった。だが俺は案内人に頷いた。生きたい、みんなと一緒に。それが今の俺の全てだった。

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