地獄で最後の夜

 俺達は大いに飲んで語り合った。イサハヤ殿の発言で父さんの意外な一面を知れたが、俺も仲間達からいろいろ暴露されて何度も赤面する羽目になった。


「あの~……、なぁこの酒、本物にしか思えないんだけど……。俺、寝落ちしそう……」


 日が暮れた頃、最初に酔い潰れたのはシキだった。まぁそれも無理はない。彼はミユウにハイペースで酒をつがれていたから。


「ふ、隠密隊元リーダーともあろう者がだらしないですわね。仕方が有りませんわ、優しいわたくしが向こうで介抱して差し上げましてよ」


 ミユウはシキをひょいと肩に担いだ。


「皆様もその酒瓶の中身が無くなりましたら、そろそろお開きとなさいませね。それではこれで失礼致しますわ」


 ミユウは一人担いでいるとは思えない速度でスタスタと歩き、シキと共に闇の中へ消えて行った。その後ろ姿を俺達は何とも言えない感情で見送っていた。


「……あれってばシキ、ミユウに喰われるんじゃないか?」

「そうなりそうだな。ミユウは酒宴中シキにべったりだった。狙いを定めてわざとシキを酔い潰したんだろう」

「止めるべき?」

「いや私はシキに部下を殺された恨みが有るから」

「俺もだ。シキにはちょっと痛い目に遭ってもらおうか」


 大将ズはシキをミユウの生贄に捧げることに決めたようだ。俺はシキの主人としてどうするべきだろう? 俺にとってもシキは仇で……でも今は頼もしい仲間の一人で……、う~ん。俺の悩みはミズキが解決してくれた。


「ミユウはああ見えて相手が本気で嫌がることはやらない。俺だって何度もまとわり付かれたが無事だろう?」

「それもそうだな」


 俺もシキを放っておくことにした。シキが抵抗すればミユウも強硬手段には出ないだろう。……たぶん。


「人のことを心配しているがエナミ、おまえもそろそろ限界じゃないのか?」


 ミズキの指摘通りだった。さっきから頭がクラクラしていた。最初の杯以外は、潰れないように少量をついでもらっていたんだけどな。


「つらいなら俺にもたれろ」

「うん……」


 俺はミズキに身体を預けた。ギリギリギリと、イサハヤお母さんの歯軋りの音が聞こえた。


「……エナミはもう寝た方がいいな。ミズキくん、息子を奥に連れて行って休ませてくれないか?」


 父さんが俺達に退席を勧めた。


「あ、はい」

「でも父さん……、俺はもっと父さんと話したいよ」

「明日また会える。明日の大切な戦いに備えて、今夜はミズキくんとゆっくり過ごしなさい」

「…………。うん」


 俺は父さんの思惑を察した。明日はこの中の誰かが死んでしまうくらいの厳しい戦いとなる。犠牲になるのは俺かミズキかもしれないんだ。だから父さんは、二人で過ごせる時間を大切にしろと言いたいのだろう。


「エナミを介抱するなら私がやる」


 立ち上がったイサハヤ殿の軍服の裾を、父さんが摘まんで引っ張った。


「おまえはここで俺の相手をしろ」

「そーそー、もう一杯飲みなよ真木マキさん。ミズキにエナミ、また明日なー」

「おいっ、二人とも……」


 父さんとマサオミ様がイサハヤ殿を止めてくれている間に、ミズキはフラフラしている俺に肩を貸して、そそくさとその場を後にした。

 すみませんイサハヤ殿。今はミズキと二人きりにさせて下さい。無事に現世へ戻られたら、酒でも会話でもいくらでもお付き合いしますから。

 歩く度に父さん達の声がだんだん遠くなっていった。火照る頬に夜風が当たって気持ちいい。


「今日は……雲が多いな」


 ミズキに言われて俺も夜空を見上げた。今夜は残念ながら雲で月が隠れてしまっていた。


「うん、でも……今夜もいい晩だよ。父さん達みんなで飲めた」

「ああ、楽しかったな」

「それに……ミズキと見たあの綺麗な月は、俺の脳裏にしっかり焼き付けたから。目をつむればいつでも会える」

「そうだな」


 適当な場所を見つけたミズキは、俺を草の上に優しく寝かせて頬にくちづけした。


「おやすみ、エナミ」


 ん? 今日はこのまま寝てしまう気か? 俺は隣りに寝転んだミズキに抱き付いた。


「どうしたエナミ、そんなに気分が悪いのか? 待っていろ、ミユウを捜して水を出して貰ってくる」


 優しい奴だからな、ミズキのこの反応は予測できた。でも……。


「違うって」


 俺は背中に回した腕に力を込めて、起き上がろうとしたミズキを止めた。


「あんたが欲しいんだ、ミズキ」

「えっ……」


 久し振りに照れたミズキを見た気がする。最近は俺ばかり赤くなってミズキは余裕のすまし顔だったからな。


「エナミ、おまえは酒が入ると大胆になる性質タイプなのか?」

「さあな、試してみろよ」

「いやっ、でも……いいのか? おまえ酔って具合が悪いんじゃないのか?」

「酔った風になってるだけだろ? すぐに冷めるよ。だから……頼む」


 明日の戦いでは最悪全滅するかもしれない。ずっと一緒だった仲間達が運良く全員生き残られたとしても、仮面からの生命エネルギー供給が止まった父さんは確実に死ぬ。

 明日は……必ず誰かの死と対面することになるんだ。


「エナ……」


 俺は自分からミズキの唇を奪った。ミズキも俺の背中に腕を回した。

 怖いんだ。今日だってあと少しでセイヤとトモハルが死ぬところだった。

 生きて現世に戻る為に生者の塔へ向かうのに、そこには死が待ち構えている。

 モリヤの時と同じだ。死を身近に感じて俺は臆病になっている。

 だからどうか今だけでいい、生きている実感をくれ。


「ミズキ、愛してる」

「俺もだエナミ」


 しがみ付く俺が下になるようにミズキは押し倒して来た。

 父さんが存在してミズキの温もりを感じている、この瞬間で時が止まってしまえばいいのに。

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