地の底へ落ちるまで(五)
「やあ、
あの鎧武者が
「覚えているよ。しばらくぶりだな
「そうかい? 俺は嬉しいぜ。あんたとは一度、模擬戦ではなく本気でやり合ってみたいと……」
「連隊長ー!!」
マサオミ様の言葉尻に被せるように、誰かが叫んだ。俺達の軍の後ろから聞こえた。
「連隊長ー!!」
見ると、昨日捕虜になったトモハルだった。彼は後ろ手を縛られたまま、
トモハルは森の奥に居たはずだが、戦闘が起こり手薄になった警備を突破してきたようだ。
味方の中から敵が飛び出してくると思わなかった
「トモハル、生きていたんだな!」
「はい、連隊長。ここからは私も戦います!」
トモハルに連隊長と呼ばれたイサハヤ殿は、トモハルを拘束していた縄を切り、己の二の太刀を彼に渡した。
マサオミ様が不思議そうに二人を見ていた。
「まだ連隊長? 司令じゃなくて?
イサハヤ殿は苦笑してマサオミ様に返した。
「それは刀を合わせればすぐに解ること。言葉は不要だ」
「だな」
マサオミ様は一呼吸して、真剣な面差しとなった。
「
マサオミ様は低い姿勢で疾風のように駆け抜け、瞬時にイサハヤ殿の眼前まで到達した。
そして彼の刀は美しい弧を描き、イサハヤ殿の肩口へ振り下ろされた。
カキィン!
袈裟斬りにされるはずだったイサハヤ殿は、自身の刀でマサオミ様の斬撃を押し戻した。
刀同士が合わさる乾いた音が森に響き、それを合図に、再び両軍の兵士が入り混じる乱戦となった。
中距離間合いが必要な射手の俺は、セイヤと一緒に一旦後方へ退いた。セイヤにはできればこのまま走って、軍医など非戦闘員が居る森の最奥部まで逃れて欲しいのだが……。
敵前逃亡は重罪だ。ここで生き残っても、逃げた兵士の未来は暗い。
俺は腹を決めた。セイヤは俺が護るしかない。
遠目にイサハヤ殿と戦うマサオミ様が見えた。必ず勝って下さると信じて、俺は自分の間合いに入ってきた敵兵に狙いを定めた。
「エナミ!」
三連射で敵を仕留めたばかりの俺の耳に、セイヤの声が届いた。
「エナミ、来てくれ!」
声はしたのに姿が見えなかった。何処へ行った? 後ろに居たはずなのに。
「こっちだ、早く!」
セイヤが少し離れた大木の陰から顔を出した。
小走りでセイヤの元に急いだ俺は、彼が介抱しようとしている負傷兵を見て驚いた。
「
軍師のマホ様が、木の根元に寄り掛かるように倒れていた。
「やられたのか? 何処を!?」
「腹……。それもかなり深く斬られたみたいだ」
セイヤの言葉通り、マホ様の下半身は鮮血に染まっていた。
かなりの出血量だ。応急手当で何とかなる状態じゃない、今すぐ縫合手術ができる軍医に見せなければ。
「セイヤ、マホ様を背負って軍医の所まで走れ。俺が援護する」
「わかった!」
しかし他ならぬマホ様が俺達を止めた。
「……私はもう
「そんなこと、できる訳無いじゃないですか!!」
セイヤの反論を、マホ様は弱々しい声で抑えた。
「この位置から私を運べば……、マサオミ様に見えてしまうかもしれない。戦っているあの方の気を……、
俺は悟った。マホ様はマサオミ様の邪魔にならないように、負傷した身体を大木で隠して、独りで死のうとしているのだ。
「でも……」
諦められないセイヤが何か言おうとした時、森全体にどよめきが起きた。
何だ?
「火だ、森に火が
幾人もの悲鳴が聞こえた。振り返ると、カザシロ平原の方角から大量の煙が上がっていた。
位置から考えて、砦に残った
「何でっ!? 俺達がここに居るのに!」
マホ様が驚愕の瞳で空に昇る煙を見つめた。
「馬鹿……な。近くの森が燃えれば……、砦とて無事では済まないだろうに。それに……まだ
砦に残った
有名な武将、イサハヤ殿も居るのに?
「ぐ……、かはっ」
マホ様が口から血を吐き意識を失った。もう一刻の猶予も無かった。
セイヤは空になった矢筒を背中から外して放り投げた。
「行くぞ、エナミ!」
俺の返事を待たずにセイヤは、マホ様を背負い駆け出した。
慌てて俺もセイヤの後を追った。周囲の敵を倒して、セイヤが走る道を確保してやらなければ。
大木の陰から出た俺はちらりと、マサオミ様の方を窺った。
火事で混乱している戦場の中、マサオミ様とイサハヤ殿だけが冷静に、見事な剣技でせめぎ合っていた。
イサハヤ殿の重そうな太刀が水平に振られた。マサオミ様は難なくかわしたが、その際身体の向きが変わり、俺達の方を見てしまった。
「
マサオミ様は瞬時に、セイヤに背負われた人物が誰なのか察した。彼とマホ様は過去に交際歴が有ったのではないかと、部下の間で噂される程に信頼関係が強い。
負傷したマホ様を見て、マサオミ様に隙が生まれた。
「おい、
ビュンッ。
再び水平に振られたイサハヤ殿の刀を、マサオミ様はすんでの所でかわしたものの、体勢を崩して尻餅をついた。
それをイサハヤ殿が見逃すはずがなかった。
イサハヤ殿はすかさず上段に構え、刀をマサオミ様の身体へ振り落とそうとした。
「!!」
敵味方関係無く、周囲の兵士は皆息を呑んだ。大将戦の決着となるはずだったのだ。
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