生徒会長は隠れB系?

宇部詠一

生徒会長は隠れB系?

「私としてはダンス同好会を正式に部活に昇格させようと思っています」

 樋口の言葉に会議室はどよめいた。部活の予算会議の途中、予算の配分についての議論の途中だった。彼は眼鏡を指で押さえる。長身で痩せ型の彼がその動作をすると様になっている。一昔前の文学青年らしい外見をしているが、眼鏡をはずして髪を染めても似合う、そんな顔立ちをしている。

「部活を発足させる最低人数は満たしています。あとは顧問を探すだけです」

「反対です」

 机の反対側から別の生徒が発言する。

「予算が足りません」

「それに関してはこちらに」

 樋口は計算をパワーポイントで示した。

「活動していない部活がこれくらいあります。そして、一人当たりの部費をこれだけ徴収すれば問題はありません。このように、標準的な部費で活動費は十分にまかなえます」

「ですが、ダンス同好会はそもそも非公式のサークルです。サークルというか勝手に集まってる連中です。体育館を勝手に占拠して鏡の前で練習しています。他の部活の迷惑になっています。評判も悪い」

「だからこそ正式な部活にしたいのです。正式な部活にすれば場所取りのトラブルも減ります」

「しかし、ああいうタイプのダンサーは校風に合いません」

 別の生徒が樋口の右側から発言する。

「ああいう、とは?」

「だぼっとした格好で、うるさい音楽で、端的に言えば品がない」

 樋口は面と向かって言い放つ。

「文化に優劣はありませんよ」

 有無を言わせなかった。

「私が見ている限りダンスのレベルも高い。大会に出られるレベルです。能力があるのにそれを発揮させないのは、はっきりいって誤りです。それに自分に良さがわからないからと言って評価しないのは、端的に言えば不公平で、不合理です。小説というメディアの評判が悪かった頃にも、我が項にはすでに文芸部がありました。結果どうなりましたか? わが校から何人も作家が生まれています」



「お疲れ」

 校庭の隅の自販機コーナー、その片隅に座って微糖コーヒーを飲んでいる樋口に敷島が声をかける。小柄で短く刈った髪の毛の下で大きく笑む。

「おう」

 イヤホンを外して振り返る。敷島はにんまり笑う。

「意外だな、お前がああいうB系の肩を持つなんて」

「そうか?」

「うちのクラスの女子が噂してるぞ、樋口君は通学中にいつも音楽聞いてるけど、きっとすごい高尚なクラシックばかり聞いてるんだろうって」

「ドヴォルザークとかショスタコーヴィチとか?」

「そこでモーツァルトとかバッハとか言わないあたりがお前らしいよ」

「俺だって最近の音楽くらい聞くさ、ジャズとか」

「生まれてから百年も経ってるジャンルじゃねーか。というか、ショスタコーヴィチのほうが時代が後だろ」

 知的なタイプがモテるなら、俺よりもこいつのほうがモテそうだ。そう樋口は思うが黙っておく。というか、敷島のほうが物知りなのだが、どういうわけか樋口ばかりがそういうイメージになる。眼鏡をかけているからか?

 敷島はニヤニヤしながら樋口の肩をもみ始める。

「茶番はよそう。今日のお前は職権乱用をした。……違うか?」

「どういう意味だ」

 樋口は心底うっとうしそうに敷島の手を払う。

「文字通りの意味だ。お前、ダンス同好会の女子に一目ぼれしたんだろ」

「馬鹿言え」

「だけど、お前のスマホから流れてたのB系だろ?」

 樋口はスマホの表裏をひっくり返す。

「黙っててやるからコーヒー一杯だけおごってくれ」

「味は」

「ブラック」

 自販機からガタンと缶が出る。それを敷島に投げてやる。

「意外だよ。お前が好きなのはコテコテの文学少女みたいな女の子だと思ってたから」

「はあ?」

「出かけるときにはいつも日傘を差していて、紅茶が好物で、古臭い翻訳の文庫本が似合うような」

「そんな奴はいない」

「文芸部にはいたぞ」

「俺には合わない」

「それは同族嫌悪? それとも個人的経験?」

「ノーコメント」

「……コーヒーおかわり頼んでいいか」

「殴るぞ」

 樋口のこんな面を、クラスの女子は知らない。コーヒーを飲み干してから敷島は尋ねる。

「結局サークルの誰が好きなんだ、生徒会長」

「言わない。絶対に言わないからな」



 樋口のスマホが鳴った。

「お待たせ」

 その声と共に樋口は立ち上がる。安曇からだった。ダンス同好会の同学年の女子。制服を着ていると目立たない。華やかな雰囲気でもない。でも、踊っている時は誰よりも目立つ。

 二人の関係がバレないように、学校の近くでは一緒に歩かない。廊下ですれ違っても会釈さえしない。そのくせ、帰る時間は合わせている。通話しながら一緒に帰っている。それぞれ反対側の駅に帰るから、こうしないとゆっくり話ができない。

 今頃は平凡な女の子のふりをして帰っているのだろう。

「何してた?」

「図書館で勉強してた」

「本当は校庭で陸上部の女の子のこと見て時間を潰してたんじゃないかな」

「そんなことはない」

「どうかな、樋口君はお尻好きだから」

「……」

「何で知ってるかって? 本棚の漫画見ればわかるよ」

「うるせえ」

「反論しないんだね」

「君とは喧嘩したくない」

「樋口君のこういうとこ知ってるのは私だけで十分だよ」

 敷島も知ってるかもしれないと言いかけて、口を閉ざす。

「……生徒会は動かした。あとは田上先生が顧問をやってくれるかどうかだ」

「ありがとう」

「どういたしまして。田上先生はああ見えて新しいもの好きだから、行けると思う」

「うん」

 他愛のない話をする。あっという間に時間が過ぎて、スマホのむこうから踏切の音がする。そろそろ通話を切る時間だ・

「そういえば」

 別れを惜しむように安曇は問う。

「今までちゃんと聞いたことがなかったんだけど、樋口君は何でダンスに興味を持ったの?」

「……一流のものを見て惚れたなら、そのジャンルに興味があるってことだ。逆に、一流のものを見てもなんとも思わなかったら、そのジャンルには興味がないってことだ」

「また難しいことを言う」

「端的に言えば君のダンスが好きだったからだよ」

「えへへ」

 もう一本電車が走り去る音がする。

「なら、どうして私に興味を持ったの?」

「……」

「猛烈なアタックだったよね」

「……」

「やっぱり答えるのは恥ずかしい?」

 樋口も駅に着く。階段を上ってホームに近づく。

「安曇が俺を生徒会長としてみてないからだよ」

「何それ」

「文字通りの意味だよ。俺を生徒会長じゃなくて名前で呼んでくれる」

「じゃあ、私がこうして樋口君を利用したのは気に食わない?」

「それとこれとは別だ。彼女に頼られてうれしくない彼氏はいない」

「へっへっへ」

 スマホのむこうの照れ笑いを聞いて、樋口の口元が緩んだ。電車が来たので通話を切る。

「じゃあ、日曜日にまた」

「うん」

 その日ならゆっくり彼女のダンスが見られる。

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