第10話

 看護師の葉山はその日、光田の包帯を巻き直す為に病室を訪れていた。


「光田さんはどんな食べ物が好きですか」

「何でも食べます」

「お勧めのレストランとか、ありますか」

「あんまり外食しないので、よく知りません」

とにかくクールに、でも穏やかに答える。


光田に話しかけても、話が続いたことはなかった。


続かないと言うよりも、上手く切り上げられている感じがした。

そして、それ以上話しかけさせないような見えないバリヤをはる。


自分の美しさに自信があった葉山にとって、これはやはり少なからず傷つけられることだった。


何とかして光田を振り向かせられないか。

葉山は躍起になっていた。


ちょうどその頃、バックルームではある噂がまことしやかに流れ、葉山の耳にも入った。


看護助手の佐野がいると、光田がとても穏やかな笑顔を見せると言うのだ。


佐野は素朴なタイプで美人ではない。


葉山が調べた光田の恋人と言われた女性たちは、みんな誰もが名前を聞いたことのある女優やモデルばかりだ。


それでも噂の真贋をこの目で確認しようと、みんなで躍起になっていた。


葉山は配膳のタイミングを見計らって覗いてみようとしたが、どんなに試みても確認することは出来なかった。


何かの勘違いだろう。


自分でさえ軽くあしらわれているのに、あんなどこにでもいる子が相手にされるはずがない。


それでもこの噂はまことしやかに囁かれた。


しかし、その噂は突然否定された。


ベテランの鳥取による目撃談が決め手だった。


「彼、彼女いるでしょ」


「え?見たんですか?」


真山が身を乗り出す。


鳥取は意味ありげに笑うと、「キレイな見舞客がこっそり来てたわよ」と告げた。


「誰ですか?」


「一昨日の夜、トレーナーと一緒にいたわよ。すごくキレイな子。確か、何かで見たんだけど」


「それ、本当はトレーナーじゃないんですか?」


「違うわよ。なかなか際どい服装とか、ヒールの高さとか、あの目つき」


鳥取が獲物を狙うハンターのような目でみんなをグルリと見渡した。

「で、誰なんですか?何かのCMとかドラマに出てるとか」


真山の追い討ちに鳥取は首を捻った。

「でも、あれは一般人じゃないわよ」


次々に女優の名前を挙げていったが、結局誰かは分からなかった。


分からなかったが、院内での関心はその「美しい見舞客」に関心がうつることになった。

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