第8話

リハビリを兼ねて食後に病院の奥に広がる庭園を歩くことにした。


すぐ脇を流れる川に沿うように整備された歩道は、風が心地良く茂る木々の木漏れ日が美しかった。


足の具合が良くなり今にも走り出したい気分だが、トレーナーの戸波の指示に従い歩いた。


暫く歩いていると、向こうから車椅子に載るご婦人らしき姿とそれを押す人影が見えた。


近づくにつれ、車椅子を押す影がそよであることに気づいた。


通りすがりに挨拶でもしよう。

そう思ったが、どうやら雲行きが怪しい。


車椅子に乗った、年の頃なら70代だろうか。

ご婦人は泣いているようだ。

声は弱々しいが、なにかまくし立てるようにそよに向かって話をしている。


何かトラブルだろうか。

見てはいけないやつだろうか。


声をかけるのをためらい、光田はなぜか慌てて木陰に隠れた。


自分でもどうして隠れたのかよく分からなかった。


静かに耳をすませば、風の音に混じりご婦人の声がする。


「したくないんだよ。痛いし、嫌なんだよ」

婦人は泣きながらしきりに嫌だを繰り返していた。


車椅子を押すそよは、ただ黙ってゆっくりと押し続ける。


「こんな痛い思いをして、手術して。でも、こんな年寄りが治ったって、誰も喜びはしない。ただの迷惑。あの子たちだって、そう思ってるに違いない」


それからご婦人は何度も同じ言葉を繰り返していた。


きっと深刻な話なのだろうが、どこかスーパーの菓子売り場で駄々をこねる子どもの声にも聞こえた。


暫くごねたご婦人だったが、ひとしきり言いたいことを言ったせいか、急に黙り込んだ。


あれだけ騒げば疲れたのだろう。

聞いていた光田もうんざりだった。


黙りこんだご婦人に、そよは静かに語りかけた。


「治ってほしくなかったら、手術なんて受けさせたいと思いません。ご家族の皆さんも、先生も、看護師さんたちも、金森さんに元気になってほしいんです。私も、同じ気持ちです」


金森と言い名のご婦人は答えず、じっと黙っていた。


暫く黙っていたが、また手術は痛いから嫌だと言い出した。


けれど、涙はやんだようだ。


「あんたは手術を受けてないから、そんなこと言えるのよ。本当に死にそうなんだから」


「それじゃ、手術が終わったら、どれだけ痛かったかまた教えて下さい」


ご婦人は大きく深呼吸をした。


それから「そろそろ戻らないと、鳥取さんが騒ぐわね」と顔をしかめた。


そよは笑いながら押す手を早めた。


隠れていた光田は、二人の姿が視界から消えてからようやく歩道に戻った。

そして去って行った二人の姿を追いかけるように病院へ戻った。



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