第6話

稲村に会った次の日、配膳に「そよちゃん」が現れた。


看護師とは違う白いエプロンで、ノリの効いた三角巾を被っている。

後ろに束ねている髪が白によく映えて見えた。


彼女の動きをつい目で追いかけていた光田は、そよと思わず目が合った。

いきなり逸らすのも変だと思われるかもしれない。

でも、じっと見ているのも変だろう。


光田は変な汗をかいたが、そよは気にする様子もなくいつもと変わらなかった。


「こんにちは。お食事をお持ちしました」


微笑んだ頬にエクボが浮かぶ。

目尻が下がる愛嬌のある笑顔だ。


稲村の爺さんから彼女のことを聞いてから初めてそよの姿を見た。


切り揃えられた爪は、おしゃれのかけらもない。

水仕事のせいか、つややかとは言いづらい指先。


その手が静かに膳を運び、光田の前にテーブルへ置き、ゆっくりと手を離す。

忙しさに流されない、丁寧な所作。


「ありがとう」

光田の声にそよは愛嬌のある笑顔で返す。


少し照れくさそうな笑顔。


稲村の爺さんがあれだけ惚れ込んだ子。



「お食事が終わりました、ナースコールでお知らせ下さい」


そよは大きな薬缶を片手に一礼すると、いつもと変わる事なく部屋を出て行った。


光田は昼食の中華サラダと八宝菜を食べながら、自分の動揺ぶりを振り返った。


いいや、違う。

動揺ではない。

稲村が言っていた一流を見ようと思っただけ。


それなのに、食後にナースコールを押した光田は何故かそわそわした気持ちになった。

けれどやって来たのはそよではなく、担当の看護師だった。


なんだ、彼女じゃなかった。


そう思ってしまった自分に、光田は少しばかり驚いた。


 タレントやモデルだのは山ほど見てきた光田にとって、そよはどこにでもいる普通の子だった。


それでもなぜか、薬缶で麦茶を注いでいる姿がぼんやりと脳裏を掠めた。



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