三題噺集

ritsuca

第1話 冬支度(異世界ファンタジー/契約、家族、マップ)

「きょーおっはたっのしーいはーちのーひだっ!」


 全くもって楽しくないだろうと反駁しつつ、ニュクトはシヴェラの後ろを進む。この道なき道を進み始めてかれこれ小半刻ほど経つが、ニュクトがすぐに息切れし始めたのに対し、シヴェラは一向に疲れどころか苦しそうな気配も見せない。シヴェラのお守りをよろしくね、と村を送り出されたものの、どこの誰にお守りが必要なのだと問い詰めたい。

 ジェーツ大陸の西、ヤーマガ国の北部、ハユーマ山脈の麓に位置するタクサク村は冬支度に忙しい。近隣の村々はどこもみな同じ状況で、隣村の私塾もこの時期は一時休校となる。いつもは私塾に通うニュクトとシヴェラも、5日ほど前から両家の食料採集に駆り出されている。

 朝方は微かに聞こえてた霜を踏む音も、そろそろ昼に近い今ではもう聞こえなくなっている。霜が降り始めるくらいには寒くなったが、昼前に溶ける程度にはまだ暖かいらしい。

 そこここで動物たちの気配を感じるが、どこもかしこも忙しない気配に満ちている。皆、冬支度に忙しいのだ。

 シヴェラとて歌いながら足取りも軽やかに進むものの、時折屈みこんでは木の実をカゴに入れている。

 よくまぁ、と内心舌を巻きつつも、そうか、と納得する部分もある。今日は8の日。両家で共に晩の食卓を囲む日なのだ。特別な祝い事でもなければいつも通りのおかずを両家でそれぞれ持ち寄って分け合うだけだが、人が多いというのは、それだけで楽しい。


「ニュクト、湖畔まで行ったらご飯にしようよ!」

「おー……お前、よくまぁそんなに元気だよな……」

「ふふ、8の日だもの。昼も夜もニュクトと一緒にご飯食べられるんだな、と思ったら嬉しくて」

「おま……」


 ニュクトは絶句して、シヴェラから顔を背けた。わかってはいるのだ。この幼馴染の言に、深い意味はない。


(だから一人で行かせてくれ、つったのになぁ……小母さんめ……)


 シヴェラのお守りも何も、冬支度は採集と狩猟だけではない。本当に心配なら、村に残る女子供で担う支度にシヴェラも加わらせれば良いのだ。そうすれば、シヴェラがひとりで突っ走ってしまう危険もなくなるし、獣や野盗に襲われて戻ってこなくなるような心配もない。それでも送り出されたのは、信頼されているからだろう、きっと。

 手放しで喜べないのは、こちらの心情も恐らく悟られているからだ。家族同然に育ったこれまでに縛られて、一歩も動けないでいるのに。

 そんなニュクトの懊悩を知っているのか知らないのか、木の実を拾ったり、後ろのニュクトの様子を確認しつつもシヴェラはずんずんと先へ進む。


(湖畔に着いたら、つってたけど、俺らはいま、一体どこまで来たんだ……?)


 数日前に頭に叩き込んだマップを思い出す。野性、もとい、天性の勘で採集して村に帰れるシヴェラとは異なり、ニュクトは事前に道程を確認できていないと帰れないタイプだ。マップを持ち運べればいいのだが、生憎とタクサク村では貴重で、おいそれと持ち出すことはできない。仕方なく、普段と異なる外出をする際にはマップのある館に出向くしかないのだ。

 周囲の景色とこれまでの道のり、それとマップを頭の中で重ね合せる。混乱することも多いが、この作業がニュクトは嫌いではない。シヴェラには絶対に言うつもりはないが。

 冬も青々とした葉を保つ、背の高い樹。少し硬い、小さな青い果実をつける樹。そして緩やかな上り坂。樹々の間から覗く空は、小さい。

 あのあたりかな、と見当をつけ、ニュクトは小さく息を吐いた。湖畔まではまだまだしばらくかかりそうだ。体力が続くのか、とてつもない不安に見舞われる。


「ニュークト! 大丈夫? 休む?」

「いや、大丈夫……たぶん」

「そう?」


 大丈夫、と重ねて返せば、振り向いてこちらを見遣っていたシヴェラは、そのままずんずんとこちらに戻ってくる。


「あのね、ニュクト」

「うん?」

「今日は8の日でしょう」

「そうだな」


 一体何を言い出すやら、と見やれば、相手からも同様の、否、さらに呆れ返ったような視線を返される。解せぬ、と思ったのが顔に出たようで、シヴェラはにゅっと顔を突き出すと、「全っ然わかってない! この唐変木!」と怒鳴って踵を返した。

 元の道に戻ったということは、当初の予定通り、湖畔まで行くのだろう。そう思い、歩き始めたニュクトの手前で、シヴェラは立ち止まった。


「ニュクト、薪どれくらい集まった?」

「俺は帰り道に集めるつもりだったから、まだ全然」

「そう。私、今日集めるつもりだった木の実はだいたい集まったの。だからもう、帰ろうか。薪持つの、手伝うよ」


 後ろから覗き込めば、たしかにシヴェラの籠には十分な量の木の実が入っていた。

 振り向かずに言うシヴェラの表情は窺い知れないが、この声音のときはあまり機嫌がよくない。経験上わかっているニュクトは、内心びくびくしつつ返す。


「え、早いなお前……。薪は俺一人で持つよ。じゃないと小母さんに申し訳が立たない」

「ニュクトの方が疲れてるじゃない」

「うっ……」


 決まりね、と投げ捨てるように言って、シヴェラはニュクトを避けてくるりと反転する。

 先ほどまでの機嫌の良さはどこへ消えたのだ。いまのシヴェラの心情を解説してくれるならば、悪魔とだってホイホイ契約してしまいそうだ。

 頭に盛大に疑問符を浮かべつつ、ニュクトはシヴェラの後を追った。


 村に帰るなり、二人の様子をみたシヴェラの母から二人とも笑顔で怒られたのは、また別のお話。



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参考:

https://m.magnet-novels.com/events/shortstory_contest11

http://nmmk.web.fc2.com/god.html


初出: https://www.magnet-novels.com/novels/56601 2018/12/2

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