第61話 自分の立場を見直してみた

 俺は職員を放って依頼掲示板を確認する。

 今日も様々な依頼が貼られていた。

 どこで誰が何をしようと世界は本質的には不変なのだ。

 俺が決闘を機に英雄と呼ばれても、ギルドには何ら影響がない。

 その事実になんとなく安堵を感じてしまう。


 しばらく吟味していると背後に気配を覚える。

 振り返ると職員が立っていた。

 受付には別の人間が立っているので、わざわざ仕事を任せてきたらしい。

 職員は勝手に依頼用紙を剥がして俺に勧めてくる。


「今日は何の依頼をしますか? ゴブリンの王なんておすすめですよ。なんでも森の奥で誕生したそうです」


「他に適任者がいるだろう。今なら"ゴブリンハンター"や"暗殺騎士"なんかが受注できるはずだ」


「ご名答っすね。お二人とも既に討伐に向かいました。どちらが倒すか賭けでもしますか?」


「やめておく。俺達は迷宮関連の依頼を取りに来ただけだ」


 向こうは察しているだろうが、しっかりと用件を伝えておく。

 ギルドには様々な人間が在籍する。

 それぞれの得意分野を持つ冒険者がおり、無理な依頼を受けなくてもいいようになっていた。

 もちろん地域ごとに分野の偏りはあるものの、このギルドではあまり発生しない印象だ。

 中堅どころの冒険者が、残りがちな依頼を定期的に消化する習慣があるからだろう。

 迷宮にばかり潜る俺でも、そういった時は参加したりする。


 正直、ゴブリンの王には少し興味がある。

 配下として大量のゴブリンもいるだろうから、人手も多いに越したことがない。

 しかし当分は厄介事を避けたいのも本音だった。


 職員によると、既に有力な冒険者が出向いているため、俺達があえて受注することもない。

 "ゴブリンハンター"の二つ名を持つ男は、ゴブリン討伐の専門家だ。

 十年ほど前にゴブリンの支配する国を滅ぼしており、その実力は疑う余地もなかった。

 派手な能力を持たないが、堅実な強さを持つことで知られている。


 もう一人の"暗殺騎士"は黒い鎧を纏う女剣士だ。

 闇魔術の達人で、特に夜間の戦闘能力は抜群に高いという。

 誰にも気付かれずに標的を倒すのが得意で、元はどこかの裏組織にいたのではないかと言われている。

 喋ってみると意外に気さくだったから、悪党でないのは確かだろう。


 そう、俺の活躍なんて無数の冒険譚の一つに過ぎない。

 何かを中心に世界が回っていることなどありえないのである。

 決闘の件はいずれ風化する。

 いちいち気にしていたら負けだ。

 頼もしい冒険者達のことを考えた俺は、少しだけ開き直ることができた。


 とにかく、しばらくは問題事に首を突っ込む真似は控えるべきだ。

 ゴブリンの王については他の冒険者に任せて、俺達はいつも通り迷宮に挑戦しようと思う。

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