第55話 力を尽くして戦ってみた

 聖騎士の蹴りが顎を捉えた。

 堪らず俺は吹き飛んで地面を転がる。

 口から血を垂らしながら、握ったままの黒い刃の短剣を一瞥する。

 刃には真っ赤な血がべったりと付着していた。


 太腿を刺された聖騎士が片膝をつく。

 傷を押さえながら彼は唸っていた。

 全身を覆っていた光が黒く染まり、大きく乱れて明滅している。

 息を切らす聖騎士が俺に問う。


「な、にを……し、た……?」


「お前の魔力を闇属性に反転させた。体内の毒は強まり、術の制御もままならない。お前の、負けだ」


 聖騎士に全力を発揮させたのは、この状態に持ち込むためだった。

 属性反転の影響力は相手の力に依存する。

 できるだけ力を引き出してから食らわせるのが理想だった。

 だからここまで温存し、最も効果が大きい瞬間に使ったのである。


 俺は自分の左腕を見る。

 夥しい量の血が流れ出していた。

 聖騎士の迎撃を押し退けた際に斬られたのだ。

 竜の防具がなければ、丸ごと切断されていたかもしれない。


 治療術師の施した自動回復により、痛みと出血が消えていく。

 ひとまずこれで動かせそうだった。

 俺は呼吸を整えながら聖騎士を見据える。


 悶絶する聖騎士が、覚束ない足取りで迫ってきた。

 その足が水たまりを踏んだ瞬間、俺は仕込んでおいた魔術を発動させる。

 水たまりから噴き上がった雷撃が聖騎士を打ち、苦痛を訴える声が上がった。


「ギャッ!?」


 聖騎士が崩れ落ちる。

 地面に突っ伏したまま痙攣している。

 意識はあるようだが、すぐさま起き上がるだけの力は残っていないようだ。


 今の雷撃は、設置型の魔術である。

 鍛錬中に職員から教わったもので、彼女が遠征中に開発したのだという。

 元々は土産として俺に伝授するつもりだったらしい。

 俺のための術なので消費魔力は少なく、設置しておくと周囲の魔力を取り込んで威力を底上げするのだそうだ。


 俺は聖騎士と戦いながら、気付かれないように術を設置した。

 目印の水たまりを踏んでくれるか賭けだったが、上手くいったので良しとしよう。

 自分の術が成功したのが嬉しいのか、観戦する職員がはしゃいでいる。


(毒と属性反転と雷撃……もう限界のはずだ)


 そう考える俺は、込み上げてきた血を吐き出す。

 指先が凍り付いたかのように冷たい。

 視界が霞み、息切れが激しい。

 倒れそうになったので、持っていた剣を地面に刺して支えにした。

 俺は黒い刃の短剣を仕舞って自嘲する。


(こっちも限界が近いわけか)


 かなり無茶をしている自覚はある。

 むしろここまでよくも死ななかったものだ。

 あと少しだけ粘りたい。

 それで終わらせる。

 俺が剣を構えると同時に、聖騎士が立ち上がった。


「ぐっ……卑怯、な……」


 満身創痍の聖騎士だが、まだ諦めていない。

 黒ずんだ剣を正眼で握り、一歩ずつ近付いてくる。

 その眼差しには、勝利への執念が宿っていた。

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