第53話 策を巡らせてみた

 聖騎士が連撃を繰り出してくる。

 俺は紙一重で回避していった。


 いや、厳密には避けられていない。

 何度も掠めているが、風の防御と竜の防具に保護されている状態だった。

 治療術師の施した自動回復もあるため、まだまだ動くことができる。


(鍛錬の成果が出ているようだ)


 特に回避術は徹底して鍛え上げた。

 短期間ながらも、対人線での読みの鋭さは成長したと思う。

 職員の雷撃を躱しまくった甲斐があった。

 あれがなければ、とっくに斬られて死んでいそうだ。


 聖騎士は焦っている。

 動きが単調で、魔術も狙いが大雑把な上に威力も下がっていた。

 単純な毒の効能だけではない。

 精神の乱れが原因だろう。


 慢心を突かれた屈辱と、劇毒を盛られたという心理的な切迫感のせいに違いない。

 俺ごときに攻撃を避けられ続けている事実も大きいか。

 それにも気付かず、聖騎士はひたすら剣を振り回す。


「ふざ、けるなァ……ッ! さっさと死ね!」


「それが本性か」


 俺は指先から黒い水――水属性と闇属性の混合魔術を飛ばした。

 毒を警戒する聖騎士は、すぐさま飛び退こうとする。

 その前に土魔術と水魔術により、地面にぬかるみを生み出した。


 足を滑らせて後退できなかった聖騎士は、やむを得ず光魔術の障壁で黒い水を遮る。

 黒い水は光魔術に分解されて消滅していく。


 その間に俺は、毒入りの小瓶を足元に叩き付けた。

 舞い散った毒を風の流れに乗せて、障壁を避けるように聖騎士へと送り込む。


「くっ……!」


 聖騎士はぬかるみから無理やり跳び、毒をなんとか避けた。

 俺との距離を取ってから咳き込み、周囲で見物する冒険者達を睨む。


 誰もが意外な展開に驚いていた。

 実力差は明らかなのに、戦況は互角以上となっている。

 俺が優勢と解釈する者もいることだろう。


 その空気感に聖騎士が激怒した。

 自らを劣勢と見なす周りの反応が許しがたかったらしい。

 聖騎士の身体が仄かに発光して、体内の毒を分解し始めた。

 彼は血を吐き捨てて俺を一瞥する。


「卑怯者め。これだから冒険者は嫌いなんだ。古来より決闘とは高潔であるべきで――」


「無駄な講釈を垂れるな。まだ自分が格上だと思っているのか」


 そう言って俺は、魔力回復の効果もある解毒薬を飲み干す。

 さらに鞄に押し込んでいた別の瓶を掴んで取り出した。


 これは切り札の一つだ。

 迷宮下層の魔物や植物を材料にした毒で、鍛錬を兼ねて調合したものである。


 いずれの材料も、本来なら辿り着けないような階層にあった。

 職員と治療術師がいたからこそ採取できたのだ。

 この瓶に入っている毒は、さらに闇魔術で丹念に強化してから限界まで濃度を上げている。


 とろみのあるその毒液を火魔術で沸騰させると、瓶から灰色の煙が噴き上がった。

 この毒煙はしばらくは止まらない。


 俺は地面に瓶を置いて、風魔術で空気の流れを操作する。

 拡散された毒煙が、俺と聖騎士を包むように漂う。

 毒はそのまま維持されて猛毒の空間が完成した。

 時間経過と共に空気が露骨に淀み始める。


「光魔術を切れば猛毒まみれだ。さあ、どうする」


 俺は猛毒を吸ってしまうことを恐れずに言う。

 聖騎士は目を見開くと、全身を光魔術で覆い尽くす。

 そして、狂い叫びながら斬りかかってきた。

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