第48話 信頼を託されてみた

 しばらく会話したところで、職員が自分の荷物をまとめ始めた。

 結界の具合を確かめつつ、彼女は俺達に告げる。


「さて、この辺りで一旦離脱しますね。お二人は頑張って鍛錬を続けてください」


「どこへ行くんだ」


「地上に戻ります。少しやることがありましてね。安心してください、数日以内に帰ってきますから。迷宮の主に好かれているなら危険もないでしょう」


 職員はギルドの人間だ。

 今は有給を取っているそうだが、実際は多忙の身だろう。

 彼女は英雄と比肩する実力の持ち主である。

 本来はこうして俺の鍛錬に付き合う暇も義理もない。

 その好意に甘えてばかりもいられなかった。


 荷物を持った職員が出ていく直前、足を止めて振り返った。

 彼女は口元を手で隠して言う。


「あ、そうそう。結界には防音機能もあるので、遠慮なく声を出して楽しんでもいいっすからね」


「……早く行ってこい」


「すみません、邪魔者はさっさと消えますね。では、また後ほど」


 職員は高笑いを響かせながら通路の奥へと消えていく。

 感謝はしているものの、色々と面倒な性格をした奴である。

 特に下世話なところはなんとかしてほしい。


 ため息を吐いていると、ビビが背中にくっついてきた。

 彼女は耳元で囁いてくる。


「防音だって。どうする?」


「せめて休ませてくれ。魔力を大量に使ったせいで気持ち悪い」


「じゃあ横にならないと」


 ビビが足を伸ばして座り、自分の太腿をぺちぺちと叩く。

 ここに頭を載せろということらしい。

 なぜか誇らしそうな顔で断りづらい雰囲気である。

 疲れていたこともあり、俺は大人しく従って横になった。

 仰向けの姿勢なので、間近からビビに見下される形となる。


「重たくないか」


「大丈夫。ちゃんと楽にして」


 ビビが俺の胸に手を当てた。

 彼女は涼やかな声で歌う。

 聞いたことのない曲だが心地よい。

 しばらく歌った後、ビビは唐突に言う。


「ご主人は本当にすごいね」


「そうか? 死ぬ気で挑んでようやく及第点という感じだが」


「普通はできないよ」


「半端な覚悟ではいられない状況だからな。いつもより調子は良いかもしれない」


 俺が苦笑気味に述べると、ビビが頬に手を添えてきた。

 彼女は俺の顔を覗き込んで尋ねる。


「勝てるか不安?」


「いや、属性の同時発動で希望が見えてきた。相手は俺のことを侮っている。怒りから冷静さも失っているだろうし隙は多いと思う。もちろん油断はできないけどな」


 不安に駆られては前に進めない。

 楽観的にはなれないまでも、絶望するような局面ではなかった。

 まだ時間は残されている。

 力を尽くして対策を講じるつもりだった。


 俺の意見を聞いたビビは笑みを見せる。


「ご主人のこと、信じてるよ」


「ありがとう。必ず勝ってみせるさ」


 そう応えると、ビビが顔を近付けてくる。

 俺達は互いを求めるようにして唇を重ね合わせた。

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