第47話 仮説を聞いてみた

 職員は拍手をしながら立ち上がる。

 それから俺の肩を叩いて言った。


「いやはや、まさか閃いてすぐに成功するとは……器用すぎて気持ち悪いっす」


「悪口を言うな」


「だってそうじゃないっすか。複数の属性を併用する術は存在しますが、ここまで円滑に使えるものじゃないっす。少なくとも年単位の修行が必須ですよ」


 職員の指摘はもっともだ。

 俺も魔術の勉強をしたのでよく知っている。

 属性の同時発動はとても難しい。

 どこまで適性があるかも関わってくるため、術の体系化すらまともにできていない状態なのだ。

 基本的にどの書物でも、一つの属性を運用する方法しか記されていなかった。

 俺が同時発動を成功させられたの偶然に過ぎない。


 呼吸を整えながら己の両手を見る。

 直前までの感覚はしっかりと残っていた。

 その気になれば、何度でも同時発動が可能だろう。

 俺はほぼ完璧に習得したのだ。

 湧いてきた事実を前に思わず呟く。


「もしかすると、俺には魔術の才能が……」


「それは違いますね。あなたの場合、極限状態で少しばかり集中力が上がっただけです。逆境で奮い立てるのは才能でしょうが、魔術とは無関係っすね」


 職員がばっさりと否定する。

 もう少し夢を見せてくれてもいいのだが、なかなかに冷徹である。

 まあ、彼女の言う通りなのは間違いない。

 人間は死ぬ気になれば成長できるのだ。

 才能なんて関係なかった。

 気付かれない程度に肩を落としたつもりが、それを察した職員が肩を掴んで励ましてくる。


「でも、二属性の併用は本当にすごいっすよ。聖騎士が使えるのは光属性だけらしいので大きな強みっす。残りの時間はこの点を主軸に鍛練を進めるべきっすね」


「これを俺に気付かせようとしていたのか」


「そこまで正確な予測はしていませんでした。ですが限界まで追い詰めることで、あなたは何らかの対抗策を見い出せると確信してました」


「やけに信頼してくれているんだな」


「我々の仲っすから」


 職員はとびきりの笑顔を披露する。

 どうにも胡散臭さが抜けないのは本人の性格のせいだろう。

 その姿に呆れていると、ふと職員の視線が下がる。

 彼女は俺の携帯する黒い刃の短剣を指差した。


「その武器、迷宮で手に入れたんでしたっけ」


「ああ、謎の声に託された。おかげで死霊術師を倒すことができた」


 俺が答えると、職員がふと何かを考え込む。

 彼女は真面目な表情で推測を述べた。


「その声はきっと迷宮の主でしょう」


「迷宮の主?」


「正体は不明ですが、迷宮には全体を統括する自我があるとされています。極秘ですが、ギルドにも何度か証言が持ち込まれているんですよ。あなたが対話したのも、迷宮の主だったのだと思います」


 迷宮の自我なんて初耳である。

 しかし、あの謎の声を表現するのに適した表現とも思った。

 少なくとも敵ではないのは確かであり、結果的に命を救われたのは事実だ。


「きっと死霊術師が邪魔だったんでしょうね。だからあなたの手に短剣が渡すように仕組んだんだと思いますよ。そこから実際に勝利できるかは賭けだったはずですが」


「なぜ俺が選ばれたのか分からない。もっと適任がいただろう」


「特別な存在ではないところが、逆に気に入られたのかもしれませんね。あなたは変わった存在から好かれやすい性質ですし」


 職員の考察にビビが大きく頷いている。

 何か共感できるところがあったらしいが、俺にはよく分からなかった。

 まあ、色々と釈然としない部分がありつつも、謎の声に関する仮説が聞けたのはよかった。

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