第2話 冒険の支度をしてみた

 朝日が部屋に差し込んでいる。

 その眩しさに顔を背ける。

 身体が泥のように重く、少しの動作も億劫になるほどだった。


 原因は分かり切っている。

 ビビにたっぷりと絞られたからだ。

 今は俺の腕枕で眠っているが、昨晩の乱れっぷりは凄まじかった。

 性欲旺盛とはこのことを指すのだろうと思った。

 獣人族の先祖にはサキュバスがいるという迷信があるが、あながち間違いではないのかもしれない。


 ちなみにビビがここまで積極的だった理由は、俺の顔が好みだからだという。

 なんとも単純な理由だった。

 まあ、自分の立場に置き換えてみれば共感できる。

 顔が良い美女を抱けるのなら、俺だって燃え上がるだろう。

 その辺りの情欲に性別は関係ないというわけだ。


 喉が渇いたので起き上がって水を飲む。

 その拍子にビビは目を覚ました。

 俺は服を着ながら声をかける。


「おはよう。よく眠れたか」


「うん。ベッドを使ったの初めて。寝やすかった」


「それは良かった」


 欠伸をしながら応じていると、ビビが抱き付いてきた。

 肌着越しに彼女の体温を感じる。

 息を少し乱すビビは、無言で頭をすり付けてくる。

 俺は苦笑して尋ねる。


「もう発情したのか」


「…………」


 ビビはこくりと頷いた。

 冗談のつもりだったが的中したらしい。

 早朝まで対戦したというのに、もう復活したようだ。

 底無しの性欲には驚かされる。

 ビビは俺の身体を撫でながら見つめてきた。


「できる?」


「どうだろうな。試してみるか」


「うん」


 返事を聞いた俺はビビに覆いかぶさった。

 ビビは抵抗せず、甘い声を上げて身を委ねてくる。


 結論だけ述べるなら、意外となんとかなった。

 気合いだけの話ではない。

 ビビが献身的に接してくれたおかげだろう。

 密着したビビが視線をずらして呟く。


「まだ元気だね」


「ちょっと休ませてくれ。さすがに限界だ」


「うん、わかった」


 ビビは素直に従ってくれた。

 さすがにこれ以上の連戦はきつい。

 雰囲気に流されると一日が潰れそうだ。

 予定もあるので、そろそろ切り上げないといけない。

 ベッドを出た俺は汗を拭いながら告げる。


「今日は金を稼ぐ日だ。手伝ってくれるか」


「任せて」


「ああ、頼りにしている」


 起床した俺達は、宿の裏にある井戸から水を汲んで身体を洗った。

 さっぱりした状態で着替えると、荷物を持って冒険者ギルドへ向かう。


 冒険者の金稼ぎといえば、やはりギルドの依頼である。

 好きな仕事を選んで請け負うことができるので使い勝手がいい。

 俺が拠点にするこの街はそこそこの大きさで、常に何らかの依頼が出されている。

 金に困ったらまずギルドに赴くのが冒険者の習慣であった。


 特殊な技能を持たない俺は、魔物退治の依頼を受けることが多い。

 今回もそうなると思う。

 ギルドまでの道中、俺はビビに尋ねる。


「戦闘経験はあるか」


「うん。前のご主人に習った」


 前のご主人とは奴隸商のことだろう。

 商品として売られる前に訓練を受けていたようだ。

 獣人族の身体能力は高いので、前衛を任せる戦闘奴隷として鍛えられたものと思われる。

 俺は別の用途で購入したが、ビビは立派な戦力にもなるのだ。

 今回は仕事のついでにその辺りも見せてもらうつもりであった。


 そうこう考える間にギルドに到着した。

 隣接された酒場を通り抜けて受付へと歩いていく。

 制服を着た女の職員が気さくに話しかけてきた。


「こんにちは。珍しいっすね。あなたが誰かと一緒にいるなんて」


「奴隷を買ったんだ。一人で活動するのも限界なんでな」


 俺は微妙な嘘をつく。

 すると職員は意地の悪い笑みを浮かべて囁いてきた。


「そんなこと言って、実は性奴隷なんでしょ? 誤魔化さなくてもいいっすよ」


「……鋭いな」


「同じような言い訳を何度も聞いたことがありますから」


 職員はなぜか誇らしそうにする。

 俺と似た発想の冒険者は珍しくないらしい。

 なんというか、これはもう仕方のないことだろう。

 誰だって本能には勝てないが、多少の見栄は張りたいものである。


 職員はビビに視線を移すと、丁寧な口調で話しかけた。


「初めまして、お名前を伺っても?」


「ビビ」


「なるほど、ビビちゃんっすか。素敵なお名前っす」


 職員は気さくな口調に戻り、飾らない笑みを見せた。

 それから身を乗り出してビビにとんでもない質問を投げる。


「ご主人様は変な性癖を持っていませんでしたか?」


「おい」


 さすがに見逃せず、俺は口を挟む。

 しかし、ビビは職員の質問に答えてしまった。


「ずっと優しかった。それと情熱的」


「わお。それは良いっすねぇ」


 職員が嬉しそうに俺を見やる。

 おちょくられているのは明白だった。

 ギルド内で怒鳴るわけにもいかないので、俺はビビを注意する。


「そういうことを他人に言いふらすのは禁止だ」


「わかった」


 ビビは手を上げて応じた。

 奴隷の契約魔術により、彼女は俺に逆らうことができない。

 しかし、無意識に禁止事項を破る場合がある。

 そこまでは徹底して縛れないのだ。

 高度な契約魔術なら完璧に禁じることができるが、それを施すのに追加で金がかかるのだ。

 奴隷を買うだけで精一杯な俺に手が出せる代物ではなかった。

 なのでビビには意識的に吹聴しないように気を付けてもらうしかない。


 参ったものだとため息を吐いていると、職員が肘で突いてきた。

 彼女はにんまりと笑って茶化してくる。


「今度、優しくて情熱的な所を見せてくださいよ」


「黙れ」


 俺はビビを引っ張って歩き、掲示板に貼り出された依頼を確かめに行く。

 今日も大量の依頼用紙があった。

 なんだかんだで冒険者の需要は高いのだ。

 ならず者集団と揶揄されることはあるものの、多くの人間を助けているのも事実であった。


 俺は数枚の依頼用紙に注目する。

 いずれも魔物の素材をギルドに納品するという内容だ。

 用途は特に記載されていないが、調合や錬金術の材料にするのだろう。


 魔物を倒して持ち帰るだけなので、内容としてはとても分かりやすい。

 俺も日常的にこなしている系統の依頼であるため、ビビとの共同作業にはちょうどいいはずだ。

 納品する素材が弱めの魔物から取れる物ばかりなのも都合が良い。

 近場の迷宮に向かえば、まとめて調達できると思う。


 このまま出発したいところだが、その前にビビの装備を揃えることにした。

 今の彼女の服装は貧相な布の服のみだ。

 完全に丸腰で、魔物と戦うにはあまりにも心許ない。

 最低限の武装を用意してからでないと危険だろう。


 そういうわけでギルド内の武具屋へと移動する。

 ここは中古品を取り扱う店だ。

 とにかく価格が安く、新人冒険者にとっての救済所のような立ち位置となっている。

 一部の武具は誰かの遺品だったりするが、気にしなければ害もない。

 中古と言えど修繕されているため、性能面でも信頼できる。


 俺は金を差し出しながらドワーフの店主に話しかけた。


「予算内でこの子の装備を見繕ってほしい」


「武器はどうする」


「俺の予備があるから大丈夫だ。今回は防具だけ用意してくれ」


 そう告げると、店主はビビを観察し始めた。

 身体つきを確かめて最適な装備を考えているのだ。

 この店主の目は確かなので、俺は黙って見守る。

 ビビも困惑しつつも大人しくしていた。


 やがて店主は陳列された防具を掴み取ってビビに装着していく。

 あまりの手際の良さに、ビビは何もできずに混乱していた。

 その間に装備が完成する。

 現在のビビは白い革鎧を身に着けていた。

 無駄な装飾は省かれており、実用性を重視しているのがよく分かる。

 店主は自慢げにビビの革鎧を指差した。


「こんなもんでどうだ。獣人の俊敏性を損なわない造りになっている。防御力も十分だ」


「ありがとう、これで頼む」


 俺は予算として見せた分の金を残らず支払った。

 同じ鎧を新品で買おうとすれば、少なくとも数倍の価格になるだろう。

 さすがに一文無しになってしまうので助かった。


 ビビは革鎧をペタペタと触って微笑む。

 どうやら気に入ったらしい。

 彼女は店主に頭を下げてから言う。


「また来るね」


「あいよ。今度は高価な商品を買ってくれ。たとえば魔剣とかな」


「俺達を破産させる気か」


 店主の提案に突っ込む。

 もちろんお互いに本気ではない。

 この店を利用する時の恒例のやり取りなのだ。

 俺は駆け出しの頃から世話になっているので、もう十年以上の仲になる。

 店主とはたまに酒を飲む仲だった。


 用事を済ませた俺達はギルドを出る。

 ビビは名残惜しそうに建物を振り返った。


「面白い人が多いね」


「冒険者ギルドは行き場のない人間の集まりだからな。変人ばかりなのも仕方ない」


 自分のことを棚に上げてそう評する。

 実際、俺なんて平凡な部類だろう。

 他の連中なんて個性の塊なのだ。

 何もかもが地味な俺では対抗すらできない。


 俺達は街の外れに移動する。

 そこは幾多もの結界と石壁に覆われて厳重に管理されていた。

 ついでにギルドの戦闘員が不審人物がいないか目を光らせている。


 敷地の中央には岩の洞窟があった。

 先に進むに従って洞窟が地面に沈んでいく。

 最終的には土に埋もれて見えなくなっていた。

 これが迷宮の入り口である。

 ぽっかりと開いた穴は冒険者を誘い込んでいるかのようだった。

 俺は剣を引き抜くと、固い面持ちのビビに問いかける。


「迷宮に入ったことはあるか」


「ない」


「そうか。用心しろよ。あちこちから魔物が出てくるからな。稼ぎの効率は良いが、油断すると囲まれかねない」


「わかった」


 忠告を済ませた俺は、やる気いっぱいのビビと共に迷宮内へと踏み込んだ。

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