第10話

腹部を抑えながら、両角切は歩き出す。

彼が向かう先は学校である。

祓々師育成機関『術師学院』。


小中高大一環、この学院に席を置いた者は最大で16年は生徒として扱われる。

そして、術師学院は大学を卒業すると、教師になり術師学院に席を置き続ける選択肢もあるので、人生の大半を術師学院で過ごす猛者も居た。


「ふぅ…重いな」


両角切はそう呟きながら校舎の中へ入る。

校舎は入り乱れた迷宮の様に複雑だった、何が複雑かと言えば、改築に改築を重ねており、木造建築の様な建物があれば、現代風の校舎と変わりない建物もあり、中には工事途中で中止になっているので、扉を開ければ外に繋がっていると言う事も多々ある。

この学院に入る生徒は、年月が長ければ長い程に校舎の構造を理解するのだが、それ以外の新規学生であればまず迷うのは確実だろう。


「(迷いを払拭する為に走ったけど、…やはり、この問題には真剣に付き合わざるを得ないな…嫁探し、どうするか?)」


今後どうするかを考えながら自らの教室へと向かっていく両角切。

その道中、彼の前から歩く人影を確認すると、両角切の意識はそちらの人影の方に向けられた。

着物を着込んだ男性。

羽織りを肩に掛けていて、その上には呑気に鼻提灯を膨らませる小さな猿が眠っている。

黒い髪は長く、後ろ髪は結っていて、女型の歌舞伎役者と言えばその様にも見える男性だった。

赤い瞳が、両角切を認識すると、袖に手を入れていたのだが、それを解いて手を出した。


「お疲れ様です、かいさん」


男の名前を口にして、両角切は深々と頭を下げる。

その男の名前は人形ひとがたかい、両角切が尊敬する人間の一人だ。


長い前髪の隙間から、両角切の方を見ている人形傀は、両角切の挨拶を返す。


「好い加減、敬語は止せ、けいやつがれとは同等の立ち位置だろう」


その言葉と共に、両角切に近づく、気配を察して両角切は顔を上げた。


「いえ、上下関係はありますので、敬語は使うべきです、尊敬し敬愛する傀さんには、敬語を使わせて頂きます」


律儀にそう宣言すると、人形傀の口端が若干動いた。

だが、些細な変化であり、両角切の目には無表情な人だと見えた。

人形傀は、ジッ、と両角切の顔を見ている、彼の表情から、何か悩みがあるのかと察したらしい。


「悩みの相が出ている、思う所があるのなら、やつがれに一つ、話してはどうだ?」


悩み。

早々に看破をされた事に両角切は若干の恥ずかしさを覚えながらも、流石、憧れである人形傀には敵わないと言った様子だった。

この男に何か言えば、悩みも解決してくれるのではないのか、と人形傀に自らの悩みを打ち出す。


「実はですね…」


自らが当主になるにはどうすれば良いのかを、人形傀に話し出す。

当然、女絡みも加わり、嫁探しをしている事を告げると、静かに頷きながら人形傀は考える。


「…当主、もうそこまでに手が届く位置に居るのだな、兄は。…ならば、その悩みは簡単に払拭される事だろう」


人形傀の言葉に、両角切は脱帽する勢いだった。

流石、人形傀。学院に在籍しておきながら人形家当主であり、おまけに嫁も居る男。

きっと素晴らしい話に違いないと、両角切は耳を傾けて拝聴をする。


「丁度、やつがれの下に愚妹がいる、性格に難はあるが、可愛い愚妹である事には違いない」


人形傀の目は何とも真剣な様子だった。

喋る言葉、全てに重みがある、そしてその話は、段々と両角切は察して来た。


「成程、…ん?いや、まさか」


まさか、と言いながらも確信していた。

そして、その確信を裏付ける様に、人形傀が提案する。


「やつがれの愚妹を娶り、兄よ、義理兄弟の儀を交わそう」


人形傀の両手が、両角切の肩に乗せられる。

やはり、と言うべきか、人形傀は両角切を自らの家系に取り込もうとしていた。

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