第8話


その言葉を聞いて、電話越しから聞こえてくるキーボードを叩く音が止まる。

携帯端末に耳を傾けて、謝花蜜璃の言葉に対して東洲斎白黒は先ず開口一番に自らの気持ちを一文字で告げる。


「は?」


意味が分からない。

何を言っている?。

頭がおかしいのだろうか。

と複数の意味合いを一言で表現している。

当然、東洲斎白黒の言葉に、流石の謝花蜜璃もあぁ、と頷いてしまう。

東洲斎白黒の反応で、先程の自分が口にしていたもの、全てが妄想であったのだと理解した。


「あ、違う?そっか…じゃあお母さんになるまでが現実なんだっけ?」


即座に、東洲斎白黒から溜息が漏れ出した。

そして再び、キーボードを動かそうとしたが、既に画面にはゲームオーバーの文字。

一瞬の間で敵プレイヤーに倒されてしまったらしい、此処で再び溜息を吐くと、パソコンのマウスを動かしてゲームを終了させた。

そして改めて、椅子に凭れ掛かると共に、東洲斎白黒は彼女に向けて言う。


「寝言、寝て言って」


夢の内容をずっと口に出している状態である。

東洲斎白黒はテーブルの上に置いたエナジードリンクを手に持つと、缶に挿したストローを口に付ける。

ちゅうちゅうと、炭酸の抜けた甘ったるい液体を体の中へと流し込んでいった。


「あれぇ!?じゃあ私とセッくんの関係ってなに!?」


お母さんでも無い、お嫁さんでも無い。

だとすれば、両角切との関係性とは一体なんであるか、と言う質問に、東洲斎白黒はストローから口を離すと現実を突きつける。


「普通に、友達でしょ、良くて幼馴染」


両角切と謝花蜜璃が幼馴染の関係である事は知っている。

謝花蜜璃は携帯端末を持ったまま身震いをしていた、全てが嘘で妄想で夢幻であると言う事実に耐え切れないらしい。


「え、嘘…じゃあ、花火大会で着物着て来た私に『綺麗だよお母さん』って言ってくれたのも、いつもは素っ気ないけど毎日作ってくれたお弁当は残さず食べてくれて、尚且つ卒業式を控えた最後の登校にお弁当箱を渡して何時も通りに残さず食べてくれたけどお弁当箱の中に『お母さん三年間お弁当を作ってくれてありがとう』なんて言うメモを加えてほっこりとしたエピソードも、全部、夢?」


長文を一言一句噛む事無く、自分の記憶に残っている思い出エピソードをつらつらと語る謝花蜜璃。

無論、その内容を話半分で聞いている東洲斎白黒は適当に相槌を打って、彼女の偽の記憶を壊す一撃を見舞う。


「夢でしょ、全部」


その言葉一つで、謝花蜜璃の記憶が倒壊した。

ばらばらと、爆破された建物の様に崩れ落ちる謝花蜜璃。

最早自分など信じられない様子で、泣きそうな顔をしていた。


「うそ…じゃあ、セッくんがお嫁さんを貰ったら当主になれるって話も嘘なの?」


これもまた自分の妄想なのだろうと謝花蜜璃は思った。

だが、意外な事に、東洲斎白黒はその言葉に対して言葉を詰まらせる。


「それは、…本当だけど」


言うかどうか悩んだが、それも嘘であると言った後に両角切から再び説明をされれば、東洲斎白黒の嘘がバレる事は明白、ならばこのまま真実を伝えた方が今後の関係性に罅が入らなくて良いだろうと言う事で、東洲斎白黒は彼女の言葉に真実であると告げる。


「あ、これは本当なんだ…だったら、んふふっ!良かったぁ!」


先程の哀しみの表情とは打って変わり、嬉しそうな表情が声からでも分かった。

すっかりご機嫌となってしまった謝花蜜璃に、電話で数十秒程、相手が話しかけて来るのを待った末に耐え切れず東洲斎白黒は彼女のレスポンスを伺う。


「…え、話、それだけ?」


その質問に、謝花蜜璃は自分が電話をしていた事を思い出す。

そして友人である東洲斎白黒に、自分の目的は達した事を告げる。


「え?うん、これだけ、だけど」


暫くの沈黙。

東洲斎白黒は、その為に自分のプライベートの時間を邪魔したのかと、怒るよりも呆れが浮かんでくる。

そして東洲斎白黒は会話を終わらせる。


「あぁ、そう…それじゃあ…」


通話を切る。

暫く、携帯端末の画面に表示されている通話終了と通話していた時間を見つめながらか細く呟いた。


「…なんで電話なんかしてきたんだろ、蜜璃」


東洲斎白黒は相変わらず、彼女の考えている事は分からないと言いたげな様子だった。






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