勇者の暴走
「見つけた……見つけたぞぉ!」
ついに見つけた!
地獄みたいな戦場を駆け抜けて、ついに俺は自分が殺すべき敵を見つけた!
「ロイドぉ!」
「…………今更なんの用件だ?」
なにも感じて無さそうな顔をしているが、俺にはわかる。こいつは今、俺がやってきたことに心底動揺している! その証拠に、俺のことじっと見つめたまま動くこともできないようだ。もしかしたら、俺が現れたことに動揺を通り越して、恐怖を抱いているのかもしれない!
「殺す! 魔王は殺す! 勇者の俺がやるべきことはそれだけだ!」
「お前は勇者じゃない」
「怖気づいて命乞いか!?」
「お前、人の話を聞く気が無いなら最初からそう言えよ」
なにか言っているが、もはや関係ない。俺がこいつを殺せば誰もが俺のことを救世主として認めて、幸せな生活が待っているんだ! こいつさえ殺せれば、こいつさえ……殺せれば!
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
首を取ったと思った剣が知らない奴に防がれた。
誰だよ、俺の英雄街道を邪魔する奴は。絶対に魔族の手先だ、俺の邪魔をする奴は全員が魔族の味方なんだ。そうに違いない。
「邪魔するな死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
「ロイドさんを害することは、僕が許しません」
「黙れ黙れ黙れ!」
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!
なんで俺のことを邪魔する奴はこうやって何人も何人も現れるんだ!
俺は世界に選ばれた勇者なんだ!
俺こそが世界を救う勇者無きゃ駄目なんだ……じゃなきゃ、俺はなんのために生まれ変わったんだ!
ひたすらいじめられて、ひたすらに馬鹿にされて生きてきた俺の前世は、なんのためにあったんだ! 俺は救われなきゃいけないんだ! 俺が救わなきゃいけないんだ!
「お前みたいな奴は、死ねぇ!」
「無駄です。その程度の実力では、僕と戦っても万一にも勝てませんよ」
「お前、お前みたいな奴が俺を語るな! 俺は選ばれた最強の勇者なんだ! 俺の力が覚醒すれば、お前みたいなやつは簡単に殺せるんだ!」
「っ! 目を覚ましてください! 貴方がやろうとしていることはただの暴力です! 人が人をなんの理由もなく殺そうなんて、許されるはずがない!」
なんの理由もなく!?
俺にはロイドを殺す使命がある!
俺は女神に選ばれた勇者として魔王を殺す使命があるんだ!
理由なんてそんなもので充分だろう!
俺が生まれきた意味は世界を救うため!
俺が剣を振るうのは弱者のため!
俺が……俺が戦うのは自分の為なんかじゃ……ない。
俺が……俺が……俺、が。
なんで、こんなことになったんだ。
「はっ!」
わからない。
俺は、なんでこんな怖い思いをしなきゃいけないんだ。
「はぁっ!」
なんで、俺は剣なんて持ってるんだ。
俺は、俺を馬鹿にしてきた奴を見返したくて、それで……どうしたいんだっけ。
あれ、俺はなんのために生まれてきたんだっけ。
「……戦意喪失、しましたね」
「放っておけ。所詮は自分のことすらよくわかってない薄っぺらい男だ」
「酷くないですか?」
「事実だろ。自分が選ばれた人間で、自分こそが真の勇者なんだと信じ続ける馬鹿だ。ドン・キホーテみたいな奴だよ」
「すいません、どんきほーてというのがなにかわかりません」
俺は……俺は、勇者じゃなかった?
「アレン様」
「……レンドン、俺は……勇者じゃない、のか?」
「…………」
「はっきり言ってやれ。お前がなんでその男の従者をしているのかは知らないが、忠言してやるのも従者の務めだろう」
「……俺は、どんなことがあろうともアレン様の味方です」
レンドンは、俺の味方でいてくれる。どうして……なんて聞いた方がいいのかな。俺は……勇者でもない、ただの阿呆なのに。自分には特別な力があると思い込んでいただけの、笑いものにしかならない存在なのに。
あぁ……もしかしたら、こんな奴だから俺はずっといじめられていたのかもしれない。俺が……こんな奴だったから。
「俺はあの日、確かにアレン様に救われました。ですから……貴方が勇者であろうとなかろうと、アレン様である限り、俺は共にいます」
「レンドン」
そうだ……レンドンは俺が勇者だからついて来てくれた訳じゃない。魔物に襲われていたのを、俺が必死に助けた時からレンドンは……ずっと傍にいてくれた。
「よかったな。失いたくないもの、本物のなにかが自分の手の中に残っていたみたいで」
「…………ロイド」
「いらない。謝罪も感謝も、お前から与えられるものに興味はない」
そう、だろうな。
俺はなにを考えていたんだろうか。ロイドは俺の言葉なんて受け取る奴じゃないし、俺だってそんな簡単に頭を下げるような奴じゃない。俺とロイドの関係は、そんな程度のものなんだ。
「レンドン、帰ろう」
「どこへ?」
「どこだっていい……ただ、少し疲れた」
この世界に生まれて、勇者なんだと自分に言い聞かせて戦い続けた日々は……全てが無駄だった。俺は選ばれた人間なんかじゃないし、勇者でもなかったんだ。俺が幸せになるには……自分でなんとかするしかないんだ。
王国に戻るのはやめよう。あの国は、きっとすぐに潰れる。自分が勇者なんて勘違いしていた口で言うのは恥ずかしいけど、あの国は自分たちがこそが選ばれた存在であると信じ切っている奴の集まりだ。今考えると、自分がどれほど恥ずかしいことをしていたのかがよくわかる。
「ロイド」
「……」
「……やっぱりやめた」
なんか、自分のことを振り返って正気に戻っても、やっぱりロイドのことは嫌いだ。仲直りなんてできる気がしないし、したくもない。多分、向こうも俺のことは嫌い……もしくは全く感心すら持ってないんだろうな。なのにこっちだけ考えるのはムカつくからやめておこう。
多分、もう二度と会うこともないだろうけど、残す言葉なんてない。
「今までずっと迷惑かけてたなぁ……レンドン、お前はなにか欲が無いのか?」
「ありません。俺の命はアレン様の為にあるのですから」
「なんか重いなぁ……」
自分は特別な人間なんかじゃない。それがわかった今となっては、レンドンが自分に向けてくれる忠誠が重い。俺はそれに応えるだけの力もなければ、覚悟もないんだから。だからと言って、ずっと迷惑をかけてきたレンドンに対してなにもしません、なんて薄情なことはしたくないし……難しいな。
自分と向き合うのは難しい。
けど……ロイドに殺されなかったんだから、俺はその命を拾ったと思って生きていこう。
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