いらっしゃいませお客様!~お帰りは試着室ですね~【仮】

三愛紫月

第1話伯父、倒れる

俺の名前は、瀧田龍たきたりゅう

あだ名は、ドラゴン。

って言うのは、戦いのゲームが好きな親友がつけたんだけど……。

親友は、今は北海道に行ってしまって年に数回会えるかどうかなので、俺の事をドラゴンというあだ名で呼ぶ人間はいない。

今は、たいてい瀧田さんだ。


中学を卒業してすぐに働きだした俺は、10年目の25歳である今年。


突然、職場が潰れてしまい、ただいま、無職である。無職になって、3ヶ月。もう暫く、無職でいよう。貯金は、少しはあるから……なんて思っていたんだけど……。


「おはよう、龍。お母さんと病院についてきて」


朝からバタバタしていると母は、俺にそう伝えてくる。


「何かあった?」


俺は、母が用意してくれた朝食を食べ始めた。


「実は、伯父さんが倒れたのよ」


「え?」


母の言葉に、俺は驚いていた。

伯父さんの名前は、益川龍太ますかわりゅうた

母よりも8つ上で、今年68歳を迎えたばかりだ。

8年前に、跡継ぎ問題から離婚した伯父さんは、ただいま一人暮らし!


その為、頼れる身内は母しかいない。


「もう、病院に行かなくちゃ!」


時計を見るとバタバタと慌てて用意をする母に「俺も行くよ」と言って立ち上がった。


俺は、ダッシュで服を着替えてから母と一緒に病院へ向かう。


この街で、入院出来る病院と言えば一つしかない。


母と病院に着く。

受付を通りすぎて、エレベーターに乗って伯父さんの病室に向かう。


伯父さんの病室は、個室だ!


母が、扉をあけると……。


「やぁーー。いらっしゃい」


伯父さんの言葉に母がため息をついた。


伯父さんは、普通だった。


「病名とかは、聞いたの?」


母は、伯父さんに話を聞いている。


「癌らしい」


「らしいってなによ、らしいって」


「それがな……。どうやら、特殊な癌かもしれないって話を医者がしてるんだ!詳しくは、よくわかっていないみたいで」


「呆れた。どうせ、兄さんがお医者さんの話をちゃんと聞いてなかったんでしょ」


「そんな事はないよ。聞いたけど……。わからないって言われたんだ」


「はいはい。いつも、そう言って聞いてた、聞いてたって言うから離婚なんかになるのよ」


「それは、違う」


「何が違うって!」


母は、伯父さんの事を怒っている。さんざん、伯父さんに言った後、

「お店は?どうするの?」と悲しそうな顔をして聞く。


俺は、母の情緒がどうなっているのかと思った。


伯父さんは、慣れているからか母を気にする事もなく話始める。


「美樹には、継がせられないから、店は畳むしかない」


美樹とは、伯父さんの一人娘の事だ。


「そうね……。女性は、継げないものね……」


母は、悲しそうな声を出しながら、溜め息をついた。母を見ると目がバッチリあってしまう。


(そらすにそらせない……)


母は、俺を見て嬉しそうに笑うと「あっ!ちょうどいいのがいるじゃない」と伯父さんに言った。


『えっ?』


俺も伯父さんも、何とも間抜けな声を同時に出してしまった。


「ほら、龍は、駄目かしら?血は、繋がってるでしょ?薄くなってたとしても……どうかしら?」


「いやいや、勝手に決めるなよ!俺だって暇じゃないんだよ」


「はぁーー?一日中、ゴロゴロしてるくせによく言うわね」


「ゴロゴロしてないよ!次に、備えての準備期間なんだよ」


「何が準備期間よ!ハローワークにだって行ってないじゃない」


母の言葉に、俺は何も言い返せない。

伯父さんが、俺をキラキラした目で見つめてくる。


「龍がいたのを忘れていた。お願いしようかな。悪くないな」


「えっ……?!」


「えっ?じゃないわよ!迷わなくてもいいじゃない!あんた、無職でしょ」


「ちょっ……そんな勝手に……」


「じゃあ、頑張ってね」


俺は、バチンと母に背中を叩かれる。俺の言葉を母が聞いてくれるはずはなかった。


「いっっ……」


「じゃあ、詳しくは二人で話してね!母さん、入院の用意買ってくるから」


「ちょ、待っ……」


母さんは、ニコニコ笑いながら病室を出て行ってしまう。


「えっと……」


「まぁ、固くならずに座りなさい」


俺は、伯父さんに言われて椅子に座る。どうやら、俺に拒否は許されないらしい。


(受け入れるしかないよな)


伯父さんは、備え付けの棚の一番上の引き出しから小さな剣のキーホルダーがついた鍵を差し出してくる。


「龍は、うちの店には来た事がなかったかな?」


「小さな頃に一度だけ……。母に連れられて」


「ああ、そうだったな」


伯父さんは、嬉しそうに笑っている。


「スマホで、録音するなりメモをとるなりする方がいいかもしれないな」


「わかった。じゃあ、録音させてもらう」


「そうしてくれると助かる」


伯父さんは、お店を開ける為のルールを話してくれる。


「じゃあ、明日からよろしく頼むよ!龍」


「うん。わかった」


俺は、伯父さんにお店の事を頼まれてしまった。買い物から、母が戻ってきて俺と母は一緒に帰宅した。


正直、迷ってはいたけれど……。伯父さんの話している姿を見ていたら、引き受けないとは言いづらかった。


「明日から、開けるから」


「お願いね」


晩御飯の用意をする母に俺は話しかける。


「母さんは、伯父さんの店に行ったりするの?」


「行ってないわ!龍が、4歳になる前に、一緒に行ったきりじゃないかしら」


「へぇーー」


母は、俺に話しながらトントンとネギを切っている。


「あの時はね、龍のお祖父ちゃんがね!連れてきてくれってうるさいから行ったのよ!」


母は、少し嫌そうに話している。


「何か嫌そうな言い方だね」


「だって、あそこ、ちょっと不気味でしょう?だから、あんまり近づきたくないのよ」


母は、眉を寄せながら話す。


「覚えてないけど……。そうだったっけ?」


「明日行ったらわかるわよ。独特な世界観が広がってるのよ!それにね、ダサい服しかないのよ」


「ダサい服?」


「そう、海外の観光客が喜びそうな服よ……。ああいうの私は苦手だわ」


母は出来た晩御飯を食卓に並べながら話す。


「見たらわかるけど、全部に【龍】って名前描いてもらってるのよ!オリジナルで作ってるの!TシャツとかロングTシャツをね!ズボンも何かお祖父ちゃんが、azumaのしか駄目だとか行って、それがまたダサいのよ!それでね……」


そこからは、母の愚痴が延々と続く。

母の話しによると、母の父の父。

俺からするとひいお祖父ちゃんが、立ち上げた店らしい。

その店を引き継げるのは、代々男のみだという事も話してくれた。

だから、女である母は、小さな頃から、全く近づかなかったらしい。

そして、結婚してからはさらに近づかなくなったのだという。


ただ、伯父さんの所に産まれた子供が女の子だった事を母も心配していたという。


苦手なお店であっても、潰れては欲しくないと話してくれる。


「龍、うまくいったら跡継ぎなさい」


「考えとくよ」


キラキラと目を輝かせながら話してくる母に俺は「嫌だ」とは言えなかった。


「明日から、頑張りなさいよ」


母は、そう言うと食べ終わった食器を片付けていく。


伯父さんの店か……。


母に、これだけ言われると怖いもの見たさもある。


まあ、継ぐか継がないかは別として、明日は頑張るかな!


俺は、仕事を辞めてから久しぶりに早く就寝した。


翌朝、目覚めると母はもう仕事に行っていた。

俺の為に用意してある朝御飯を食べてから、俺は伯父さんの病院へと向かう。


どうやら、伯父さんに持って行って欲しい物があるようだった……。


この時の俺は、この先、待ち受ける出来事を何もしらなかった。


ただ、店番をすればいいだけだと簡単に考えていた。


その事を後悔する事になるのだけれど……。


それは、まだ先の話しだ!

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