第37話 ウィリスSIDE

アタシの名前は ウィリアム・ウィリス。

この街、ソイシー街で生まれた。

もちろん、住所なんてないわ。

だって俗にいうスラムだから。

勿論、貧しかった。

物心ついた時から家族の家事を手伝っていたの。

だからアタシは飾り気のない変わらない日々を送っていた。


だからこそ、刺激される機会が無かったから感情の変化があまりなかった。

周囲からは冷徹とか言われてきたけど、気にしない。


そんな家庭事情に忙殺されていた、ある日、近くのロイロ・クラシ―街で、紙芝居をしていたの。

そこでアタシは歴代勇者の過去の武勇伝を聞く機会があった。

現実から乖離したようなレベルの問題をことごとく解決してゆく勇者一行。

その実力で、その剣で。

アタシは、魔王の脅威に抵抗しない人間性に憧れた。

そう、勇者に憧れたの。


それで、剣を習い始めたわ。

過去の勇者の大半は剣を使って、また神龍流儀を使っていた。

もちろん、アタシも神龍流儀を習得しようと試みる。


習うためのお金も、いろいろ足りないから、

家事が終わった後の、少しの自由時間を使って練習した。

場所は、神龍流儀を取り扱っている道場で。

もちろん、外から眺めただけ。

それで、半分独学に近い状態で練習したの。


――――そして14歳になった時には半分近く神龍流儀を習得したわ。

これは努力の結晶

だから、努力は裏切らないとこの頃思い始めていたの。

その頃になると、周囲でアタシと並んで戦える人はいなかった。



ついに、15歳になったとき、

アタシは『女神様の祝福』を受けにいった。

私の望みは、称号『剣士』だった。

なにせ、剣士さえ手に入れれば、苦手概念がなくなるの。

平均補正がかかることによって、鍛えればどんな流儀だって、技だって努力で手に入れることが出来る、

つまり夢の称号だった。

でも、現実は非情だった。


「……そんな……」


アタシは落胆していた。

女神様からのお告げを聞いた瞬間に、卒倒しそうだったわ。

―――称号が、剣士でなかっただけでもないわ。

……一般的に無能と言われているスキル『鍛冶屋』だった。


「……いや、これで決まったわけじゃない。称号がたとえ使えなくとも、努力で補える」


称号の重要な意味を知って居ながらも、目を背けなくては自分を保てなくなりそう。

アタシ自身に言い聞かせて、剣を振った。

そう、努力さえすればいいの……。努力さえすればいいの……。

だけど、称号を貰った日からいくら振るっても何も感じられない。

アタシは、何のために頑張ってきたのか分からなくなった。


そして数か月後、事件が起こった。

もちろん、ブラックマター。

街に魔物が溢れかえり、大混乱に陥ったわ。

その時に、偶然にもアタシの家はブラックマターに襲われなかったの。

でも、家族には逃げろと言われた。

けれど、無能称号に囚われていたアタシはそれを聞く耳は無かった。

……この騒ぎを収めることが出来たら、称号なんて努力で補えることを証明できる!


アタシは家族と途中までは護衛として同じ方向に向かった。

しかし、家族が安全なところまでついた後、私は逆走して、騒ぎの立っている街の方へ向かったの。


そこで、アタシは絶望の淵に立たされた。


アタシにとっての勇者はあこがれの存在。

子供の時から勇者を夢見て、でもきっと勇者になれないから、

でも、できるだけ勇者に近づいてアタシも人を守れるような存在になりたい。

そう思っていた。


なのに


なのに


あこがれていたのに


アタシは勇者レオンと遭遇した時、

彼の目にアタシは映っていなかった。

ただただ、私利私欲を追求している傲慢な少年だった。


「だから、何で僕がそんなことしなくちゃならないんだよ!!」


困っている人を助けるなんて普通の行為でしょ?

なんで手を差し伸べてあげないの?


それ以上に、罪なき人を身代わりに助かろうとしていた、精神に驚かされた。

いや、驚くという次元じゃない。

絶望した。

あれだけ神秘的だった勇者という存在が、幻影になってゆく。

その上、さらに勇者はアタシに対してこんなことを言ってきたの。


「いつも偉そうな態度をとってるくせに、君こそ誰一人として守れてないじゃないか!!

女騎士になるとかどうとか言っておいて、結局、ゴミ称号しかもらえなかった奴に言われたくない!」


今までの自分の行動が全て否定されてゆく感覚。

それはまるで今までの努力を全部踏みにじられた気分だった。

そこでやっと気付いたの、

アタシは過去にレオンに出会ったことがある。

一見、人当たりが良さそうな少年だったけど、しかし性格は怠惰と傲慢に満ちた少年。


初めて会って、数分後にはすでに、その頃にはレオンに興味が無くなっていた。

しかし、そんなアタシにレオンはこんなことを言ってきた。


「友達になりたそうな顔してるね?」


ピキッ


アタシは静かにキレた。

でも、少年には直接伝えずに、ただただ冷たくあしらってその場を去った。

それからというもの、アタシ自身でこの少年との記憶を消していたわ。


でも、ここで再びあった。

本当に悪い夢だ。

まさかこの少年が『勇者』になったなんて。


しかも、悪夢はここで終わらない。

心を狭くしているせいでアタシは背後から奇襲されることを許してしまった。

そう、突然に背中が重くなったの。

そして、急に上空に引っ張られる。


「……うぅ……」


段々と遠くなってゆく意識。

そして、何かに体の主導権を奪われてゆく感覚、すべてが恐怖だった。

…………レオンはどうでもいいの

………………罪のない……その子供だけでも……逃げさせてあげる時間をください………。



それからの記憶はあいまいだ。

……でも、これだけは分かる。

―――――アタシは一般人を襲っている。

目の前で、善良な人間をアタシは攻撃している。

不甲斐なさがアタシを責め立てる。


でも段々と、アタシは戦っている相手に目が奪われていったわ。

その対峙している人間は、剣を交えながら、何か優しさを感じた。なんとなく。

剣の軌道が美しい。曇った視界からもその剣は輝いて見えた。

それは圧倒的なる努力。

しかも、ただ流儀を鍛えただけではなく、総合力を底上げしたような神秘的な技。


朦朧とした意識の中で、なぜか嬉しいと思えた。


この人にだったら、殺されても構わないや。

いや、こんな殺戮道具のように利用されたアタシは死ぬべきだ。

心の奥底で、必死に剣の軌道を遅らせた、足を遅くさせた、魔力を放浪させた、隙を大きくした。


目の前にいる人は本当に誰か分からない、でもアタシをしっかり斬ってくれるような安心感を感じた。


~~~~~~~~~~~~~~~~



「…………んっ……ぁれ?」


不意に意識が戻ってきた。

一体何が起こっているんだろう?


「起きたか。ゴーレムよくやった」


「グワア!グワア!!」


視界が戻っていないアタシには何が起こっているのか分からない。

……そういえば、アタシは……。

油断したことによって、何者かに体を操られて……………っ!!


「……っ!!」


アタシは飛び起きる。

腰にある、ロングソードに手を当てようとした、……ない。

周囲を見渡して、ガラスの破片を拾った。

そして、それをアタシ自身の喉に当てた。

アタシがこれ以上生きたところで、周囲に危害が及ぶだけ!いっそ自分の手で!!


その瞬間、アタシの手を目の前の誰かに引っぱたかれた。


「ふー、危なかったぜ……」


え? アタシは呆気に取られた。

なんで正しい選択を止めたの?


「もう大丈夫だ。焦るな。俺は勇者。洗脳した元凶の奴は排除したぞ」


優しく、説明された。

……つまり、もう、アタシは洗脳から解かれている……。

その事実を実感すると、涙が出てきた。

それと同時に、目の前の人物がアタシの視界に映る。


そう、この方が初めて会ったもう一人の勇者、ヒョーゴだった。


「そういや俺はヒョーゴだ。君の名前はなんて言うんだ?」


力強く優しい声に、アタシは動揺する。

なんか、心が浮いてフワフワしている感覚。


「う、うぃりあむって言います!!」


か、噛んじゃった。

日ごろから喋っていないのが原因かもしれないわ……。


「そっか、そか、じゃあウィリアム。体に異常はあるか?」


「い、いえ、ありません!」


「だったら大丈夫だ。次は自傷するような行為は止めろよ」


ヒョーゴにしっかりと叱られた。

でも、大切にされている気がして、さらにフワフワした感覚に陥った。

どうしたんだろう?

初めて会うにしてはこのアタシ自身の反応にしてはおかしい。

何か一回、会った気がする。一回、会った気が……


「………もしかして、アタシを救ってくれたのは貴方ですか?」


言葉が自然に出てきた。

アタシは、なぜこんな質問をしたのだろう? でも、なんとなく、聞かなきゃいけないと思ったの。


「まあ、洗脳は解いたな(ボソッと、倒してはいねえけど)」


その言葉を聞いた時、戦闘中のあの光景が映し出された。

努力によって構成されているあの剣術、そして、

こんな称号を持っているアタシにも本気で剣を交えようとしてくれている姿勢。


ビュン、


しかし、それ以上にアタシの心を支配したもの、

それは攻撃してしまった事による絶望だった。

アタシはあんなに努力している人、善人を、攻撃してしまっていたのだ。

しかも、相手は勇者だ。


「ごめんなさい!!!」


気が付いたら、アタシは泣いていた。

ただひたすら謝っていた。

その姿を見て、ヒョーゴさんは戸惑っている様子。


「……いやいや、洗脳されていたウィリアムが謝る意味が分からん。

ともかく、今日の件は考えることは止めようぜ」


許されたことによる、安心感。

それに、なぜかアタシの心は満たされていた。

そして、アタシは泣き止んでから、ゆっくりと立ち上がった。


「ありがとうございます……」


「そういえば、強かったな、ウィリアムは。俺負けると思ったよ」


「……え?……アタシが……強い……?……そんなわけないじゃない……」


「十分強かった。あれまで称号と流儀を極限まで使うなんてな」


「称号っ!!」


アタシは驚いた。

それは称号を褒められたことによるもの。

これまでは嘲る視線と憐みの視線しか向けられてきていなかった、

でも、ヒョーゴは真っ向からアタシの称号を褒めた。


「やっぱ、努力っていうやつなのか?」


「……!!」


一瞬で心を埋めに来る。

努力を信じ続ける精神を持ち合わせた人間に会ったことによる、憧れと、尊敬。

この人が勇者だというのだったら。

これはアタシが幼い頃から憧れていた勇者のイメージそのもの。


何か恩返しができないかと、ソワソワした様子でヒョーゴを見た。

……剣が壊れてる?


「―――ヒョーゴ……。その剣どうしたの?」


「あー。洗脳した元凶と戦った時に折れた」


ヒョーゴはそう言いながら、自身の折れた剣を見つめていた。

そして口を開く。


「この剣を治してほしい……。できるか?」


「できる」


即答した。

流石に今日は称号を使う力が残っていないことは知っている。


―――あの時に称号を使った感覚はほんのり覚えている。

今のアタシだったらできる。


こうしてアタシは、ヒョーゴさんの剣を直すことになった。

そういえば……いつ渡せばいいんだろう?

その後、ヒョーゴから住所を聞いたの。

ちょっとヒョーゴには邪魔になっちゃうけど、後日訪問しなくちゃいけないわ。



あれ?ガラスに映っているアタシ……ちょっとニマニマって笑ってる?











~~~~作者から~~~~~~


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