第9話 悪役、街で暴れる。1,5

〜〜〜サリーSIDE〜〜〜〜


少し古ぼけた椅子に座って考え事をしていました。


ヒョーゴさんは寝ているでしょうね。

なにせ、あれだけ大きな傷を負ったのですから。

要因は分かりませんが、ヒョーゴさんは小屋で後頭部を打ち付けて倒れました。


でも、それがあって…。

ヒョーゴさんはなにか纏う雰囲気が変わりました。

もしかしたら、幸せな日々の兆しが見えたのかもしれない!


と、考えました。

でも、何かが足りない…。

何かが呪いのように私達に張り付いて、日々を重くするような…。


でも、一人では理解出来ませんでした。

…。

ふと、テーブルを見ます。

そこには一つの花瓶とヒョーゴさんの母が大好きだった植物が植えられていました。


「…あ、水を変えなくては…。」


思い出した私はゆっくりと立ち上がり、植物を眺めました。

…。今でも思い出します。

盗賊によって信じられる人を奪われた恐怖を。

そして、日に日にすり減ってゆく生きる力を。


…。

ダメです!暗いことを考えてはダメです!

もっと、ヒョーゴさんを安心させなくては!

そのため、私が先に変わらなくては!


「変なこと、考えて…しまいましたね。少し疲れていたのでしょう。」


宙に向かって独り言を呟く。

でも、悲しみは拭えません。

暗い顔をして花瓶を見つめます。


…水を与えましょうか。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ガサゴソ、ガサゴソ


ヒョーゴさんの部屋に通りかかったとき何か物が擦れている音がしました。

もちろん、ヒョーゴさんの部屋から。


「…どういうことでしょうか?」


私は水を変えていない花瓶を持ったまま部屋の前で様子を窺っていました。

…。

扉は閉められているので中の様子を直接見ることはできませんが、やはり変な音が聞こえます。


ガサゴソ、ガサゴソ


…っ!

あまりの痛さに悶えている?

もしかして…苦しんでいられるのでは?!


「…」


大丈夫ですか?の一言も出ないまま部屋に入ってしまいました。

それほど私は焦っていたのでしょう。

ドアを開けて彼を目で探しました。


しかし、私が目にした光景は想像とはかけ離れたものでした。


「…意気揚々とリュック背負って何をしようとしてるのですか?」


そう、ヒョーゴさんはリュックを背負って外出時の格好をしていらっしゃいました。

こんな怪我をしている時になぜ?

なぜ、彼は家を出る格好をしているのか…?


「…ぁ」


私は思わず小さな呻き声を出してしまいました。

多分ですが、ヒョーゴさんには届いてはいないでしょう。


彼が背負っているそのリュック。

そのリュックは、ヒョーゴさんの父の所有物だったのです。

あの事件当日もこのリュックを背負って出勤していました。



いわば、トラウマを思い起こさせる思い出の品。

ヒョーゴさんにとっては目にするだけで立ち直れないほどのショックを思い起こさせてしまう程でした。


そんな彼があのリュックを背負って…何をしているのでしょうか?


トラウマを克服しようとしている?!

まさか…いや、でも…彼が…そんなことを考えるなんて…。


「…また、倒れていないか確認しに来たので…」


彼は何か感情を含んだ視線で私を見つめました。

…あまり、悪い気はしませんね。


「手に何を持っているんだ?」


え?

手に持っているものですか?

突然の質問に少し驚いてしまいました。


「…これは、あなたの母がくれた植物なんです。直接、手でもらった物は枯らしてしまいましたが、庭に新しく実ってきたので花瓶に入れて育てています。」


花瓶を前に出して説明してしまいました。

そう、彼がまだ盗賊の事件をトラウマとしているのに、

私自身も語りながら涙を少し流してしまいました。

空虚感が漂う。


でも、それと同時に私は気付きました。

私たちの生活に足りないものを…。

紛れもない、勇気が必要だったのです。


過去にすがらない勇気、

今を生きる勇気、


これはお互いが克服しないときっと私たちの生活はまた破綻するでしょう。

…そうです。私自身も克服していない。

彼をフォローする立ち位置に居るのに自分自身が克服できていない。

ダメですね、やっぱり私は…。


…。


「サリー、その植物は本当に必要なのか?」


え…?

ヒョーゴさん?


「別に大事だったら良いのだが、それを見るたびに泣き出すのはどうなんだ?

はっきり言って必要なのか?」


…必要?

でも、私は…


「言っとくけど俺には近づけるな。もう、俺にとって必要ない」


いったい何を言いたいのですか?

分からない。

でも、何か私の心を酷く揺さぶる。

…あ、

腑に落ちました。彼はもう…


「もしそれがお前を悲しませるのであれば、本当に大事な形見ものだけ大切に保管してろ。それ以外、。」


彼はもう…克服しているのでしょう。

過去のトラウマを、

そして二つの勇気を手に入れた。


本当に彼の心は読めませんね。

私が彼の先を走っていると勘違いしましたが、いつの間にか追い抜かされていました


そんなノロマな私にも彼は優しく接してくれている。

私の手を引いて一緒に走ってくれるような存在。

きっと、不器用なだけでしょう。

彼は私が出会った中での一番のです。


「そうですね…大切な者たいせつなもの…。ありがとうございます」



その後、あの植物は捨てる気にはならずしおりにしてしまいました。

でも、なぜでしょう…。

このしおりを見るたびに自然と温かくなる。


…きっと、気のせいでしょう。



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