「」

あゝ


 ある時、俺は露天商の爺さんから石をもらった。

 こぶしより少し小さいくらいのどこにでもある石。

 でもその石には力が宿っていた。

 夢かと思った。

 俺は過去にタイムスリップしたのだ。

 もうモノ書きとして終わった俺に、神様が最後のチャンスを与えてくれたらしい。


 藁にも縋る気持ちで、必死に俺は小説家としての人生をやり直した。

 今までの経験を糧に、売れるために物語を書き連ねた。

 編集者とも前回は不仲だったが、今回は良好な関係を、表上は築いてうまくやった。

 

 だけど、俺の本が売れる事はなかった。

 どれだけ頑張っても、結果が出なかった。


 ──また、まただ。


 また同じ人生を繰り返す。

 冷たい汗が頬を撫で、今までの記憶が数舜でフラッシュバックした。このままじゃまずい。努力はした。それでも売れないなら仕方がない。だって、そうだろ? 頑張っても報われないこの世の中が悪い。

 

 だから、

 


 ※


 ふとスマホを開き、ニュース記事を見ると俺について書かれた記事があった。記事では賞賛の声で溢れている。記事に対するコメントも同様に。ハハ、人の作品を盗んでやった。今から数年後に現れる人気作家の。でも、不思議と気分は良くないな。なんでだろう。人気作家の代表作を潰してしまったからだろうか。もしそうなら俺はなんて優しい奴なんだろう。人を思いやれるいい奴だ。

 

 青白い光を浴びながら震える手でカタカタと、少し力の入ったタイプ音を今日も響かせる。衣食住が安定しはじめた。だからだろうか、いや絶対そうだ。鏡に映る自分の顔が気持ち悪い。休憩しようと思って顔を洗ったのに、あまりにも酷い顔で気が休まらなかった。

 

 次作も売れた。

 前作よりも知名度が上がったこともあってか、倍近く。

 でも、一向に過去作は見られない。

 行き場をなくしたストレスをそっと心にしまい込み、また物語を盗み始める。そこに楽しさなんてものはなかった。義務感に迫られ、ロボットの様にただひたすらと作業を続けた。


 何をやってもうまくいく。


 終わりのない問題集の答えを写して、時より自分なりに脚色して、疲れたら、寝る。


 これだけで、金が湧いて出てくるんだから小説家ってのは楽な仕事だ。

 

 まあ……俺の実力じゃないんだけど。

 

 ※


 数年経った。

 もう今年で、三十になる。

 これからも変わらず盗作を続けていくんだと思っていたが……どうやら終わりが来たらしい。

 

 そう、ネタがない。

 タイムスリップした時代に追いついてしまった。


「ハハ」


 自然と笑みが溢れた。焦る気持ちはある。だが、それ以上に解放された事が何より嬉しかった。義務ではなくなる。書くのではなく、ける。そう考えただけで胸の高なりを強く感じた。俺は永遠に続くと思っていた牢獄から出ることができたのだ。


 これからは好きなように描ける。

 

 俺は、自由だ。

 

 そう、自由……自由なはずなのに、どうして、どうしてアイデアが何も湧いてこないんだ?

 

 恋愛でも、SFでも、ホラーでも、なんでも好きなように描いていいんだぞ?


 …………。

 

「……あぁ」


 画面と向き合って数分。生気のこもってない声が漏れた。

 察してしまった。俺はもう描けない。

 元がないと、描けないんだ。

 数年間、人の作品を盗み続けてきた影響か、自分から何かを生み出すことができなくなってしまったのだ。

 どうして、どうして? 疑問しかでてこない。

 こんなはずじゃなかった。俺はただ、美しく、儚く、人を魅了する作品を描きたかっただけだ。盗作は……そうだ、単なる資金集めと知名度を高めるための行動だ。だから、もう一度過去に戻してほしい。あれ? 違うな。俺を描けるように、戻してほしい。あとは、描くだけなんだよ。

 

 あと一ピースでこのパズルは完成する。されど一ピース。ただその一ピースが一番大きく、他は付随しているだけで細かなものだと気付く頃にはもう、全てが遅かった。

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