第47話 『ベイビープレイ』

「さて、山城はもう帰って良いぞ。学ランは後日にでも返してくれ」

「あっ、うん……その……」

「なんだ?」


 山城は俺の手を両手でギュッと握る。


「本当にごめんなさい! また、助けるどころか邪魔になっちゃったし」


 目の前まで接近してきた山城から、俺は目を背ける。


「あ、あぁ……別に大したことじゃねぇよ。てか、離れろ」

「そうだよね……私となんて目も合わせたくないよね」


 何やら勝手に勘違いする山城に俺はため息を吐いた。


「あのなぁ……お前、胸元破かれてるんだから危ねぇだろ。色々と」

「えっ? あ、あぁそんな事気にするんだ? シャルちゃんが彼女だし、てっきりもう慣れてるのかと」

「(伏見は)まだ何の経験も無ぇよ、悪ぃか?」

「えっ……ううん悪くないよ。ふふっ、悪くない。むしろそっちの方が可愛くて良いかも」

「ぜってー、バカにしてんだろ」


 やけに嬉しそうに笑う山城を見送る。

 そして、俺は再び堂島とその舎弟たちに話の続きをすることにした。


 金を取り返すことも大事だが、それ以上に俺には動機があった。

 俺は今、伏見甚太の身体を借りてるんだ。

 コイツを死に追いやった元締めを一発ぶん殴るくらいはしてやんねぇと。

 堂島がそいつの命令で金を集めてたなら、当然そいつも同罪だ。

 こんなガキに金を集めさせてた奴の方がよっぽど邪悪だしな。


「よし、じゃあお前らのボスを呼び出せ」


 俺がそう言うと、堂島と舎弟たちは慌てふためいた。


「そ、そんなことしたら殺されちまう!」

「『ベイビープレイ』はマジでヤバい組織なんだって!」

「あぁ? テメーら、まだ自分の立場が分かってねぇみたいだな」


 俺が拳を鳴らすと、堂島は命乞いでもするように俺にスマホを差し出した。


「そ、そうだ! ボスに言われて撮った動画があるんだよ! これを見ればお前もボスのが分かるぜ!」


 そう言って、堂島はスマホの画面で動画を再生する。

 仕方がないから言われた通り、見てやることにした。


「――良し、お前。ちゃんと撮っておけよこれは『見せしめ』だからよぉ」

「は、はいっ!」


 動画はビビリ散らした堂島の返事から始まった。

 足元からカメラで映していく小癪な演出に確かなイラ立ちを感じつつ、ボスの姿を拝見する。


(……なん……だと?)


 そのボスの姿を見て、俺は戦慄した。

 長年、数々の戦場を渡り歩いてきた俺だが、こんなに恐ろしい姿は見たことが無かった。


 歳は30過ぎくらいの中年男性が堂々とした姿で赤いヴィンテージの椅子に座っていた。

 顔には斜めに入った大きな古傷の跡、指にはドクロの指輪。

 そして口元には葉巻――ではなくおしゃぶりを。

 胸元にはよだれかけを着けていた。


「おいコラ、ふざけんな」


 俺は堂島の顔面を踏みつける。


「いや、ちげぇんだって!」

「マジで怖いんすよ、このボス――赤坊あかぼう荻矢おぎやさんは!」


 時間の無駄にならない事を祈りつつ俺は動画の続きを見る。


 その赤坊という男はゆっくりと立ち上がって廃倉庫の中を歩いていく。

 とりあえず、二足歩行はできるようで安心した。


 その先には、両腕をロープで縛られた二十歳そこそこの若い男性がいた。

 ゆっくりと近づいてくる赤ちゃん姿の成人男性に対して完全に怯え切っている。

 ムリもない。


「さて、テメェだな? ウチの島でヤクを売りさばいてたって奴は」

「そ、そういうテメェは一体どんなクスリやってんだよ!?」

「おっと、先に俺の質問に答えろ。気が短けぇんだ、赤ちゃんだからよ」


 赤坊の圧を受けると、その男は首をカクカクと縦に振る。


「そ、そうだ! 転売が良い収入になるって聞いて! だが、俺は素人だからよ! 知らなかったんだ、ここでやっちゃいけねぇって!」


(こいつ、嘘が下手だな……)


 無論の事、赤坊も噓に気が付いているだろう。

 この男はどっかの組の構成員だ。

 それがバレないように必死に演技をしている。


 赤坊はその男の頭を掴む。


「俺は心優しい人間でよぉ、近年の環境問題には心を痛ませてるんだ」

「……は、はぁ?」


 赤坊はそう言って男の前でおしゃぶりを取った。


「特に東京湾の水質汚染が深刻でよぉ。もうこれ以上ドラム缶は捨てたくねぇ……分かるか?」

「ひ、ひぃぃ!?」

「助かりたきゃお前のボスをここに呼び出しな。そうすりゃ、手は出さないでやる」

「わ、分かった! 呼ぶ、呼ぶから!」


 そう言うと、その男はすぐに電話でボスを呼び出す。


「よ、呼んだぞ! 後10分もすりゃここに来る!」

「良し、そいつはご苦労。さて、お前への制裁だが……」

「待ってくれ、ボスを呼べば手を出さないって――」

「それは嘘だ。テメェも最初に嘘ついたんだから、これで平等だろ?」

「そ、そんなっ!?」

「おい、『人間サンドバッグ』だ」

「へい!」


 赤坊が号令をかけると、部下たちが人間サイズの麻袋を持って来た。

 そして、泣き叫ぶその男を無理やり入れてつるし上げる。


「おいおい、お前が泣いてどうすんだよ。泣くのは俺の仕事だぜ?」

「嫌だぁぁ! 助けて! 助けてぇぇ!」

「よし、お前ら。ちゃんとあやしてやれ、静かになるまでな。ほら、ガラガラも用意してあんぜ」


 そう言って、赤坊は鉄パイプを部下たちに手渡す。


「へい!」


 制裁が始まると、動画の映像がブレ始めた。

 撮影者である堂島の手が恐怖で震えているのだろう。

 堂島と舎弟たちも動画から目を背ける。


(なるほどな、こうやって高校生たちに恐怖を植え付けて支配してんのか)


「――よう、遅かったじゃねぇか」


 10分後、その男のボスが来た。

 制裁でボロボロにされた自分の部下を見て、そのボスは恐怖に顔をひきつらせる。


「お前の部下、なかなか骨のある男でな。俺に一回嘘をつきやがった」


 赤坊は哺乳瓶片手にミルクを一気に飲み終えるとゲップした。


「――だが、これからは情報もオムツもさっさとはかせた方が良いぜ。どうせ漏れちまうんだからな」


 そこで動画は終わった。


(なんだこれ……なんだこれ……)


「な? 恐ろしいだろ?」

「あぁ、別の文脈でな」

「何年かかるか分からねぇが、お前から奪い取った金はちゃんと返すからよ!」

「だから、ボスに関わるのだけは勘弁してくれ!」

「確かに俺も、色んな意味で関わりたくねぇよ」


 どうするか考えていると、俺のスマホに着信が入った。

 相手はシャルからだが……。


(これは、非常事態用の回線……!)


 俺はすぐ電話に出た。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

 ・ガンガン無双させる予定なので楽しみにお待ちください。


 引き続き、よろしくお願いいたします!

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