第23話 語学力で無双する

 

 俺がキッチンで金井にレクチャーしていると若い男女二人組の外国人が来た。

 あの特徴はフランス人だろう。

 店の入り口に居た女子高生店員の須藤に流暢な英語で話しかける。


「"食べる場所を探しているんだけど、ここは何のお店なんだい?"」

「あ! えぇーと!? そ、ソーリー! ワンモア、プリーズ!」

「"えっと、食事をしたいの。私はエビがアレルギーなんだけど大丈夫かしら?"」

「シュリンプは……エビだっけ? あ、アレジーって何? エビが沢山食べたいのかな?」


 殺す気か?

 須藤は完全にパニックになっていた。

 周囲の女子高生たちも理解できる奴は居ないようだ。

 聞き取りやすい英語なんだが近場の高校は偏差値が低いからな。

 そして、店長の格好をしたブタは予想通り手も貸さないで「何とかしろ」みたいな表情で女子高生たちを睨むだけ。

 金井がキッチンから助けに向かおうとしたので俺は手で制止する。


 予想通りの展開だ。

 代わりに俺がキッチンから出て、彼らのもとへと歩いて行った。


「"――当店は日本料理を雑多に出しているお店です。1人1000円もあればお食事ができますよ。エビを使っていない料理もあります"」


 俺がにっこりと微笑むと、2人組のフランス人は困った表情が一変して笑顔になった。


「"驚いた! 君はフランス語が話せるのか! よし、この店に決まりだ!"」

「"えぇ! とってもお上手ね! それに、色々と食べられるなんて楽しそう!」

「"フランス料理には遠く及びません。美食家のお2人を満足させられるように、できるだけ頑張りますけどね"」


 俺が軽く冗談を返してウインクすると、2人は大笑いした。

 突然流暢なフランス語を話した俺を見て、女子高生店員たちと斉田は唖然としている。


「須藤、外国人の案内は俺がやるから料理の提供をキッチンの金井と連携して上手くやってくれ」

「――へ? う、うん!」


 俺は流暢な日本語で指示を出すと、その二人を席へと案内する。

 そして、英語のメニュー表を置いてオススメを伝えるとキッチンの前に戻る。


「金井、今日は外国人の客が多いだろうから俺が接客する。キッチンは頼んだぞ」

「――ふ、伏見。あんた英語話せたの? ていうか、今の英語?」

「あの女性はエビアレルギーだ。それと、熱い料理は出来たらぬるくしてくれ。外国人は猫舌が多い」

「わ、分かった! 気を付けるね!」

「国籍によって文化が違う。フランス人はゆったりと食事を楽しむが、アメリカ人はファストフードの文化だ。その辺りの見極めと提供時間の客への説明も俺がやるから、指示に従ってくれ」


 俺はそう言って、金井にインカムを被せる。

 そして、俺は胸元にピンマイクとイヤホンを付けた。

 必要になると思ってシャルから家で借りてきたモノだ。

 お互いの声が通じるか軽くテストすると、また外国人のお客さんが来た。


「"日本は暑ちーな! 全員分のビールくれ!"」


 こんどはドイツ人の男性5人組だ。

 昼間から飲むらしい。

 俺は即座にインカムでビールを5杯運ぶようにキッチンに伝える。


「"かしこまりました、お席に案内いたします"」

「"おうっ! てかお前、ドイツ語喋れるのかよ!?"」

「"はい、ドイツ語は声が大きくなってしまうのでできるだけ英語でお話くださいね"」

「"ちげーねぇ! ガハハハッ! お前ら、日本のビールは冷えてるのを飲むんだぞ? 変わってるだろ!"」


 だから、静かにしろっての。

 その後も外国人のお客さんが来て、俺が様々な言語で対応する。

 その様子を斉田は不機嫌そうに、そして女子高生たちは何やら熱っぽい視線で俺を見てきていた。

 俺が話せるのは主要21か国語だ。

 まぁ、問題はないだろう。


 お店が混みだしてきてしまったので、俺は一番最初に入店した壮年の男女2人組のお客に声をかけに行った。


「――稲垣会長、水島社長。お食事はお楽しみ頂けましたでしょうか?」


 当然、俺は事前に調べてきている。

 彼らはこの店『黒山羊亭くろやぎてい』の親会社『山岳ホールディングス』の代表である。


 恐らく、シャルの仕業だ。

 昨日の夜、俺が『斉田という男が店でやりたい放題だ』と言ったから手を打ってくれたんだと思う。

 すぐに『山岳ホールディングス』幹部のアドレスをハッキング。

 そして、成りすましてこのお店に視察に来るように会長と社長にメッセージで要請したのだろう。

 今朝はシャルが急に亜美と遊びに行くことになったから、そのせいで俺に伝えるのは忘れたみたいだが。


「ほう、私たちが誰だか分かるのかね」

「あはは、一応変装してたんだけどね。服も地味な物にしたのよ?」

「もちろんです。申し訳ございませんが、お待ちのお客様がいますので後5分程で御退店願えますでしょうか?」


 俺の言葉に2人は眉をひそめる。


「私たちを追い出すのかね? 君の雇い主だぞ?」

「そうよ、もっと長く居させてちょうだい」


 俺はにっこりと微笑み、頭を下げた。


「お2人も今は一組のお客様です。残念ですが、特別扱いはできません」


 俺がそう言うと、2人は顔を見合わせる。


「……この子、本当に素晴らしいわ!」

「うむ、君をただのアルバイトにしておくには惜しい。ウチの娘にやりたいくらいだよ」


 そう言って笑いだした。

 どうやら俺を試す為に一芝居うったらしい。

 あまり良い気はしないが、俺は今日でクビだし別に良いか。

 その場で支払いをしながら2人は俺に話す。


「あの金井って女の子も良いわね。デザートを注文したらサービスで温かいお茶を持ってきてくれたの」

「うむ、元気もあるし笑顔も素敵だ。話を聞いている時にちゃんと頷きながらこっちを見てくれる」

「あぁ、あいつは意外と真面目で気が利くんです。でも、口は凄く悪いですよ?」


 そう言って笑い合うと、ドカドカと足音が聞こえてきた。


「おいおい! 何くっちゃべってんだよ! さっさとその居座ってるジジイとババアを追い出せよ! ゴミ伏見が!」


 恐らく、1度も自分の会社の情報を調べたことがないのだろう。

 彼らが自分の最高雇用主であることも分かっていない斉田は俺と一緒に2人にも暴言を吐く。

 ようやく俺を罵倒できる瞬間を見つけてご機嫌だ。


「客と楽しそうに話しやがって! サボってんじゃねぇ!」

「ふむ……店員がお客と楽しく話すことがサボりかね? そんなに長く話した訳でもない」

「確かに私たちは食事をしに来ただけだけど。それ以上の体験ができたら嬉しいモノよ?」

「うるせぇ! 飯食って金払ったならさっさと帰れ! 大して金も持ってねぇような小汚ねぇ格好の客がよぉ! こっちは忙しいんだ!」


 テメェは皿洗いしかしてねぇだろうが……。

 接客で俺が活躍しているのが楽しくないのだろう、斉田はいつも以上に機嫌が悪く客だろうがお構いなしに八つ当たりをする。


 俺が頭を痛めるように眉間を指で押さえると、2人は慰めるように俺の方をポンポンと叩く。


「ふふ……。後でまた来るよ。今度は格好でね」

「名札は……斉田ね。ちょっと調べてみましょうか、お店の記録も。来て良かったわ伏見さん。また後で」


 そう言って、お2人は怖い笑顔をして出て行ってしまった。


 斉田よ、恐らくお前もう再就職も難しいぞ。


 ――――――――――――――

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