第21話 これで共犯だな


(ここが甚太のバイト先『黒山羊亭くろやぎてい』か)


 家から走って10分、日本食の創作料理の店だ。

 創作料理とは良く言ったモノで、結局は美味い料理を何でも出す節操のない店なのだが。


 バイト先に着くと、俺は料理の仕込みを始めた。

 長年の甚太の経験からどの料理が良く出るかは大体分かるし、準備に手間がかかる料理も分かる。

 まだ開店時間ではないし、俺のシフトの時間でもない。

 しかし、伏見甚太は毎回この時間に一人で来ては料理の仕込みをしていた。

 そうしないと提供が間に合わないからだ。


(甚太は毎回こんなことをしていたんだな。なのに感謝されるどころか同僚たちに罵詈雑言を吐かれても言い返さなかった……そんなに堂島が怖かったのか?)


 以前の伏見甚太をならって、俺も料理を次々と仕込む。

 あとはもう少し手を加えれば提供するだけという状態だ。

 ついでにつまみ食いもする、少しだけ……ほんの5人前程度だ。


 やがて、ホールスタッフの女子高生の一人。

 金井かねい千代ちよがやってきた。

 唯一、甚太に話しかけてくれた女の子だったな。

 しかし、何やら表情が優れず、顔色も悪い。


「よう、おはよう」

「……何よ伏見。てか、髪切ったの?」

「それよりどうしたんだ? 何か元気ねぇが……」

「朝、親と大喧嘩したの。別にそれだけよ……ほっといて」


 それだけ言うと、金井は不機嫌そうに更衣室に着替えに行く。

 10分後、店員の格好になった金井が出てきたので俺はチョイチョイと手招きをした。

 金井は首をかしげつつ俺のそばにくる。


「朝飯ちゃんと食ってきたか? まだだったらこれ食えよ」


 俺はそう言って、店の材料で作った簡単な朝食セットを用意した。

 朝に大喧嘩したなら食べないで家を飛び出した可能性もある。

 そして、その予想は当たっていたのだろう。

 金井は料理を見るとお腹からキュルルルと可愛らしい鳴き声を発した。

 顔を真っ赤にして、慌てて腹を手でおさえる。


「つ、つまみ食いなんてバレたらあのハゲ店長にこっぴどく怒られるよ?」

「ふ~ん」


 俺は目の前でその朝食セットの皿に乗っていた切り分けたパンを一切れ食べる。


「これで共犯だな。働いてる途中で倒れられたら困る。キッチンの裏ならバレないから食ってろ」


 俺がそう言って笑うと、金井はますます顔を赤くした。


「あ、ありがとう……」


 金井は大人しく従ってキッチンの裏で料理を食べる。

 よし、これで俺が5人分のつまみ食いをしたのは金井も共犯だな。


 やがて、他の女子高生ホールスタッフたちもシフトの時間に続々と店にやってきた。


「あっ、伏見髪切ったんだ~」

「こいつ、顔は悪くないんだよね~」

「それ以外が全部悪いでしょ、てか目つきも悪くなってね?w」

「あはは言いすぎ~、と思ったけどその通り~w」


 談笑しながら俺を馬鹿にする女子高生スタッフたち。

 キッチンの裏で朝食を食べていた金井が出て来て、声を上げた。


「アンタたち、悪口はやめて早く着替えてきなさい!」

「あっ、金井ちゃんやっぱりもう来てたんだ~」

「はいはい、あんたは真面目で偉いね~」

「てか、金井もいつも伏見の悪口言ってんじゃーん」

「ヘタレで陰キャな伏見が悪いんでしょ~」


 そう言って、みんなは更衣室へと行く。

 俺は思わず金井を見た。


「金井……お前」

「な、何よ? 別にアンタの為じゃないわ。そろそろお店が始まるから、急がせただけ!」


 金井はそう言って恥ずかしそうに顔を背ける。


「ほっぺにパンクズ付いてるぞ……」

「えっ、嘘っ!?」

「嘘だ」

「……あんた嫌い」

「美味しかったか?」

「……美味しかったわ。ありがとう。なんか元気出てきたかも。伏見のクセに……助かったわ」


 金井はそう言って笑う。

 これなら今日も頑張って働いてくれそうだな。


       ◇◇◇


 ――そして、開店時間直前。

 伏見甚太の仕込みの苦労も知らない雇われ店長の斉田さいだがドカドカと歩いて店にやってきた。

 そして、客席にドカリと座ると俺に指図する。


「おう、伏見~。ここまでくるのに疲れちまったよ、まずは脚揉んでくれやぁ~」


 俺は斉田にニッコリと微笑む。


「調子乗んなハゲデブが」

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