39話 2033 Summer PvP Battle Tournament XIII - 俺の戦い

『勝者────シズホ選手ゥ!!!』



 ヤマ子が負けた。あのヤマ子が。


 試合終盤、なんとなく嫌な予感がしてた。


 まさかヤマ子の奴が負けるワケがない。


 だってのにどうしても、何度も、過ぎっちまった。


 ヤマ子が負ける姿が。


 重なるんだよ、シズホちゃんにベアー先輩の姿が。


 要因はいくつかある。


 ひとつ、戦闘スタイルが似てる。


 クラスは魔銃士一歩手前の魔弓士だけど、構成はベアー先輩と同じ回避会心構成だった。


 立ち回りだってそうだ。


 執拗なまでに攻撃後の隙を回避で消す癖とか、特に。


 ふたつ、装備提供者の『くまさん』がベアー先輩のセカンドキャラかもしれないってコト。


 まだそうと決まったワケじゃないけど、その可能性はめちゃくちゃ高いと思ってる。


 シズホちゃんが勝てたのも、ベアー先輩から鍛えてもらったのだとしたら少しは納得できる。


 ………………だから、なんだよ。


 だからって負けてんじゃねえよ。


 ベアー先輩が引退するって話した夜から、俺はずっと最強の座が欲しかった。


 いや違うな、ベアー先輩と同じパーティーで活動するようになってから、だ。


 誰よりもベアー先輩に憧れていたのは俺だった。


 だから俺はこの大会で絶対優勝するって決めたし、ライバルはヤマ子しか居ないと思ってた。


 俺とヤマ子のプレイ歴は互いにほとんど同じ、『The Knights古参の会』に誘われた時期もほとんど同じ。


 兄妹のように大切に思ってるし、既に最強のコンビになったと思ってる。


 お前に勝たずに座る王座に意味なんか無えんだよ。



「なんで、負けてんだよ……ッ!」


「敗因は敵を舐めていたことだろう。初めから警戒し慎重に戦っていれば、いくら対策を弄されていようとも彼女ほどのユーザーなら負けるはずが無い」


「ちょっとライオ、デリカシーっ!?」


「悔しい、わよね〜……」


「決勝戦は俺達で戦おうなって約束してたんスよ。ベアー先輩に捧げる最高の戦いをしよう、って」


「くまさんが『Spring*Bear』なんだろう? 捧ぐ相手に負けたのなら仕方ないだろう」


「ライオ君、ちょっと外出ようか〜」


「ねえグラ助クン? 決勝戦で戦おうって約束してた相手が負けちゃったけど、これからどうしたい?」



 これからどうしたい、か。


 なんていうか、ちょっと頭が真っ白だ。


 ヤマ子の仇を取りたいって感情も無いし、だからってすぐに気持ちを切り替えられそうにもない。


 混乱、それが今の俺に一番合った言葉かもな。



「そうだよね、すぐに答えられるようならそうなってない。……会いに行ってみたら?」


「ヤマ子にっスか」


「うん。慰めかな、叱咤激励かな、それともいつものキミらしく楽しくお話しして忘れさせるのかな。……何でも良いさ。大事なのは、ヤマ子ちゃんがキミを必要としているかもしれなくて、キミはヤマ子ちゃんと言葉を交わすコトを必要としている。違う?」



 ヤマ子がどんな感情でいるかは、正直分からない。


 俺と比べりゃずっとメンタルの強い彼女だから、案外さらりと負けを認めていて、シズホちゃんを褒めてるかもしれない。


 だけど俺はヤマ子みたいに強くないから、受け入れらんねえよ。


 あのヤマ子がいきなり負けちまうんだ、俺だってもしかしたら​────。



「ヤマ子のとこいってきます」



 このままじゃ危ないと思って、ヤマ子の控え室に向かった。





               * * *





 闘技場控え室はすべて、控え室出入口から一律で繋がる。


 控え室に入るには設定されたパスコードロックを解除するか、呼び鈴を鳴らして中から開けてもらうかのどちらかだ。


 俺はヤマ子の控え室の呼び鈴を鳴らした。



『はい、どなたですの?』


「…………」



 おかしいな、ヤマ子の声を聞いた途端に、なんて言えば良いか分かんなくなっちまった。



『えっ、ちょっとなんですの?』


「お、俺…………だけど」


『グラ助? ベアー様が来てくれたのかとちょっと高まりましたのに。今開けますわね』



 ヤマ子の控え室へのルートが開通、軽く呼吸を整えて入室した。


 平常心、平常心、俺は陽気な『GrandSamurai』。



「一回戦の試合、観ましたわ。さすがグラ助、圧勝でしたわね」


「お、おう! 当然よ!」


「あっ、お茶でも飲みます? 『Party Foods』の美味しいお茶が冷蔵庫に入ってますわよ」


「じゃあ……貰おう、かな。ヤマ子は?」


「さっきガブ飲みしたので今は良いです。ソファーでもチェアでもお好きな方にお座りくださいな」


「サンキュー……うん、サンキュ」



 部屋の隅のソファーに座る。


 ヤマ子が冷蔵庫からお茶を出してくれたから、ひとまず喉を湿す。


 ヤマ子はテーブル脇のチェアに腰を下ろし、静かに、俺がお茶を飲み終わるのを待っていた。



「まずは、誠に申し訳ございません」


「…………別に、謝ってほしくて来たワケじゃねえし」


「ですが、約束を守れませんでしたから。ごめんなさい」


「……なんで、負けたんだよ」


「ジャスガの精度が低かったとか、シズホさんにベアー様が重なって見えただとか、油断していただとか、敗因は沢山ありますわ」


「だからって、だからって二次職の初心者なんかにお前が負けるかよ、フツー」


「貴方の仰る通りです。ごめんなさい」


「謝んなよッ!」



 なんで俺、怒鳴ってんだよ。


 ヤマ子だって凹んでるはずなのに、落ち着いて俺と話してくれてんだぞ。


 ……何に俺、ビビってんだよ。



「むしろ良かったんじゃありません? わたくしという最大のライバルが居なくなったんですもの! これでグラ助の優勝は決まったようなものですわ! そうだ、暇になりましたしどんぐり先輩と、貴方の祝勝会の準備をしておきますわね!」


「俺も負けるかもしれねえじゃん」


「有り得ません」


「俺だってお前が負けるワケねーって思ってた。でも負けた。だったら​────」


「負けないから“最強”なのか、“最強”だから負けないのか。いいえ、どちらも違います」



 ​──────、とヤマ子は言った。


 俺はもう、負けられなくなった。





               * * *





「おっ、イイ顔になったじゃないっ!」


「トーゼンっスよ! 何せ俺は“最強”の男になるんスからねー!」



 もう凹まない、もう迷わない。


 これからの戦いはヤマ子の仇討ちでもない、ベアー先輩に捧げる優勝でもない。


GrandSamurai』が“最強”であると証明する為の戦い​────いいや、それでも無い。


 この戦いは、俺が俺を見定める為の戦いなんだ。

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