第15話 クラフトフェスタⅨ - 閉幕、豪運の理由

「地獄の2日間を乗り切った自分を労って────乾杯っ!」


「「「「「かんぱーい!」」」」」



 午後9時を以てクラフトフェスタは終了し、俺達はクランハウスに戻り打ち上げを開いていた。



「売り上げ計上はまた明日にでもまとめるとして、今夜は目一杯楽しもうかっ!」



 もしこれが一品も売れぬままであれば、俺はこの時間を楽しめはしなかっただろう。


 しかし最後の最後にシズホさんという俺にとって初めてのお客さんに出会えたおかげで、こうして“レッディサワー”を美味しく飲めているという次第である。



「明日は平日ですよね? 皆さんは休まなくて大丈夫なんですか?」


「アタシは昼からだから平気よ」


「わたしは有給を取ってます~」


「わっ、わたしはそのぅ…………ごめんなさい、ニートですぅ……」


「いや謝るコトじゃないし。あたしも予め休みでシフト出してるからへーき」


「ボクは仕事だけど、慣れてるから平気だよっ! もしかしてくまさんクンはお仕事だったかな?」



 俺はごく普通のサラリーマン、当然平日は仕事だ。


 だけどこんな楽しい夜に水を差すような真似はしない。


 なに、徹夜明けの出勤なんて慣れっこだしな。



「仕事ですけど、今日は朝まで付き合いますよ。何せ今日は、初めてお客さんが付いた最ッ高の日ですからねェー!」


「「「「「いえーいっ!」」」」」



 そこからは怒涛の飲み会になってしまった。


 当然のように脱衣麻雀も始まり、終いにはクランメンバーの全員が下着姿になるという大惨事へと至った。


 そこから更に脱ごうとするミロルーティを止めるのに必死になった他のメンバーは、おかげで酔いは覚めたのだった。



「みんな寝落ちちゃったね」


「どうします? 起こしてログアウトさせます?」


「いや、ゆっくり寝かせてあげよう。まあホントの意味では眠れてはいないんだけど……。あぁそうだくまさんクン、ちょっと今日の商品リストを見せてもらえるかい?」


「どうぞ。……何か気になることでもありました?」


「うん、ちょっとね…………うわぁ、そうだそうだやっぱりそうだ。いやぁ、もしかしたらそうなんじゃないかと思ってたんだけど、このリストを見て遂に確信に至ったよ」


「何だか穏やかじゃない反応ですけど」


「えっとそうだな、まずは前提情報から教えてあげなくちゃならないんだけどね。このゲームの生産システムには、乱数テーブルというものがあるんだよ」



 ふむ、乱数テーブルか。


 戦闘職の身では縁遠い言葉だが、知識としては知っている。


 例えばモンスターを討伐した時のドロップアイテムが出現するか否かであったり、採取を行った際にどんなアイテムが獲得できるかなど、システム側があるに従って抽選が行われて結果が決定する。


 そのにもいくつかのパターンがあり、それを一般的に乱数テーブルと呼ぶのだ。



「生産にも乱数テーブルがあるんですか?」


「もちろんあるよ。同じ条件で同じアイテムを作っても、生産物の品質や戦力、ADPアディショナルパワーは違う結果を表すんだ。そのランダム要素にも当然、アイテムドロップや採取のように乱数テーブルが使われているんだ」


「なるほど……それがどうかしたんですか?」


「ところでキミ、ADPアディショナルパワー?」


「えっ?」



 …………この人は何を言っているんだ?


 確率も何も、俺の生産物には…………。



「知るはずが無いよね。だってキミ────んだもん」


「ど、どういうことです? 店売りじゃない生産された武器にはADPアディショナルパワーが付くものなんじゃないんですか?」


「うわぁ、それを他の生産職に聞かせたらボコボコにされちゃうよ?」


「ち、ちなみに普通はどれくらいの確率なんですか……?」


「1つ付与が30%、2つ付与が15%、3つ付与が5%、残りの50%はゼロ付与なんだよね」



 や、やべえ……。


 俺、自分が常識外れな運の持ち主だなんて認識すら無かった……。



「でね、その確率はすべてのユーザーが同様ってワケじゃないんだよ。ユーザーIDによって乱数テーブルが決まっていて、さっき言った確率から多少の上下があるんだよね」


「もしかして俺、とんでもないテーブルに乗ってます……?」


「とんでもなくとんでもないね。知ってる限り、そんなバランスブレイカー級のテーブルが割り当てられているユーザーなんてひとりくらいしか知らないよ」


「知り合いなんですか?」


「知り合いといえば知り合いだし、他人といえば他人だね」


「へえ……俺も知ってる人ですか?」


「前にも話したと思うけど……『Lionel.inc』、『The Artist』クランマスターでトップ生産職ユーザーの彼だよ」


「俺が、トップユーザーと同じテーブル……」



 そう聞いて、自信が半分、プレッシャーが半分といった気分になった。


 もちろん乱数テーブルなんかがユーザーの能力を決める唯一の要素だとは思わないが、今後の生産職ライフを大きく左右する要素であることは間違い無いだろう。



「ちなみにボクは不運側のテーブルでね、なんとゼロ付与率脅威の66%! 3回に2回はまっさらキレイな武器の出来上がりってねっ!」


「それはなんというか……かける言葉に悩みますね」


「まっ、それだけが生産のすべてではないから別に良いんだけどさっ!」


「……ムラマサ先輩は、それが理由で俺を誘ってくれたんですか?」


「それも否定はしないよ。初めての生産結果を見て、もしかしてとは思ったしね。だけど、それだけの理由でキミを誘ったワケじゃない」


「じゃあ、何でです? 今日よく分かりました、ムラマサ先輩をはじめとして、クランメンバーの皆さんは一流の生産職ばかりです。そんな中に俺みたいな初心者が入ってしまって……周りから好い目では見られないのでは?」


「ははっ、キミって案外周りを気にするタイプなんだねっ!」



 そりゃそうだ。


 俺はつい先日まで最前線攻略クランのエースだった。


 周りからの目はどれだけ意識しても足りないってくらいに、視線に囲まれてきたんだから。



「もしボクが周りからの目や声を気にして、キミのような将来有望ボーイを見逃すようなら、このクランを作った意味が無いってモンさ」


「『クラフターズメイト』を作った意味、ですか?」


「そう、良い機会だし聞かせてあげようか」



 9年前、ボクは『The Knights Ⅻ Online』の1周年記念大型アップデートの時にこのゲームを始めたんだ。


 初めは槍術士から始めたんだけど、どうやら戦闘のセンスはまるで無かったみたいでね、1ヶ月も経たないうちに生産職に集中するようになった。


 その頃、クランと言えばどこも戦闘職が固定パーティーを組む為に結成しているだけで、生産職メインのボクには縁の無いシステムだったんだ。


 ボクが鍛冶士としてそこそこ名が知れるようになった頃、フレンドの1人が提案してきたんだ。



「生産職を集めて、生産職のためのクランを作らないか」



 ボクはもちろん賛成さ、そのフレンドがクランマスターに、ボクがサブクランマスターの座に収まった。


 ちなみにミロルーティも初期メンバーの1人だったんだよ。


 そのクランの結成は、生産職界隈に大きな波紋を生んだみたいだった。


 そんなクランもありなのかー! ってな感じで、後追いの生産職クランが乱立するようになったんだよ。


 ボクらのクランの主義は、生産職の楽しさをもっと多くのユーザーに広めようってものだった。


 その頃だったかな、クランフェスタの前身に当たる非公式イベントを開催したのは。



「えっ、クランフェスタを広めたのってムラマサ先輩だったんですか?」


「発案はミロロだったんだけどねっ!」


「実は的にもすごい人だったんですね……」


「いいよいいよ、かしこまらないでっ!」



 それから3年後、そのクランは解散することになる。


 まあ理由なんて単純で、方向性の違いってヤツだよね。


 ボクやミロルーティは、もっと初心者の育成に力を入れたかった。


 逆に当時のクランマスターや他のメンバーは、自分たちが生産職としてもっと高みを目指したいと思うようになったんだ。


 どちらが間違ってるなんて話ではないからね、解散時は結構円満だったんだよ。


 最後の夜にはみんなで酒場で飲み明かしたくらいさ。


 晴れてフリーの身になったボクはミロルーティと共に『クラフターズメイト』を結成、そしてクランマスターと他のメンバーは────。



「────『The Artist』を結成したというワケさ」


「じゃあそのクランマスターって『Lionel.inc』なんですか!?」


「そっ! 『Lionel.incアイツ』とはその頃からの知り合いさ。……最近は会うどころか連絡を取るコトすら無いけどね」



 ムラマサ先輩から聞かされた俺の知らない『The Knights Ⅻ Online』と彼女の歴史は、実に興味深いものだった。


 ……冷静に考えて、そんな伝説の中の住人みたいな人に開始初日に拾われた俺って幸運にもほどがあるんじゃないか?


 それこそチート級の乱数テーブルが割り当てられてしまったこと以上に、そっちの方がよっぽどありがたいまであるぞ……。



「もしかしてアリアさん達もムラマサ先輩とミロロさんが指導したんですか?」


「指導ってほどのモンじゃないけどね。ボクとミロロはあくまで生産職の楽しさを教えただけで、あそこまでになったのはすべて彼女達自身の力だよ」


「じゃあ、みんなもムラマサ先輩と同じくらい凄いってことですね」


「…………ふふっ、嬉しいコト言ってくれるじゃないか」


「あれ、だったらどうしてサブマスがミロロさんじゃなくてアリアさんなんですか? 最初はミロロさんと2人で始めたんですよね?」


「ミロロはそういうの嫌いなんだよね。服ですら窮屈に感じるような人なんだから」


「そりゃそうだ」


「それにね、ボクが引退する時に跡を継いでくれる子が居ないと困るしね」


「えっ!? ムラマサ先輩、引退しちゃうんですか……?」


「ああごめんごめんっ! まだ全然、そんな予定は無いよ。だけどもう10年目だよ? いずれそういう日も来るかなって」



 ……うん、10年間攻略組の最前線に居たところから心機一転セカンドキャラで生産職を初めてみたなんて話、ムラマサ先輩には絶対に話さないでおこう。



「おっと、もういい時間だっ! ごめんね、長話に付き合わせちゃって。改めて、初めてのクラフトフェスタ、2日間の地獄に付き合ってくれてありがとねっ! 初めてのお客さんも付いたし、本当によく頑張ったと思うよっ! 今日はゆっくり休んで────は、できないんだったね。今夜もボクとミロロは居ると思うから、もしインすることがあれば顔を出してほしいなっ!」


「俺の方こそ、本当にありがとうございました。きっとムラマサ先輩や、クランの皆さんが居なければ乗り越えられなかったと思います。夜は…………ちょっと分からないですけど、まだ勉強し足りないので、いろいろ教えてください!」


「もちろんっ! それじゃ、おつかれ~っ!」



 ログアウトし、ベッドの上でクラフトフェスタの2日間を振り返った。


 確かに前夜の生産作業はまさに地獄だったけど、今になって思えばその時間さえも楽しかった。


 それに、始めたてであの忙しさを経験できた事は、きっと今後の財産になる。


 これからはどんな手順で生産職ライフを過ごしていこうか。


 今日のうちにいくつかプランを考えてみて、今夜にでもクランの皆に意見を貰ってみよう。


 まずは、そうだな……ギルドクエストを進めて鍛冶士のクラスレベルを上げる、とかだろうか。


 ────そっか、生産職ってこんなに楽しかったんだな。


 自然に笑みが零れ……危ない危ない。


 今日の仕事に支障をきたさぬよう、まずは意識を切り替えるべく洗面所に向かった。


 気持ちの良い朝はまず、顔を洗うところからってな。

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