第14話 クラフトフェスタⅧ - はじめてのひと
後悔して、そんな後悔をしている自分が嫌いになった。
ゲームなんてこれが初めてで、フルシンクロVRにも全く慣れない。
そんなゲーム下手の私が、よりにもよって上級者向けの弓術士で始めてしまった。
学校の友人はゲームなんてやらない子ばかりだから、助けてくれる人も居ない。
チュートリアルをクリアするのも一苦労で、今すぐにでもやめてしまいたい。
だけどこれは私の意地である。
絶対にやめない、あの人のようになるんだ。
その目標を達成できれば、きっとリアルでの私も強くなれる、そんな気がする。
だけど────。
「や、やめっ、来ないでっ!」
弓術士は遠くから矢を射て戦うクラスらしいけど、私はあの人と違って射撃が下手だし、あの人みたいに上手く立ち回れないから、すぐに距離を詰められて袋叩きに遭ってしまう。
もう何度目か分からない敗北で、見慣れた光景の、ホルンフローレンという街の中央広場に強制転移させられる。
気付けば空は、橙色に染まっていた。
「……昨日と様子が、違うような」
バングルさんとミカラさんが、ホルンフローレンは大陸の中心だって言っていたから、いつも人は多かった。
だけど今日は普段の比ではなく、まるで土日の渋谷駅前のような人だかりだ────まあ、渋谷なんてほとんど行ったことが無いけど。
私なりに、敗因は研究しているつもりだ。
第一に立ち回りの悪さと射撃の精度が低いことが最優先の修正事項。
だけど矢が全く当たらないわけではないし、少しずつモンスターの動きも覚えてきた。
もう少し矢のパワーが強ければ倒せるような気がするし、もう少し素早く動けたらモンスターの攻撃も避けられるような気もする。
「…………はぁ」
思わず溜息が零れた。
そんなたらればは無い。
ロールプレイングゲームは敵を倒さなくちゃ強くなれない、それくらいはゲームに疎い私でも知っている。
「そこの弓術士さん、良ければお店覗いてみてよ!」
「お店、ですか……?」
中央広場から一直線に続くメインストリートには、小さな屋台が立ち並んでいる。
そこに立っているのはどれも私と同じユーザーで、NPCショップはどこにも無い。
「もしかして初心者さんかな? 今日はクラフトフェスタ、沢山の生産職が出店しているお祭りなんだよ」
「ユーザーがお店を出してるんですか?」
「そう! うちは高レアリティの武器を売っているんだ、これさえあればどんなモンスターにだって負けないよ!」
強い武器が買えるの?
それさえあれば、私も強くなれるのかな……。
「じゃあ、商品を見ても良いですか?」
「もちろん! 屋台に近付くと商品一覧のタブが出るから、それをタッチして開いてみて」
「商品一覧を、タッチ……」
教えてもらった通りの操作をすると、沢山の武器が羅列された一覧が表示された。
どれもレアリティが高く、戦力も私が今使っている弓とは文字通り桁が違う。
「すごい、この弓、強い……」
「お客さんお目が高いね! それ、かなりの自信作なんだよ。しかも本日限定でお値段も控えめ!」
「それは助かります! 実は私、始めたばかりで……それに何度も負けてしまってお金も貯まらない一方なんです」
「それは大変だね。だけど大丈夫、その弓さえあればきっと強くなれるよ! ちなみに予算は如何ほどで?」
所持金は1,892ゼル。
今の私でも倒せるような温厚なモンスターだけを倒し続けて、頑張って貯めた。
本当は回復アイテムを買いたいけど、強くなれるなら全財産を叩いても良いかもしれない。
「全部で1,892ゼルです。あの、さっきのとは言いませんので、これで買える一番強い弓をいいただけますか?」
「あのさ……」
私が所持金を明かすと、さっきまで優しい笑顔を浮かべていた鍛冶士さんは冷たい表情に変わってしまった。
「こっちも慈善活動をしてるんじゃないんだよね。たったの1,800いくらで強い武器が欲しい? 言っとくけど、こっちも素材費が掛かってるワケ。一番安いのでも10,000ゼル、これでも普段だったら相場を破壊するような値段だからね。初心者はおとなしく雑魚を狩ってお金を貯めてきな。さあ退いた退いた、君みたいな初期装備がそこに立ってたらその程度の店だって思われちゃうでしょ」
「っ!」
私は彼の意地悪────いえ、正論に耐えられず、涙をこらえながらメインストリートを後にした。
フルシンクロVRの、脳波を読み取り感情をリアルタイムで出力する機能を恨んだ。
こらえようとしても止まらない涙が口元まで滴り落ち、正確に表現された塩味が舌を苛めてきた。
普通にしていても声を掛けてくる男性ユーザーは多いのだ、涙なんて流していたら更に悪い男性が寄ってくるだろうと思い、私は人通りの少ない裏通りに逃げ込んだ。
夕方のこの時間になると、ゲーム内でも仄かに肌寒さを感じる。
あくまで肌寒いという程度で、上着を欲するようなほどではない。
それでも私は気持ちの落ち込みのせいか、ひどく、人の心の温もりを求めていた。
「あの、大丈夫ですか?」
動きたくなくて、道の隅にうずくまっていたところに、男性ユーザーが声を掛けてきた。
見上げると、背の高い筋肉質なスキンヘッドの男性──ハリウッド俳優にこんな雰囲気の俳優さんが居たような気がする──が、心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「……大丈夫です。すみません、邪魔ですよね。すぐに移動します」
「もしかして、泣いてました?」
「…………いえ、お構いなく」
変に気を遣わせても悪いと思ったし、傷心の慰めを口実にこれ以上絡まれても困るから、立ち上がって足早にその場を去ろうとした。
「待ってください!」
背後からさっきの男性が呼び止める。
何故だろう、私はその場で立ち止まってしまった。
彼の声には何となく、優しい温かみがあるような気がした。
「お暇なんですか?」
「暇か……痛いところを突いてきますね。実は僕、あっちでお店を開いてるんですけど、朝から一人もお客さんが来なくて。同じクランのメンバーに緊急でおつかいを頼まれて、その帰りだったんです」
お客さんが来ないことを自分から明かすなんて……リアルでは高校生の私でも分かる、この人は嘘が吐けなくて損しちゃうタイプなんだろうな。
「見たところ初心者の弓術士さん、ですよね。実は俺、初心者戦闘職の方向けのアイテムを売ってまして、良かったら覗いてみませんか?」
ああ、この人もきっとさっきと同じなんだろうな。
最初は親切だけど、お金が無いと分かれば冷たくなる。
期待させるのも申し訳ないし、何より私が傷つかない為に、最初からお金が無いって伝えておこう。
「私、今所持金が1,892ゼルしか無いんです。なのでどうせ何も買えないと思います」
「大丈夫ですよ! 何も買えないどころか3セットくらい買えちゃいますよ!」
「えっ? 苦労して生産したアイテムをそんな安く売ってるんですか?」
「確かに苦労はしました、もう昨晩は地獄でしたし……。────でも、俺は初心者さんにこのゲームを楽しんでほしいんです。だからクラフトフェスタの今日くらいは、自分の儲けより誰かの為になる商売がしたいんです。……まあ、実は素材は尊敬する先輩から譲ってもらった物なので、ひとつでも売れたら儲けにはなるんですけどね」
そんな人も居るんだ……。
生産職はみんなさっきの人みたいな感じだと思ってたから、少しだけ驚いた。
「ヤバい、アリアさんが怒ってる! すみません、人を待たせてるので急ぎましょう!」
「えっ、あっ、はいっ!」
彼の後に続いて裏通りを走る。
この人、『くまさん』って名前なんだ。
見た目に反して可愛らしい名前で、思わず笑みが零れた。
「遅いっ! おつかい如きでどんだけ時間掛かってんのよっ!」
「すみません……」
「おや、そっちの子は?」
「聞いて驚いてください……なんと、俺の初めてのお客さんです! まあ、俺の商品がお眼鏡に適うかは分かりませんけど……」
「あら~、良かったじゃない~。大丈夫、くまさん君は頑張ったもの、きっと喜んでくれるわよ~」
うっ、なんだかプレッシャーを感じる……。
「ミロロはああ言ってるけど、無理して買わなくても大丈夫だから。欲しいアイテムが無くてもそれはきみのせいじゃなくて、くまっちの実力不足だから」
「あのぅ、ジュースでも飲みながらゆっくり考えても大丈夫ですよぉ!」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ見てみます」
「ッ! ありがとうございます!」
くまさんさんの屋台に近付き、商品一覧のタブを開く。
ラインナップは全て初心者戦闘職用の武器ばかりで、“グロウリング”というアクセサリーアイテムもセットになっているらしい。
「すごい、私が使っている武器より品質も戦力も高い……」
「はい、最初にギルドで貰った物より使えると思います。それに弓には弓術士向けのアディショナルパワーも付いてて……これが一番おすすめです! 射撃威力が上昇しますし、攻撃を外したら移動速度が上がるパワーが付いているので初心者さんにおすすめで…………合わせるならこの“グロウリング”ですね! STRとDEXに補正が掛かりますし、敵に囲まれたら移動速度が上がるパワーも付いているんですよ!」
本当に驚いた……。
この人、初心者弓術士が欲するものは何かをよく理解してる……。
生産職なのに、どうしてこんなに分かるんだろう。
「あの、私これ買います!」
「ッ! あ、ありがとうございますッ!!!」
「それはこちらの台詞です。……私、さっき別のお店で「お金が無いならどっか行け」って言われちゃって、生産職さんのこと嫌いになりそうでした。でも、くまさんさんに会えて良かったです。これなら諦めずに目標を追えそうです」
「へえ、どんな目標なんですか?」
「あの……聞いても、笑いませんか?」
「笑いません。だって俺の方こそ、笑われそうな目標を立ててますから」
「そう、ですか。…………『Spring*Bear』さんみたいになりたいんです」
「…………なるほど、だから弓術士なんですね」
「で、くまさんさんの目標って何なんですか?」
「……聞いても、笑いません?」
「もちろんです!」
「お金を貯めるんです、9,999,999,999ゼル」
「…………ふふっ」
「ひどい! 笑わないって言ったじゃないですか!」
「すっ、すみません! でも本当に途方も無い金額で、つい……」
「途方も無い金額です。今日、改めて思い知りました。……そっか、彼に憧れてるから弓術士なんですね」
「はい! 私がリアルで落ち込んでた時に、彼が戦ってる動画を観たんです」
「公式が上げてるPvPイベントの決勝戦ですね」
「多分それです! これまでゲームなんてまったくやってこなかった私なのに、彼がすっごくカッコよく見えて。どんなに追い詰められても諦めない姿に勇気づけられたんです。私も彼のようになれたら、リアルの私も強くなれるかなって」
「あの試合は凄かったですよね、負けるかと思いました。…………アッ、視聴者視点でねッ!?」
「でも、いざプレイしてみたら全然上手くできなくて……こんなんじゃ彼みたいになるなんて夢のまた夢ですよね」
「そんなことないです! 彼も初めは、そのへんの雑魚モンスターにも負けちゃうくらい下手でしたよ。だけど諦めなかった。諦めなければきっと、強くなれます、絶対に」
「詳しいんですね。もしかして……お知り合いだったりしますか?」
「そっ、そ~なんですよ~っ! ちょーっと面識があるような、無いような……ははっ、恥ずかしいなぁ、知ったような口利いちゃって……」
「いえ、ありがとうございます。もしそれが嘘でも、勇気付けられました」
くまさんさんの言葉が嘘でも良い。
彼が私を想ってそう言ってくれた、その事実だけで私は────もうちょっとだけ頑張れそうだから。
「あの、良ければお名前をお伺いしても?」
「えっ、私のですか? 頭の上に表示されてるはずじゃ……」
「見えてます。だけど初めてのお客さんだから、ちゃんと挨拶がしたくて」
「ふふっ、変わってますね」
私はゆっくり深呼吸してから、くまさんさんの目をまっすぐ見つめ直した。
なんだか、ちょっと照れくさくて。
「私、シズホと申します。ゲーム初心者の弓術士です。目標は『Spring*Bear』さんみたいな魔銃士になること。今後とも、よろしくお願いいたします」
私は心を込めて、深々とお辞儀をした。
そしてひとつだけ、我がままを言いたくなった。
断られても仕方ない、でも初めての人はくまさんさんのような優しい人が良かったから。
「くまさんさん、良ければ私とフレンドになっていただけませんか?」
「もちろん。これからよろしくお願いします。俺で力になれることがあれば、何でも協力します」
私がフレンド申請の操作にわたわたしていると、彼が優しく教えてくれた。
申請を送るとすぐに承認されて、私のフレンドリストにはじめて、誰かの名前が表示された。
改めて彼にお礼を告げてから、彼の商品を購入させてもらった。
私が持っている弓と見た目は一緒だけど、なんだかとっても心強い。
帰りがけに、ひとつだけ決め事をした。
今後、装備アイテムを買う時は彼からのみ買うことにしよう。
どんなにレアリティの高い武器よりも、どんなに戦力の高い武器よりも、彼の作る────『Kumasan-Zirusi』の武器が良い。
これまでは憂鬱な気持ちでログアウトする日が続いていたけど、今日は少しだけ、幸せな気分でログアウトできたのだった。
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