第12話 クラフトフェスタⅥ - 開幕

 パリナ手製の“レッディサワー”の擬似アルコール成分によって酔っ払い、アリアによってボコボコにされた俺だが、思いの外作業の効率は、麻雀前と比べて上がっていた。


 やはりレクリエーションのメンタル回復効果は絶大だ。


 おかげで朝まで作業を続けることができ、何とか1,000個の“アイアナイト”を消費しきることが叶った。



「おはようございます」


「あっ、くまさんクン……お、おはよっ」


「止めてくださいよそのナニカが起きた男女の気まずい朝みたいな反応」


「へへっ、ごめんごめんっ!」


「おはよ、くまっち。準備は万端?」


「おはようネクロン、もうバッチリ」


「アンタもシャワー浴びてきたら? スッキリするわよ」


「そうですね、お借りします」


「あっ、くまさんさん……あのぅ、こっちのシャワーじゃなくて、リアルでの話かと思いますぅ…………」


「くまさん君も男の子だもの〜、可愛い女の子がいつも使ってるシャワールームを使いたかったのよね〜」


「ちっ、違いますから! ……じゃあ、ちょっと抜けてシャワーだけ浴びてきますね」



 俺はログアウトし、自宅の浴室でシャワーを浴びた。


 今更一徹如きで体調を崩すようなヤワな身体はしていないが、疲れは溜まっていたように思う。


 ゲーム中、いくらベットで横になっているとはいえ、睡眠中とは違って脳はフル稼働だから休まりはしない。



「…………売れるのかな」



 シャワーを浴びながら、ふと弱音が口から零れた。


 買ってもらう為の戦略は立てた、その戦略には自信だってある。


 大丈夫、絶対に売れる。


 そう信じきれはしないが、そう言い聞かせなければ心がもたない。


 水栓を絞ると、シャワーヘッドから水滴が滴ってきた。


 それはまるで、どれだけ奮い立てようとも溢れ出てくる俺の弱気のようで。


 これ以上悩んだって仕方ない、やれる事はやった、後は運に身を任せよう。


 水栓をキツく絞めてから、俺は浴室を出た。





               * * *





 ホルンフローレンのメインストリートには、既に多くのショップが出店されていた。


 マップ上でショップをオープン状態にしておくと、自動的に自分の周りに簡易的な屋台が現れる。


 それが至る所に立っている光景は、まるで大きな神社で開催される夏祭りのようだ。



「いらっしゃいませー!」


「年に一度の特別価格だよー!」


「生産職必見、素材アイテム大安売り―!」



 至る所で客寄せの声が飛び交い、これがユーザー発のイベントだとは思えないほどの賑わいを見せていた。



「よしよしよし、いつもの場所はしっかり空いてるね」



 我ら『クラフターズメイト』は連れ立って、メインストリートから1つ逸れた辺りに出店した。


 見たところ人通りは多くない。


 これならメインストリートに出店した方が客足も増えそうなものだが……。



「キミ、「これならメインストリートに出店した方が客足も増えそうなものだが……」なんて考えてやしないかな?」


「ド、ドンピシャです……」


「例年、メインストリートはあんな風にショップと客でごった返す。それを知ってるユーザーは、移動の際に混雑を避けてこっちの道を使うのさ」


「無数のライバルに埋もれるよりは、ここを通るユーザーを確実に捕まえようって魂胆なのよ。賢いでしょっ?」


「アリアさんが考えたんですか?」


「ううん」


「すげー! なのにとんでもないドヤ顔してた!」


「うっさいわねぶっ飛ばすわよっ!?」


「ふふふっ、アリアさんもすっかり仲良しになれましたね〜」


「さあっ! 早速出店しようかっ! 客の呼び込みは大きな声で、値下げ交渉は舐められたら負けだよっ! みんな、頑張ろうっ!」


「「「「「おー!」」」」」



 朝9時、俺達のクラフトフェスタが幕を開けた。


 まだ早い時間だからか人通りが少ない。


 ムラマサ曰く正午を過ぎると次第に人が増えていくらしいから、まだ不安に思う必要は無いそうだ。



「まいどっ! いつもありがとうねっ!」


「また買いに来てくれたんですか〜? うふふっ、そんなまたまた〜。たくさん買ってくれたら~、考えておきますね〜」


「いつもファンレターを送ってくれてる子よね、同封のスクショも楽しんで見てるわ。綺麗に着こなしてくれてありがとね」


「あれぇ、さっきのお客さん……えっ、美味しかったからテイクアウト? はっ、はいもちろんありますぅ! ありっ、ありがとうございますぅ〜っ!」


「旧型からのアップデートだね、任せてよ。えっ、ついでにカラーチェンジ? 追加料金だけど良い? ……おっけー、ありがとうございまーす」



 ムラマサの言う通り、午後になると着々と客も増えてきた。


 彼女達を見ていると、それぞれに固定客が付いており、また客層にも特徴が表れていた。


 まずムラマサの客だが、プレイ歴の長いユーザーが多く見えた。


 昔からの常連客を途絶えさせない、フレンドリーなスタイルが彼女の強みなのだろう。


 ミロルーティは、分かりやすく男性客が多い。


 若い男から俺と同年代や少し上くらいの年代まで、年齢層は幅広い。


 あの男ウケのするビジュアルとキャラクター、そしてそれを商売の為に遠慮なく使うその様は、うっすらとキャバクラ適性を感じさせる。


 そんなミロルーティとは対照的に、アリアの客は9割以上が女性だ。


 彼女が作るオリジナルスキン衣装のラインナップも女性向けの物が多いから当然なのだが、ターゲットをしっかりと定めたラインナップ構築が素晴らしい。


 パリナの客だが、性別も年齢層もバラバラだ。


 しかし彼女の商売の上手いところは、食べ歩きが出来るファストフードを売りながら、テイクアウト用の箱詰めタイプも売っているところだ。


 他の店で買い物をした客がついでに購入、なんて光景はもう何度も見た。


 商品の単価はクランメンバーの中で(俺を除けば)パリナの店が最安値らしいが、それでも現状の売上は比べるまでもなくトップだ。


 そしてネクロンだが、おそらくは家電類を買ってもらうつもりは端から無いという可能性がある。


 というのも、さっきから来る客のほとんどが修理や旧型のアップデート、何だったら下取り依頼まで来ており、新製品の購入は少ない。


 とは言っても、新商品を買ってもらう気が無いというワケでも無いらしい。


 店頭にサンプル機を置いてあり、その性能を補助係のAIアンドロイド​──これもネクロンの自作だ──に絶やさずプレゼンさせ続けているのだ。


 おそらくはここでブランドを知ってもらい検討させ、後日買ってもらうというのが彼女の戦略に思える。


 そして俺は​────。



「どうしたんだいくまさんクン、暗い顔をしてたらお客さんも逃げちゃうよ?」


「あっ、お疲れ様です……」


「あまり目を掛けてあげられなくてごめんね?」


「いえ、忙しそうですから」


「お客さん、来てないの?」



 これはまたグッサリと……。


 いや、むしろありがたいかもしれない。


 ここで気を遣われた方が却って惨めになっていた気がする。



「はい、全然です。いやぁ、完璧な戦略だと思ったんですけどね!」


「そっか。ちなみにその理由、ボクは分かってるけど……聞く?」



 ここですぐに答えを教えてもらうのは簡単だ。


 だけど、それはまだ早い。



「いや、もうちょっとだけ自分で考えてみます」


「……うん、偉いね」


「…………何してるんですか」


「落ち込んでる可愛い後輩をなでなでしてるんだけど?」


「止めてください、恥ずかしいじゃないですか」


「本当に嫌だったら手を払えば良いじゃないか」


「…………まあ、昨晩やらかしちゃったみたいですし、ここは甘んじて受け入れておきますよ」


「ふふっ、キミはクマというよりは猫みたいだよね」


「初めて言われました」


「素直な時もあれば反発する時もある、ツンデレってほど分かりやすい人間でもない。初対面の心の壁の厚さもまさに猫みたいだったよ」



 目敏い人だな、まったく……。



「ありがとうございました、おかげでもうちょっと頑張れそうです」


「それは良かったっ! それじゃ、ボクもお店に戻るねっ!」



 隠していたつもりだったが、確かに俺は落ち込んでいた。


 これが完全ソロプレイで、隣にムラマサ達が居なければここまででは無かっただろう。


 しかしああも隣で盛況な様子を見せつけられると、より一層俺の不況が目立つというものだ。


 このまま一日中客が来ず、折角ムラマサから貰った素材が丸ごと無駄になるんじゃないか、期待の新人だと言ってくれた彼女の期待を裏切ることになるんじゃないか。


 だけどそんな弱気も今、剥がれ落ちた。


 かつての『Spring*Bear』はどうだった?


 いくら強大なボスを前にしようとも諦めるなんて選択肢は無かったし、そんな発想は生まれもしなかった。


 戦い方は違えど、これが生産職今の俺の戦いなんだ。



「初心者戦闘職向けの装備売ってます! まずは覗いて行ってください! よろしくお願いいたしますッ!!!」



 例えこの声が誰の耳にも届かなくとも、俺はこうして戦わなくちゃいけないのだから。






 次話から2話連続で新キャラが登場します。

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