第8話 クラフトフェスタⅡ - ミーティング
「まずは毎年恒例の、スタンプラリー特典を決めようかっ!」
「スタンプラリー?」
「そうそうスタンプラリー。クラフトフェスタにおいて、ソロユーザーとクランとじゃ、圧倒的な差があるんだ」
「もしかして、クランメンバーのショップをハシゴすると特典が貰える……的な話ですか?」
「そのとーりっ! 察しが良いねっ!」
まずはここ数年間の特典リストを見せてもらった。
『クラフターズメイト』のロゴが入ったスキン装備一式、平時に使える割引券や無料引換券、高品質な消費アイテムセット、ここまでは比較的マトモだと言えるだろう。
何を思ったか、クランメンバーとのツーショットスクショ権とかいうまるで地下アイドルの物販のような特典もあった(しかもその年は売上が過去最高だったようだ)。
「ツーショ権でいきましょうよ」
「それだけは無し!」
「あらぁ、アリアさんあんなに人気だったのに〜?」
「確かに売上は伸びたけど……売上は伸びたけどっ!」
「あたしも反対、アレ普通に怠いし……。やっぱ割引券安定じゃない?」
「わたっ、私もそれが良いかな〜って……ツーショは思い出すだけで……うぅ、おそろしいですぅ…………」
「うん、じゃあ『クラフターズメイト』系列ショップで使える割引券で決定! じゃあもう一つ、最優先でやっておかなくちゃならないコトがあるんたけど」
「あぁ、多分わかりました。俺のブランド立ち上げ……というか、まずは出店するか否かってコトですよね?」
「そうそうそういうコトっ! ちなみに出店しないって選択肢は無いよっ!」
「でもまだ初心者ですよ? 誰かに買ってもらえるようなアイテムなんて生産できませんって」
「はいそれチョンボ、罰符千点。『クラフターズメイト』は「できない」禁止だから」
「気持ちはすっごくす~~~っごく分かります…………私もはじめはそうでしたからぁ…………」
「そういうことっ! 誰だって最初は初心者さ。だけど挑戦しなくっちゃ何事も進まないよ。稼ぐんだろ、9,999,999,999ゼル」
「ッ!」
そうだ、俺は9,999,999,999ゼル稼いで『Spring*Bear』の豪邸を買う。
そんな無謀な目標を立てたくせに、こんな序盤で尻込みしていてどうするんだ。
ブランドだろうが出店だろうが、やんなきゃ何も始まらないだろ。
「……あの、ひとつ相談なんですけど」
「うん、何だろう」
「『Kumasan-Zirusi』って、どうですかね?」
「っ! …………良いと思うよ、スッゴクっ!」
「うふふっ、可愛らしいブランド名だと思います~」
「『くまさん』だから『Kumasan-Zirusi』ってコト? 短絡的だと思うけど……アンタがイイならイイんじゃない?」
「いや、これ上手いよ。そのブランド名なら装備アイテムでもそれ以外のアイテムでも違和感なく通るし……さすが元麻雀ランカー、この短時間でよく考えられてる」
「し、しかもロゴも作りやすそうですぅ! カッコよくも可愛くも作れそうですしぃ…………ますます尊敬しました、結婚申請送りますねっ!!!」
な、なんか想像以上に褒められちゃったな。
ネクロンが言うような汎用性の高いブランド名にしようなんて考えも無かったし、パリナが言うようにロゴまで考えての名付けでもなくて……むしろアリアの言う通り短絡的な考えで間違って無いんだが…………。
でも、ちょっと嬉しいな。
初心者で何も知らない俺だが、それでも手探りで、俺がすべてを決めなくちゃならない。
それと共に、俺の一存で自分の往く道を選べるのだ。
攻略組だった『Spring*Bear』だとそうはいかなかった。
ストーリーアップデートが行われたら救世クエスト──所謂メインストーリーだ──を進めることを周りからの無言の圧力で強いられていたし、それが済んでもクランメンバーと共にレイドボスに挑むくらいしか選択肢は無かった。
それが最強ユーザーのあるべき姿だったし、求められる英雄像だったのだ。
だが今は違う。
何を生産し、何を売るのか。
ムラマサ達からのアドバイスを受けられても、最後に決めるのは俺自身。
これが、生産職の楽しみ方なのだ。
「よしっ! 決めるべきコトはこれくらいだねっ! スタンプラリー用の配布物や特典はいつも通りボクが用意しておくよ。ここからはジャンジャン生産していこうっ! 明日はひっきりなしに客が来るからね、品切れなんて言語道断っ! 作りすぎってくらいに生産しちゃおうっ!」
そして、メンバー曰く地獄の生産タイムが始まった。
クランハウスにはキッチン付きのリビングと、4つの個室がある。
ムラマサにはリビングを、パリナにはキッチンを、4つの個室はそれぞれアリアとミロルーティとネクロンと、そして俺に、作業部屋として割り当てられた。
しかし、今の俺に作れる──レシピを知っていて、成功率も100%の──アイテムなんて序盤用の武器アイテムか、昨日作った“グロウリング”くらいしかない。
しかしその為の素材だって十分に用意もできない。
ここは同じ鍛冶士であるムラマサに相談することにした。
「ふむふむ、素材だね。“アイアナイト”なら分けてあげられるよ」
「本当ですか! タダとは言いませんので分けていただけたら助かるんですけど……」
「ははっ、お金なんて取れないよっ! 何せキミは期待のルーキーだからね。クランマスターとして、そして鍛冶士の先輩として、ここは顔を立てておくれよ」
「ありがとうございます。もう届いてる……って、せっせせ1,000個ォ!? いやこんなに貰っても使いきれませんって!」
「いいや、使い切るんだ」
「でも、武器なら1,000個、“グロウリング”なら500個ですよ!? 無名の俺がそんな数売り切るなんて、できるはずがないですって!」
「また言った。「できない」は禁止だって言っただろう?」
「すみません……」
「それにね、ボクはこうも思ってるんだ。……売れないなら売れないで、それもまた良しってね」
「そんな……だって折角作ったアイテムが売れなかったら全部無駄じゃないですか。素材だって勿体無いし、ここまで集めたムラマサ先輩の努力だって水の泡になるんですよ?」
「その考え方がもうズレてるのさ。もし売れなかったら、売れなかった理由を考察できるだろう。値段設定が悪かったのかもしれないし、アイテムの品質が低かったのかもしれない。品物は良いけど、売り方に工夫が無かったのかもしれない。それを反省してまた挑戦すれば、今度は売れるかもしれない。……なんて、たかがゲームで商売を語るようで可笑しいけど…………でも、ボクはそういう楽しみ方を9年間続けてきたんだ。だからこんなコトしか言ってあげられない、変人だって言わてしまえばそこまでさ」
「いえ、変人だなんて笑いませんよ。むしろ……尊敬します」
これは本心からの言葉だ。
確かに初めは、先輩ヅラしたいだけのマウント癖の厄介古参だと思っていた。
だけど接していくうちに、この人は本当に生産職としてこのゲームを楽しみ、純な心でその楽しみを広めたいと思っているのだと分かった。
だから俺は、彼女と出会えて本当に幸せ者だと思う。
「あっは、またまたそんなお世辞なんて言ってくれちゃってっ!」
「お世辞じゃないですよ」
「うんうん、ありがとうね。これほど先輩冥利に尽きるコトなんてないよっ! それに生産しまくればクラスEXPも稼げるしねっ! さっきの真面目語りは忘れてくれて構わないから、今はレベリングの為だと思って頑張ってみてよ」
「はい、ありがとうございます!」
ムラマサに深く頭を下げてから、割り当てられた個室に向かった。
ドアを開くと、まず初めに優しく甘い香りが鼻孔を突いた。
部屋の家具はパープルとホワイトで統一されていた。
窓際のベッドはセミダブルサイズ、パープルのカーテンは遮光性が高く、壁の本棚には鍛冶士向けの指南書がぎゅうぎゅうに詰まっており、二人掛けのソファーと大理石のテーブルが部屋の真ん中に設置されている。
部屋の隅には小型の冷蔵庫も置かれてあり、よく見たらそれにも『Neck-rune』のロゴが刻まれている。
甘い香りはきっと、テーブルの上に置かれているアロマディフューザーが発しているのだろう。
まさにフルシンクロVRの機能を存分に使った、理想の居住スペースと言ったところか。
「…………まさか、ムラマサの部屋なのか?」
誰に問うでもなくただ独り言ちる。
そして回答を待つ必要もなく、そこは明らかにムラマサの部屋で間違いない。
「お、落ち着かないな……」
恥ずかしながら、俺──ここはリアルでの『朝熊 春』を指す──は女性の部屋というものにてんで縁が無い人生を送ってきた。
女性との交際経験はあるがそれも学生時代で、当時付き合っていた彼女の両親は非常に厳格で、同年代の男子を家に呼ぶなど絶対に許さないというスタンスだった。
高校卒業後はすぐに就職したが、そこは男ばかりの職場で出会いも無く、しかも退勤後は自宅に直行し『The Knights Ⅻ Online』にログインする日々を送っていた。
「まずいな、急に喉が渇いてきた……」
フルシンクロVRシステムはユーザーの五感に訴えかける先進的な技術なのだが、実際に空腹感を覚えたり喉が渇いたりといった状態には陥らない。
なのに喉が渇いたような気がしているのはきっと、俺が緊張している証左であろう。
「そういえばさっき……」
『冷蔵庫の中身は好きに飲んだり食べたりしても良いよんっ!』と、去り際にムラマサから言われたんだった。
お言葉に甘えて、何か飲料を頂戴しようと冷蔵庫を開くと、そこには────。
ブラジャーが冷やされていた、キンッキンに。
「なんでだよ」
────バタンッ!
「ムラマサ先輩ッ!?」
「おっ、どうかした?」
「なんで冷蔵庫にブラジャーが入ってるんですかッ!?」
「ああ、そうだそうだそうだった。忘れてたよ」
「俺を狙ったイタズラってコトで良いんですかねコレェ!?」
「ううん、ホントにうっかり。いやさ、冷やしておくとさ、シャワー上がりに着けた時にヒンヤリとして心地好いんだよ。リアルだと身体に悪いからできないけど、ここなら健康なんて考える必要が無いからねっ!」
「分かりました、悪気も悪戯心も無いんですね、だったら良いです。……冷蔵庫の中のドリンク、ひとつ頂きますね」
「はいよ~っ! あっ、ブラジャーは味わったりするんじゃないぞ? クラン内の色恋沙汰は……うん、碌なコトにならないからさっ!」
「しねーよそんなコトッ!?」
今一度、ムラマサの個室もとい作業部屋に戻った。
冷蔵庫から“レッディサワー(ノンアルコール)”──赤い果実の炭酸飲料だ──のボトルを取り出した。
よく見ると、パッケージに『Party Foods』というブランドのロゴがデザインされている。
パーリーフーズ……あっ、パリナのブランドか?
キッチンでの爆発を思い出し身震いしたが、それでも喉の渇きの解決が最優先であるため、勇気を振り絞り一口ッ!
「…………え、美味っ」
美味しい、美味しすぎる。
現実世界でも製品化できそうな完成度だ。
もう一口、もう一口と飲むうちに、気付けばボトルは空になっていた。
「……後でお金を返せば良いよな」
俺は冷蔵庫から“レッディサワー(ノンアルコール)”を取り出した。
そこで俺は────いや本当に悪気は無かったんだけど、うっかりムラマサのブラジャーに視線が吸い寄せられてしまった。
タグにはブラジャーのサイズと『Aria』のロゴが記載されていた。
サイズは…………彼女のプライバシーの為に口をつむぐが、それはもうでっっっっっっかかった。
そしてきっと『Aria』は文字通り、アリアのブランドなのだろう。
「よっし、生産するか」
────クランメンバー二人のブランドに触れた俺は、改めて、生産職として頑張ろうと奮い立てられたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます