第2話 リスタート
見慣れた起動画面から、十年前に一度だけ選択した“NEW GAME”に指を添える。
その瞬間、この十年間の日々が走馬灯のように脳内を駆け巡った。
初めて、『The Knights Ⅻ Online』の舞台であるホルンフィア大陸に降り立った時のこと。
初めて、まるで実在する人間のようなNPCと会話をして驚いた時のこと。
初めて、他のユーザーとフレンド登録をして少しだけ心強く思えた時のこと。
初めて、モンスターとの戦いで負けてレアドロップアイテムを失い絶望した時のこと。
そして初めて、仲間と共にボスモンスターを討伐した時のこと。
他にも沢山の初体験があった。
そんな初体験尽くしの十年間を、すべてリセットして一からやり直す。
「NEW GAME…………」
────タッチ。
『…………災いの………………から………………ホルンフィア…………すく…………』
あー、懐かしいなこれ、ここは変わってないんだな。
ネタバレしちゃうと、これはホルンフィア大陸に救世の使徒として降り立つプレイヤーに対して女神・ホルンフローレンが語りかけてるんだよな。
「災いの五柱魔から滅びゆかんとするホルンフィア大陸を救って」的なコトをお願いしてるんだけど、実はこのメッセージは敵方に向かって言ってて、主人公こそが災いの五柱魔の一柱だったってのがストーリー第一部クライマックスで明かされるんだよ。
まあ結局のところ、主人公は正義の心が芽生えて仲間達の為に災いの五柱魔と戦うワケで、そういう「実は主人公の力の元は敵の力でした~」ってのが『The Knights』シリーズのお約束を守ってて嬉しかったな。
まずいまずい、喋りすぎた、心の中でね。
『あなたの姿が鏡面水晶に映し出されている……』
はいはい、キャラメイクね。
さてと、どうしたものか。
『Spring*Bear』は黒髪ロングでやせ型長身の、如何にも中二病イケメンって感じの見た目だったんだよな。
そりゃ十年前は高校生だったし、ああいうのがカッコいいって思ってたから仕方無いけど、三十歳を目の前にした今となればちょっとイタいな……。
生産職に集中するワケだし、戦闘モーションが映える見た目である必要は無いんだよな。
まず大前提として、女は無い。
サービス開始当初にネカマに騙されたことがあるから、何があってもネカマだけはやりたくない。
高校生男子の純情を弄んだあのネカマ白魔導士、今でも赦してねえからな。
そうだな…………ここは某ハリウッド俳優みたいなスキンヘッドのマッチョ男にしてみるか。
生産職の中に鍛冶士ってのがあるんだけど、ピッタリの見た目な気がするしな。
とすると種族は素直に
身長は最大、筋肉量も……最大で良いか。
ちなみにキャラメイクの身長や筋肉量、手足の長さなどはキャラクターのパラメータには影響が無い。
種族は初期パラメータに多少の違いがあるが、ある程度レベリングとビルドが整えば誤差の範囲と言える。
『ようこそ、ホルンフィア大陸へ。大陸中の民、自然、精霊がアナタを待っています』
『アナタの旅路が聖騎士の路を辿れますように────』
……まあ、戦う気は無いんだけどね。
*
「あっ、目を覚ましたよ!」
「起きたか旅人! おーい、大丈夫か? 大丈夫……じゃないみたいだな」
「任せて……【ソルミ】!」
NPCの少女が魔法を唱えると、ピクリとも動かせなかった身体に活力が溢れてくる。
ちなみにソルミってのは『The Knights』シリーズではお馴染みの回復魔法だ。
今では五感に訴えかけてくるフルシンクロVR形式のゲームは当たり前だが、初プレイ時はここでもう感動したんだよな。
「うんっ、元気になったみたい!」
「旅人さんよ、ここらはモンスターがうろついてて危ないんだ。見たところ戦士って風にも見えねえ。良ければホルンフローレンまで俺達が連れて行ってやるよ」
「私はミカラ! ちょっとの間だけど、よろしくねっ!」
「俺はバングスだ。なぁに、心配すんな! 俺達はまだ無名だが、いずれはホルンフィア大陸一有名な戦士になる予定だからよ!」
ここからはいわゆるチュートリアルだ。
移動などの基本動作、設置物へのアクセス、バトルシステムなどなど。
さらにホルンフローレンと呼ばれる、ホルンフィア大陸最大の都市に到着してからはクエストの受注から基本的なショップの説明を受ける。
その後は初期戦闘クラスを獲得するためにクラスギルドに出向かなくちゃならない。
そこまでやれば、晴れて自由の身ってワケだ。
その後はさっき出会ったNPCのミカラとバングスと共にフィールドに出て救世クエスト──いわゆるメインストーリーだな──を進めるも良し、街に点在するNPCやクラスギルドからクエストを受注してそれをこなすも良し。
だからチュートリアルが終わるまで、カット!
*
「『くまさん』、これにて貴様は剣士となった。剣の道は果てしなく永く、未知数である。────ミチ、だけにな。……コホン! 私のような壮健な剣士になりたくば、また我が剣士ギルドを訪れると良い。────ケン、だけにな」
「…………」
ふと思った。
海外サーバーではこの台詞、どういう風に翻訳されているんだろう。
あっ、ちなみに『くまさん』ってのが今回の俺のユーザーネームだ。
「ケン、だけになッ!」
さて、NPCの言葉通り、初期戦闘クラスは剣士を選んだ。
理由は単純なもので、『Spring*Bear』の初期戦闘クラスは弓術士だったからだ。
弓術士を選んでおけば戦闘も慣れがあるし楽だっただろう。
しかしそれではセカンドキャラで始めた意味がない。
折角のセカンドライフ、とことんまで楽しみたいしな。
また、理由はもう一つある。
それは、戦闘クラスによって各パラメータの成長率が変わってくるということだ。
例えば、今回の俺が選んだ剣士というクラスは、
『Spring*Bear』のクラスであった魔銃士なら
どんぐり亭のようなエンドプリーストならINTと
で、ここからが重要な話なのだが……生産職だろうとパラメータは高い方が良い。
STRが高ければ採掘をする時により高品質な鉱石が手に入るし、一定のSTRに達していなければ採掘することすら叶わない鉱石もある。
現段階では、武器や防具を生産する鍛冶士をメインクラスにするつもりだ。
より良い装備を
そういう先を見据えた思惑もあり、俺は初期戦闘クラスを剣士にしたという次第である。
「いよいよ俺の生産職ライフのスタートだな」
自分の言葉で確かめると、途端に実感が湧いてきた。
街を歩いても他のユーザーからの視線は無い。
俺は無名の『くまさん』になったのだ。
「えーっと、鍛冶士ギルドの場所は……っと」
メニューからマップを開き、鍛冶士ギルドの位置にピンを差す。
十年前にホルンフローレンの街はひととおり探索したが、次第に足を運ぶ場所と運ばない場所は明確に分けられていった。
それで言うと、鍛冶士ギルドがある裏通り四番区域は、足を運ばない場所だった。
俺は十年前の記憶を手繰るように景色を楽しみながら、裏通りへと歩みを進めた。
次回、爆乳師匠の登場です。
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