第299話 警視庁警備部。明日の準備と送別会。同級生3人


 変わった服装の不審な人物が首相官邸の前庭に突然現れ、手紙を残して忽然と消え去ったという、一見意味不明の報告が総理大臣官邸警備隊を管轄する警視庁警備部警護課の中沢課長のもとにもたらされた。


 中沢警護課長は課員を官邸内にある警備隊の詰め所に派遣して手紙を回収し、そのまま鑑識課に回し鑑識結果を待った。

 鑑識課で簡単な検査を行ったところ、手紙自体は特に不審なものではなかったが、手紙に記されていた3名の名前は現在失踪届けが出されていた同じ高校の生徒だった。

 同じ高校の高校生2名からも失踪届けが出ていたが、その2名の名前は手紙に記されていなかった。

 また、封筒、並びに便箋は国内での市販の物ではないことも確認された。封蝋に使用された蝋については科捜研で分析中である。


 また、不審者が突然現れて突然消えたことが詰め所にある監視カメラのモニターで確認されている。


 鑑識課から官邸に職員を派遣して現場を確認したが、トリックらしき痕跡は得られなかった。その結果、手紙に記された異世界の特殊な能力を不審者が使ったのでは? という声が上がった。なぜなら、それくらいしか説明できないからである。

 そうなれば、手紙の内容が本物であるということになる。


 これらのことを勘案した中沢警護課長は、首相官邸に不審人物が突然現れ、明日、失踪中の3人の高校生を届けると記された手紙を置いて忽然と消えたこと。そして本人は異世界の辺境伯だと手紙で名乗っていることを、上司である佐々木警備部長に報告した。


「異世界とか辺境伯とか、中学生のようなことを言っているが、中沢君、気は確かなのかね?」

「監視カメラでとらえた映像から、その人物は確かに官邸前の広場にどこからともなく突然現れ、そして手紙を置いて忽然と消えています。地球では存在しない特殊な能力を使った可能性があります。つまり異世界の存在が疑われます」

「うーん。それで、私に何をしてもらいたいのかね?」

「その人物は、しかるべき人物と国交について話し合いたいと手紙に書いています」

「それで」

「つまり、外務省のしかるべき部署に対応を依頼するべきではないでしょうか?」

「外務省に依頼となると、総監に頼むことになるぞ」

「はい」

「もし、その男の狂言だった場合、笑い事では済まないぞ」

「もちろんです。ですが、狂言と割り切っていいものでしょうか?」

「そもそも男は現れないんじゃないか?

 失踪中の3人が『もし』帰ってきたら、その男を失踪事件の重要参考人として話を聞けばいいだろう? 本来なら無視してもいいような案件だが、失踪届けが出ている以上無視はできないしな。その男が高校生たちの名前を知っていたということは何かの接点があったのは間違いないから、その線で捜査するくらいではないかね。こうなってくると警備部うちではなく刑事部の範疇だ」

「しかし、もし、高校生たちが帰ってきて、彼らがこの男のことを異世界の重要人物だと証言した場合、男を異世界の辺境伯と認めざるを得ないのではないでしょうか? その人物を重要参考人として拘束することは、外交上の問題になりませんか?」

「もし、異世界が存在して、もし、その人物がその世界の重要人物だったら考慮する必要はあるが、間違っても『もし』はない。その線で進めてくれて構わない。それでも万一のことがあるから明日の現場の人員は増強しておいてくれ。マスコミなどにかぎつけられないよう、くれぐれも極秘に進めてくれよ。漏れれば『警視庁、異世界男に翻弄される』とか、いい笑いものになるからな」

「承知しました」

 中沢警護課長は一抹の不安を感じたが上司の指示に従い、明日の配置を部下に伝えるため執務室に戻っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 風呂から上がって、着替えを済ませ、館に帰ってユウと別れた。

 風呂に入った時間が早かった関係で、夕食まで時間があったので、執務室に戻ってフィリアを呼んできてくれるようクレアに頼んだ。


 すぐにクレアがフィリアを連れてきてくれたので、フィリアを執務室に置いた応接セットのソファーに座らせて、俺は向かいに座った。

「ゲンタロウの用事って何?」

「明日、あの3人を俺の国に送り返すとき、向こうの政府と交渉しようと思ってるんだ」

「どういった交渉?」

「フィリアも見ての通り、向こうの世界はこっちの世界よりかなり進んでるだろ?」

「分かる」

「俺は、向こうの技術を導入して、このアルスを近代化したいんだ」

「いいと思う。ああ、そういうことか。技術の導入には対価が必要。それで向こうの政府となにがしかの交渉をする話?」

「フィリアは話が早くて助かる。それで、交渉に際して、フィリアにも同席してもらいたいんだ」

「分かったけど、わたしは何をすればいい? 向こうの言葉はまだ全然分からないけど」

「見た目は悪いが白銀のヘルメットをかぶれば、向こうの言葉は理解できるだろうし、フィリアの能力でなにがしかの情報が得られるかもしれない」

「そういえば、そんなヘルメットを第三迷宮で見つけたことを思い出した」

「そのヘルメットだ」

「それなら、ゲンタロウの役に立てると思う」

「期待している」


「それはそうと、対価になるようなものがアルスにあるの?」

「こちらから向こうに対して意味がある商品はポーション類だけなんだ。向こうにも薬はたくさんあるけれど、こちらのポーションほど即効性のある薬は何もないんだ」

「そうなんだ。ゲンタロウのレストアコンディションは? あれはかなりの価値があると思うけれど」

「レストアコンディションを公開してしまうと、反響が大きすぎるだろ? この世界だって公表すれば大事おおごとになりそうなんだから。それに、俺自身あれを朝から晩まで続けたくはないからな」

「分かる」


「そんなところだ」

「分かった」


 フィリアが部屋を出ていった。

 今の話を聞いていたはずのクレアは、フィリアの能力のことを知らないはずだが、俺に何か聞いてくることはなかった。


「今日はもう送別会だけだから、クレアも風呂に入ってきたほうがいいぞ」

「はい。それでは失礼します」


 クレアも部屋から出ていったので、俺は隣の寝室に移動してベッドに横になって夕食まで時間調整することにした。


 そこで、交易商品の回復ポーション、治癒ポーションのサンプルを明日持参したほうがいいだろうと思いついたのだが、あいにくアイテムボックスに1本もなかった。

 それで急遽、館の中に設えた錬金工房に行き、初級と中級の回復ポーションをそれぞれ20本と30本、初級と中級の治癒ポーションを同じく20本と30本作って、モルディングで作った4個の木の箱に、種類ごと20本ずつ詰めておいた。

残った中級回復ポーション10本と、中級治癒ポーション10本はどこかでデモをするときがあるかもしれないので、予備とした。


 これで、よーし!


 ポーション作りは15分ほどで終わったので、寝室に戻ってあらためてベッドに横になって、送別会までの時間を潰した。


 送別会の予定時刻の5分前に玄関ホールに行ったところ、全員集まっていたので連れ立って転移室に移動して、転移板から牡鹿亭の専用室に転移し、そこから食堂にぞろぞろ向かった。


 食堂に入るとすぐにボーイが個室まで案内してくれた。


 各自席に着いたところでワゴンが3台運び込まれて、料理と飲み物がテーブルの上に並べられていった。料理もメニューもクレアに任せていたのだが、ちゃんと最初の飲み物はジョッキに入ったエールだった。みんなの前にジョッキが置かれたところで冷やしてやり、幹事というわけではないが乾杯の音頭をとった。


「飲み物がいき渡ったようだから、俺の同郷のユウ・ワダ、アイ・タカハシ、ナナ・スズキの送別会を開きます。まずは3人の今後の健康と活躍を祈って。乾杯!」

「「乾杯カンパーイ!」」

「「ありがとうございます」」

 特に拍手はないまま、みんなジョッキを口に運んだ。


「エールもよいが、ビールもよいよな」

「確かに。だけどアレは飲みやすすぎて、いくらでも飲めそうだぞ」

「確かに。透明の酒もそうじゃった」

「あれも、飲みやすすぎて、いくらでも飲めそうだった」

 そういえば、ここには一人も下戸がいなかった。高校生3人とトルーランは知らないが、クレアを含めて全員ザルだ。トルーランだって酔ったところを見たことはないからきっとザルだ。ちょっと怖いかも?


 俺の向かいに座ったユウに話しかけた。みんながいるので、日本語ではなくこっちの言葉を使っている。

「そういえば3人の実家はどこ?」

「さいたまです」

「そうなんだ。奇遇だなー。実は数日前にさいたまの小さなビルの一室を借りて、そこに転移板を置いたんだ」

「じゃあ、大山さんじゃなくても、日本とこっちを行き来できるんですね?」

「そういうことになる。いつもそこに人がいるわけじゃないから連絡は難しいだろうけど、そこの住所と俺のスマホの番号を紙に書いて明日渡すから、何かあればショートメールか何かで連絡してくれ。メールに気づいたところで、こっちから折り返すから」

「はい」


 それから、料理を食べ、飲み物がなくなれば、各人が勝手に好きな飲み物をボーイに頼んでいった。


「ここのところ、うまいものばかり食べておるから、太りそうじゃの」

「その分、朝の訓練を励めばいいんじゃないか?」

「その通りじゃが、明日も訓練するのかや?」

「したくなければ、しなくていいんだぞ。ただ、横に大きくはなると思うぞ」

「ゲンタロウのレストアコンディションで治らんじゃろか?」

「状態異常だったら治ると思うが、それならミリアが先に太らないと治るかどうかわからないぞ」

「そこらに歩いている不健康そうなデブにゲンタロウがレストアコンディションをかければ分かるのではないか?」

「いやー、見ず知らずの人間にはできないだろ? もし効いてしまったら服がぶかぶかになってエライことになるぞ」

「確かに」


 ……


 午後9時少し前に、全員腹いっぱいになったので、明日帰っていく3人には前倒しになるが、全員にレストアコンディションをかけたところで送別会はお開きになった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 こちらはさいたま市内のとある居酒屋。


 中学、高校、大学時代を通じて同級生だった3人が集まって飲み会を開いていた。

「ねえ、斎藤、この前、わたしと中川で新宿のビヤホールに行ったんだよ」

「いいなー、新宿勤めは」

「そんなことないって。わたしたちは3カ月間限定の臨時アルバイトだし、地元で正社員してる斎藤の方がよっぽどうらやましいよ」

「小さな会社だから、いつどうなるかわからないんだけどね」

「それはそれとして、そのビヤホールで男子と相席になったんだよ」

「斎藤、そうなんだよ」

「ふーん。二人がわざわざそう言うところを見ると、いい男だったんだ」

「顔はそこそこかな。でも見た目が二十歳前なんだ。もちろんビールを飲んでるわけだから二十歳以上なんだけどね」

「薬の会社に勤めているそうで、結構羽振りがいいみたいで、かなり飲み食いしたんだけど、全部その人が払ってくれたんだよ」

「本当にお金持ちだったんだ」

「だね」

「それでどうなったの?」

「駅まで送ってくれてそこで分かれた」

「電話番号交換せず?」

「交換せず」

「それだけ?」

「「そう」」

「もったいなくない?」

「もったいないと思う」

「でも酔ってて、そこまで頭が回らなかったんだ。その代わり、電車に乗ったら目は回ったんだけどね。はははは」

「あはははは!」

「はははは!」


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