魔王になるかも?

山口遊子

第1話 大山源太郎、死す。そして……。

[まえがき]

よろしくお願いします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺の名まえは大山源太郎。源太郎なんておそらく今の日本では絶滅危惧種だ。レッドデータボーイ(注1)だ。有名どころでは日露戦争で活躍した児玉源太郎とかいう軍人がいるが、もちろん俺には縁もゆかりもない。当時の総司令官の大山巌とも無関係だが、その二人を合体した名まえではある。


 名まえのことはどうでもいい。

 俺はちょっと前まで不治の病で病院のベッドで身動きもできず横たわっていたはずなんだが、いま気付けば真っ白な空間の中にる。上もなければ下もない。自由落下状態なのかといえばそうでもない。

 実際のところ、本格的自由落下状態を今まで経験したことがないのでこれについては想像だ。


『落ち着いて聞いてくれるかな。きみは元の世界でお亡くなりになってます』


 不思議に思っていたら不思議な声?が意識の中に響いた。ここで頭の中と言わず意識の中と言ったのは、実際問題今の俺に頭があるのかどうかさえはっきりとは分からないからだ。頭どころか体があるのかどうかも分からない。


 今の声の内容が真実だとすると、ここは死後の世界ということだ。そんな世界があるとは夢にも思わなかったが、真実は小説よりも奇なり。まさに驚きだ。何事も経験ではあるが、死んでしまった俺の経験が将来役立つのかというと、普通に考えて何の役にも立たないのではなかろうか。


 いつこの意識がなくなってしまうのかわからないが、こうやって死んだ後も意識があったことを儲けものと思おう。


 ただ、俺のやまいは自力では身動きもできない不治の病だったが、明日をも知れぬような容態ではなかったはず。

 疑問に思ったので声の主にその辺りを聞いてみた。

 声の主は神さまの可能性があるので丁寧語で話すにしくはない。話すといっても口も舌も認識できない現状、意識の中で考えるだけだ。


『俺の死因って何だったんですか? 病気では今日明日死ぬような感じではなかったハズなんですが』


『オオヤマくん、いやー申し訳ない』


 いきなり神さま?が俺に謝ってきた。


『きみは今、僕の管理する世界から、別の世界に送り出されるところなんだよ。で、何が申し訳ないかというと、その世界の連中が召喚術という一種の魔法を使って僕の世界から人間を連れ出そうとしたんだよ。それだけでももっての外なんだけれど、召喚術が未熟だったため、発動した干渉力が、召喚により消費され切れず、残ってしまったんだ。

 残ったものは消費すればよいということで、残った干渉力と厳密な意味で等価だったきみの魂を向こうの世界に送ることにしたんだよ。きみの意向も聞かずにね。重ね重ねすまない』


 なんだか難しい話になってきたけれど、神さまは話を続けた。


『でもね、異世界の干渉力がこの世界で自由に解放されるととんでもないことが起こるんだよ。解放された干渉力はこの世界の時間軸の制約を受けないからね。しかもピンポイントで歴史上の重大事件に絡んでくる。今回の干渉力だと、明治維新が失敗して徳川幕府がもう数十年続いたとか、日露戦争で日本が負けて、ロシアの属国になってしまったとか、日本に特殊な個体が生れて、太平洋戦争で日本が負けずにアメリカと講和したとか。その程度の影響は出たはずだ。

 納得はできないだろうが、理解はしてくれ』


 アメリカに負けなかったのなら大空襲もなく原爆も落ちなかったんだろうからそれはそれでよかったかも。ただ、その世界線で俺が生れてきかどうかはわからないから、やっぱ歴史を変えるのは相当リスクが高いよな。ちょっとだけ理解できた。


『ということなので、せめてもの償いに、きみが向こうの世界で生きてゆくうえで手助になるような能力を授けよう。向こうの世界は剣と魔法のファンタジーの世界だ。モンスターも多数跋扈ばっこしているからね』


『多言語理解、バイオ・ケミカル耐性、リフレッシュ。これらは、基本だな。

 多言語理解は読んで字のごとく向こうの言葉がわかるようになる。むろん筆記もOK。

 バイオ・ケミカル耐性は、病気にならず、毒も効かない。リフレッシュはきみの体を18才くらいの肉体年齢に維持し続ける。きみの今の年齢は32歳だから、かなり若返ることになるけどいいよね? 見た目が18歳のままだと問題なので、見た目だけはそれなりに老けていくから安心してくれたまえ』


『身体能力強化。きみのの身体能力が掛け算で向上する。体を鍛えれば鍛えるほど効果が大きく成るということだ。これは追々自分で確かめてみてくれ』


『バックパック。生活に必要なものを取り揃えて入れておいた。一応マジックバッグなので容量は見た目以上にあるから』


『最後はシステム操作。これは強力だよ。何せ、向こうの何とかいう世界システムに干渉できる能力だから。半分は、向こうの管理者・・・への嫌がらせなんだけどね。いくら抗議してもなしのつぶてで、うちの世界からの召喚を止めさせないんだよ』


『それときみには直接関係ないけど、今回5人の日本人が向こうに召喚された。みんな高校生だったな。彼ら5人は向こうの管理者から適当なチートスキルをもらって勇者にでもなるんだろうね。詳しくはわからないけど『勇者召喚』って向こうの術者が言ってるようだから』


『彼らも被害者だから何とかしてあげたいけど、向うの世界に拉致られた後じゃなにも干渉できないんだ。勇者さまとか呼ばれて浮かれているうちに、使い潰されなければいいんだけどね。どんな理由であれ、向こうの世界の連中は彼らを自分たちのために利用しようと拉致ったわけだから』


『僕からの話はそれくらいとして何かきみから要望でもあるかな?』


『あのー、その剣と魔法のファンタジーの世界に行く前に、訓練みたいなことがしたいんですが。初心者用チュートリアルってできませんか? 何せ寝たきりの生活が長く体の動かし方も忘れてしまっているので。お願いします』


『ああ、訓練用チュートリアルだね。わかった。きみ専用の訓練環境を作ろうじゃないか』


 いままで真っ白だった空間がいきなり森に変わった。そこには工事現場にあるようなプレハブ小屋が1つ建っているのが分かった。


『ここは向こうの世界の自然に似せて作った世界だ。ここで存分に訓練してくれ。訓練中何かあってもある程度の痛みは感じるだけで死ぬことはもちろんないし大けがもしないから。まずは体作りから始めた方がいいだろうな。疲れたらその小屋の中で休めばいい。中にはたいていのものが揃っているし消耗品はすぐに補充されるから。

 体ができたと思ったら、僕を呼んでくれたまえ。そしたらいよいよ実戦だ。きみの実力見合いのモンスターを放つから。

 そこでモンスターに十分慣れて訓練完了と判断したらもういちど僕を呼んでくれたまえ。向こうの世界に送るから。チュートリアル環境でいくら過ごしても、時間は進まないからね。それじゃ。

 そうそう、システム操作はきみを向こうの世界に送る前に直接きみの脳にインストールするから向こうの世界にいったら試してくれたまえ。使い方もその時一緒にインストールするから安心してていいよ』




注1:レッドデータボーイ

荻原規子さんの『レッドデータガール』面白いですよ。

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2024年11月30日 17:15

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