第6話 襲撃

 「……っ、先手を打たれたか……」

 「おい、どういうことだ?」

 訳知り顔で吐き捨てる少女を問い詰めようとした矢先、ホークは背後に殺気を感じた。

 「チッ……」

 舌打ちもままならないまま少女を突き放し、振り向きざまに剣で薙ぎ払う。ぎゃっ、と短いうめき声とともに、そこには見慣れない黒い翼の生えた”人のようなもの”が倒れていた。


 「……なんで魔族がこんな町中に……」

 聖王国――というか、人類は二千年以上に魔族と戦っている。

 王国西北部に国境が設定され、何度も奪い合いを行ってきた。

 魔族と言っても色々な種類があるが、多くは人間と同じ姿形で肌の色が薄紫色をしていた。


 そうこうしているうちにそこら中から悲鳴が上がる。どうやら魔物はこの一匹だけではないらしい。


 「おい、お前っ!なにか知って――」

 突き飛ばした少女を探すと、十匹の魔族にぐるりと囲まれていた。

 「これは……探しものとは違うが……俺たちはついているらしい」

 「この裏切り者め……」

 俺が叩き落とした剣をいつの間に拾ったのか、多勢に囲まれながら応戦している。

 「あー……もう、ワケがわからん!」

 吐き捨てると、少女を救おうと輪の中に斬り込む。背後から一撃を入れ、まず一匹。返す刀でもう一匹。突然の襲撃に魔物たちが狼狽する。

 「人間っ、邪魔するなっ!」

 強烈な斬撃を受け流すと、少女に斬りかかっていた魔物に蹴りを入れ、引き剥がした。

 「よく分かんねぇが、助けてやる」

 少女の横に寄り添って剣を構える。敵はまだ八匹残っている。

 「助ける?……お前に何の得がある?」

 少女がこちらに背中を預けてくる。少なくとも背後の心配は必要ないな。

 「得があるかどうかは分からねぇが……俺たちを尾行してた理由をまだ聞いていないからな。それに……女の子のピンチを救うのが騎士ナイトの本分さ」

 我ながらキザな台詞だと吹き出してしまった。戦闘中にもかかわらず緊張感のない空気に少女も緊張が解れたのか口元に笑みを浮かべた。


 そんなやり取りの間も敵は襲いかかる。

 正面から斬りかかってきた。上段で受け、腹に蹴りをくれてやるとすっ飛んでいく。

 次に、右脇からの斬撃を相手の力を使って受け流し、少女と位置を入れ替える。少女に斬りかかっていた魔物は意表をつかれたところに俺の一撃を受けて倒れた。

 その間に少女は俺が受け流した奴を仕留め、次に襲いかかってきた魔物の腹を横一文字に切り払い、とどめに下から縦一文字に切り上げる。

 あっという間に敵は半分になった。


 「やるじゃねぇか……」

 思った以上に腕が立つ。また、何年も一緒に戦ってきたような連携に少し楽しくなってきた。背中から伝わる少女の息遣いもどこか弾んでいるようだ。

 「……テスラだ」

 「ん?」

 「私の名だ」

 そう言って向けられた満面の笑顔に思わず見とれてしまう。

 「……俺は――」

 言いかけたところに残りの魔物四体が殺到する。狙いはテスラに絞られていた。

 「飛べっ!」

 瞬時に跪く(ひざまづ)とテスラに声をかける。テスラは俺の腿を踏み台にして跳ね上がり、バク宙して四体の魔物の攻撃を交わすと、敵の背後に降り立った。

 図らずも密集してしまった敵を前後で囲む形となる。俺たちはそのまま魔物に切りかかり、息もつかせずに残りの四体を始末した。


 「俺はホークだ」

 血に濡れた刀身を拭うと鞘に剣を収める。

 見上げると黒い小さな影がいくつも飛んでいた。魔物たちは空から聖都を襲撃してきているようだ。

 「ホーク……か、覚えておこう」

 テスラも細身の剣を鞘に収める。

 「どうやら、私の勘違いだったようだな……。また、いずれ会うこともあるだろう。」

 そう言ってこちらに微笑みかけるとテスラは踵を返す。

 フードの付きの外套を脱ぎ捨てる。頭を軽く振って乱れた髪を整えると、ほのかに柑橘の香りが漂う。

 「お、おい待てよ、まだ聞きたいことが――」

 呼び止めようとした時、俺は彼女の背中から銀色の翼が大きく開くのを見た。

 テスラはこちらに一瞥も加えず、華奢な体に比べて大きな翼を二、三回羽ばたかせると地を蹴り、家々の屋根を踏み台に、空高く飛び去ってしまった。

 「一体、何だっていうんだ……ありゃ、天使か……?」

 俺は呆けた面でそれを見送るしかなかった。


 「それよりも、この騒ぎをどうにかしないとな……」

 フレデリックやチェスカたちの状況も気になる。ホークはとりあえず様子を見に戻ろうとした。その時だった――


「だっ、誰でもいいから助けなさいよーーーーっ!!」

 不意に上から女性の助けを呼ぶ声が聞こえる。

 いつの間に出てきたのか……最初にテスラを追い詰めた壁を見上げるとそこには金髪の少女がぶら下がっていた。

 壁は高くそびえる塔の基礎部分だった。


 窓から垂れ下がる白い布にぶら下がっている。

 ホークはその真下に移動すると声をかけた。

 「何やって……」

 「お、落ちるーーっ」

 布の裂ける音ともに、少女が落下し、ホークはそれに押しつぶされた。

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