同じ日を繰り返す人々
森本 晃次
第1話 喫茶「イリュージョン」
第一章 喫茶「イリュージョン」
――俺は一体何をしているというのだ?
昨日までと違う自分、あきらかに違っているのに、それを認めることができない。それは実に不思議な感覚で、そのことを裏付けるかのように、一人の男性に出会った。
彼と出会ったことは必然的なことであり、出会わないという、
――選択肢――
はありえなかった。
世の中は、数知れない選択肢で決まってくるというが、選択肢よりももっと拘束的なものが存在しているなど、考えたこともなかった。
――この世に存在するものすべてを知っているのかも知れない――
まるで神のような発想なのだが、それも、自由にならない自分がそこにいるのを感じているからで、前に進むことができない自分は、どこに行けばいいというのだろう?
そんなことを思いながら工藤オサムは、自分がいつの時点で変わってしまったのか、考えてみた。しかし、
――何バカなことを考えているんだ? いつの時点なのかなどということを考えるなど、それ自体がナンセンスなことではないか――
出会った一人の男性、緒方ツトムに教えられるまで、そんなことを考えたこともなかった。
だが、彼から信じられないような話を聞かされても、オサムは驚くことはなかった。
それはまるで他人事のように聞かされたような気がしているから、驚くことはなかったのだと思っているのだが、本当はそうではない。最初から分かっていたことのように思えたからだ。
――もし、他人事で済ませられるなら、それが一番いい――
そんな思いを抱くようなことは、今までにもあったような気がするが、今度は少し違っていた。
――他人事のように思ったのは、別に逃げの意識があったからではないような気がする――
と思えたからだ。
――感覚がマヒしていた――
というべきであろうか。
オサムは自分がすぐに人のいうことを信じやすい性格だということを分かっていたつもりだった。
だが、ツトムと出会ったことはツトム自身の存在を疑ってみたくなるような心境にさせるほど、深刻なことのはずなのに、そんな大げさに思えてこなかった。もちろん、途中から事の深刻さに気が付いて、愕然となったことではあるのだが、事の深刻さに気付く前というのは、
――なぜ気付かなかったのか――
と自問自答しても、返ってくる答えが見つかるものではなかった。
緒方ツトムと出会ったのは、駅前にある喫茶店だった。その店はオサムが日ごろから通っている馴染みの店で、店の人たちからも、
――常連さん――
という扱いを受けていた。
マスターもウエイトレスの女の子も皆馴染みで、常連客も何人かと普段から会話をする仲になっていた。
「オサム君は、このお店の常連の中でも、特異なタイプなのかも知れないな」
と他の常連さんから言われたことがあった。
「どうしてなの?」
と答えると、
「オサム君が来る時というのは、いつも同じメンツの人が多いんだよ。オサム君が決まった時間に来るのであればそれも分からなくはないんだけど、結構オサム君って現れる時間がまちまちでしょう? それなのに、いつも同じメンツというのも面白い気がしているんだ」
「ということは、俺が知っている常連さんというのは、ある程度限られているということなのかな?」
「もちろん、僕がいない時、オサム君が来ているのであれば、その時に違う人に会っていそうな気がするんだけど、アケミちゃんそのあたりはどうなんだい?」
アケミちゃんというのは、この店のウエイトレスで、マスターの妹に当たる。ほとんど店にいるので、マスターよりも客に関しては詳しいかも知れない。
「そうね、シンジさんと同じ時だから、シンジさんが知らない時にオサム君が来るということはなかった気がするわ」
シンジさんというのは、同じ常連で、オサムが来ている時、確かに必ず会っているような気がしていた。
他の人が気付いているかどうか分からないが、シンジとアケミは付き合っている。オサムは自分の勘がそう言っていたのだ。
「シンジさんは、前からの常連さんなんですよね? 僕がここに来る前からの」
「そうね、もう二年くらいになるかしらね」
オサムがこの店、喫茶「イリュージョン」に顔を出すようになってから、まだ一年くらいだった。
この店は、最近では珍しい純喫茶だった。国道に面した道から少し入ったところにあり、目立つことはないので、常連さん以外の客はあまり見たことがない。そういう意味では、同じメンツが揃っても不思議はないのだが、オサムのことを、
「特異なタイプ」
と表現した常連さんがいるということは、それだけ他にも常連さんがたくさんいるということだ。
しかし、ここでオサムは少し疑問を感じていた。
その常連さんは自分のことであれば、他の常連さんと会わないことで、特異なタイプだと分かるのだが、どうして人のことまで分かるのだろうか? よほどオサムのことを気にしているのか、それとも、他人の身になって考えることができる人なのか、考えれば考えるほどよく分からなかった。
――聞いてみようかな?
と思ったが、そう思っているうちに、その人に出会うことがなくなった。
彼は名前を横溝さんと言った。横溝さんにその話をぶつけてみようと思っていた矢先、それまでずっと会っていた横溝さんに会わなくなってしまった。そのことをアケミに聞いてみると、
「横溝さんを、最近見かけないんだけど、どうしたんでしょうね?」
その質問にアケミは、何も気にすることもなく、
「ああ、横溝さんね。ちゃんと来てるわよ。そういえば、最近はオサムさんと同じ日に来ることはなくなったわね」
ニアミスを繰り返しているようだった。
アケミは、オサムが横溝から言われた話を知らない。ただ、オサムがくる時は、シンジも一緒にいる時ばかりだという意識はあるようで、オサムがくる時は、いつも同じメンツであるという意識はほとんどなかった。
――忘れているのかも知れない――
と思ったが、それよりも、シンジとオサムがいつも同じ時にいるということと、オサムが同じメンツの時に現れる客だということを、同じラインで考えているわけではないようだった。
ただ、考えてみれば、今まで同じ時にずっと一緒に来ていた人と、完全にすれ違ってしまったということは、どちらも行動パターンを変えたというわけではない。一つの歯車が狂ってしまったというだけのことだ。
それは、その人の都合なので、別に不思議なことでも何でもない。本人が意識しているかどうかなのだろうが、当然、横溝は意識しているのだろうと思っていた。
「そういえば、横溝さん、不思議なことを言っていたわ」
「何て言っていたんだい?」
「毎日を繰り返しているのは、気が楽なんだけど、薄っぺらい平面でも、いくつも重なってくると厚くなる。それが重苦しく感じられるようになるんだって言ってたんですよ。どういう意味なんですかね?」
それは、オサムが聞きたいくらいだった。
本人の口から聞いたわけではない。その時の本人の様子がどんな感じだったのか分からないだけに、どこまで信憑性があるかを疑ってしまう。ひょっとすると、他のことを考えていて、ふと感じたことを口走ってしまっただけなのかも知れない。そんな風に思うと、横溝の頭の中がどうなっているのか、覗いてみたくなった。
ただ、それは横溝に限ったことではない。誰にだって、ボーっと何かを考えている時間はあるはずだ。そんな時にその人が何を考えているかということを覗いてみたい衝動に駆られるのは、今に始まったことではなかった。
――それにしても、本当に抽象的なことを口にする人だな――
横溝のことを考えると、思わず苦笑いをしてしまった。横溝という男性のことは最初、まったく意識していなかったのに、急に意識するようになったのは、アケミからこの話を聞いてからだった。その後に自分のことを、
――特異なタイプ――
という表現をしたのだから、嫌でも意識してしまうというものだ。
横溝さんを見かけなくなってからしばらくすると、オサムは自分が最近、彼女のいないことを必要以上に気にしていることに気が付いた。それまでは、仕事のことで頭がいっぱいで、彼女がほしいという意識を封印しているところがあったのだ。
オサムは性格的に、一つのことに入れ込むと、まわりが見えなくなるところがあった。それは違う見方をすれば、
――一つのことに集中するために、他のことにはわざと目を瞑ってしまうところがある――
とも言えるのだ。
意識的に気持ちを封印しているわけで、彼女がほしいという意識も、自分自身で封印していたのだった。
しかも、オサムは人から言われてそのことに気付くことがある。自分で気付くわけではなく、人から言われて気付くことがどれほど恥かしいことかということに、本人は意識がなかったのだ。
いや、彼女がほしいと思っていることを他の人から指摘されたことに関しては、むしろ、恥かしいというよりも、
――人から指摘された方が、最初から意識していなかったということで、下心を持っていないということをまわりに示せるからいいことなのかも知れない――
とさえ思った。
あまり計算高いところがあるオサムではないが、人から指摘された時だけは、ついつい計算してしまう。やはり、他のことで人から指摘されると、恥かしいと思うからなのかも知れない。
そんなことを思っていると、喫茶「イリュージョン」にいつも一人でやってくる女の子が気になるようになっていた。
オサムが初めてこの店に来てから半年が経とうとしていた。その女性を初めて見たのは、二か月前くらいからだっただろうか。彼女はあまり明るい方ではなく、むしろ気配を消す方だった。ただ、気配を消しているように感じたのはオサムだけで、他の人がどのような意識で彼女を見ていたのか、分からなかった。
彼女は、いつもカウンターの手前に座って、雑誌や文庫本を読んでいた。
食事を摂ることはなく、コーヒーだけを呑みながら、一時間以上、ほとんど微動だにすることもなく、その場所を占拠していた。
――空間をお金で買っている――
という表現がまさしく合っているかのようだった。
オサムも同じようなものだった。
オサムはいつもカウンターの一番奥に鎮座していて、コーヒーだけしか飲まないという方が、むしろ珍しい。いつも夕飯をここで済ませ家に帰る。オサムはこの店に来ると、二時間近くいるのだが、その二時間がいつもあっという間だった。
「アケミちゃん、俺はここの店に来ると、いつも時間があっという間に過ぎるような気がするんだ」
と、いつもアケミに話をしているような気がする。
「そうですか。それはいいことですね」
と、決まった言葉をアケミも繰り返す。この時ばかりは、さすがにオサムも、
――なんかいつもこの店に来ると、同じパターンを繰り返しているような気がするんだよな――
と、何となく違和感を感じながらも、それ以上深く考えることはなかった。
だが、それがこれから自分の身に起こる一つの前兆のようになっているのだということを、まだオサムは知らない。もちろん、他の誰も知る由もない。このことは他の誰にも関係のあることではないが、逆にいうと、すべての人が関係してくるようにならないと成立しないことでもある。
この話はもう少し後になってからのことになるのだが、このタイミングで前兆を感じるということは、何かの縁があったのかも知れない。そんなことを知る由もないオサムは、最近気になり始めた女性が、次第に自分の中で大きくなってくることを感じたのだった。
彼女のことはおろか、この店の人のことをまるで知らない。いつも店に来て、食事をしながら、一人でいる。話し相手といえば、アケミだけだ。そんなオサムだったが、アケミ以外の女性を気にしたということは、相手が女性であれば、自分の中で敏感に何かを感じるようになっているということだった。逆に男性に対しては余計な感情は浮かんでこなかった。
――二十五歳になったばかりの俺は、まだ、思春期なんだろうか?
と考えていた。
本当は高校を卒業するくらいまでだという意識だったが、一般論が本当に自分に通用するのか疑わしかった。
――一般論はえてして余計なことを考えさせない――
などと思っていた時期もあったりした。
話しかけるきっかけというのは、偶然訪れるものだ。彼女が読んでいる本をチラッと見ると、歴史の本だったのだ。
オサムは学生時代から歴史が好きだった。特に戦国時代の話になると、話題が尽きない方だった。類は友を呼ぶというが、学生時代の友達も不思議と歴史好きの人が多かった。
「歴史が好きな人って、感覚で分かるものだよ」
と言っていた友達がいたが、オサムは分からなかった。同じように歴史が好きな連中は、彼の話に同調はしていたが、どこまで同調していたのか、ハッキリとしないところがあった。
――話を合わそうとしている人は、俺には分かるんだな――
と思いながら見ていると、同調に疑いの目を向けてしまうのも無理のない気がした。しかし、そんな連中に気付いてしまうと、
――俺だけは、人に合わそうなんて考えないぞ――
と思うようになっていた。
だが、皆歴史が好きなことに変わりなかった。そして、歴史が好きな連中が集まったことも間違いではない。ただ、そこに何かの力が加わったものなのかということは、誰が分かるというのだろう。
――理論を立てても証明することはできない――
そんな思いから、
――感覚で分かる――
などということは、信じられるものではなかった。
だが、オサムは彼女が歴史の本を読んでいるのを見て、
――類は友を呼ぶとはこのことだ――
と、学生の頃に考えたことを棚に上げて、まるで感覚が引き寄せたような思いに浸っていたのは、自分が学生時代とは違う人間になってしまったかのようだったからだ。
「へぇ、歴史が好きなんですね?」
と、まるで意外に見えるという顔でさりげなく声を掛けた。
女性のほとんどは歴史など興味のないものだという意識が強い人が多い中で、最近は「歴女」などと呼ばれる歴史好きの女子もいて、女性に対して歴史が好きなことを意外に感じるという態度を見せるのは、冒険に近かった。
下手をすると、
「女性が歴史に興味を持って何が悪いの」
と、態度を硬化させる女性もいるだろう。しかし、彼女がそんな態度を取る女性ではないという思いがあったことのも事実で、聞いてみることにした。
その際にポイントになるのは、
――さりげなさ――
である。
言葉通りのさりげなさでなければ、下手をすれば、白々しさを相手に植え付けてしまう。それでは完全に逆効果なのだ。
それでも、同じものに興味を持っている人間なので、やはり会話ができるのなら、それに越したことはないはずだと思うに違いないと感じていた。その思いに間違いはなかったようで、
「ええ、学生時代からずっと好きなんです」
という返事が返ってきた。
――彼女も、自分が最近の「歴女」のような俄かファンではないということを、強調したいんだな――
と感じた。さりげなさが功を奏したのか、彼女はオサムに興味を持ってくれたようだ。それから少しの間だったが、結構歴史の話に話に花を咲かせることができた。何よりも時間を感じさせることのなかった会話に、オサムは満足している。時間を感じさせない会話とは、内容の濃い会話で、内容の濃い会話をするには、会話が上手でなければ成り立たないだろう。相手が話しているのに、割って入って相手の話の腰を折ったり、反対意見をそのまま相手にぶつけたりしてしまっては、相手の面目は丸つぶれになってしまう。そうなれば会話どころではなくなってしまい、最後に遺恨を残すことになってしまう。かくいうオサムは学生時代、時々友達との間で遺恨を残してしまったことがあったので、会話には気を付けるようにしていた。
彼女の名前は、高橋ミク。近くの短大の二年生だという。雰囲気は大人っぽく見えたので、自分と同い年くらいかと思ったが、まだ二十歳ということを聞いて、再度見返してみると、
――なるほど、まだまだ幼さの残った顔立ちだ――
と、再認識させられ、その再認識させられた部分に彼女の魅力が隠れていたことが、オサムの中でミクは忘れられない存在になってしまったのだ。
オサムは、その日から毎日のように喫茶「イリュージョン」に通うようになった。今までは不定期に近かったが、それでも週に二回は来ていた。その時、必ずミクはいたのだ。――決まった曜日に来るわけではないのに、毎回会うというのは、ミクが毎日来ている証拠なのかも知れないな――
と思うようになったことで、毎日立ち寄ることにしたのだ。
ミクはそんなオサムの気持ちを知ってか知らずか、話しかけられると、嬉しそうに会話を楽しんでいる。それまでのミクを知っている人には意外に見えるかも知れない。
――やはり、自分と同じ興味を持っている人との話は、誰とでもしたいんだ――
と、他人の心理を覗き見たようで、くすぐったい気がした。オサム自身、ミクにも同じように思われていると感じたからだ。ただ、このくすぐったさは嫌いではない。相手が女性だということも、余計にくすぐったさが心地よさを運んでくれた。
オサムは自分が一つのことに集中すると、そこからなかなか抜けられない性格であることを自覚していた。今回もミクのことが気になってしまうと、次第にその思いは強くなり、どこにいても、ミクのことを考えるようになっていた。
それでも不思議だったのは、ミクのことを考えている時、喫茶「イリュージョン」以外で、彼女のことを想像することができないことだった。
デートスポットなどたくさんあって、まだ付き合うまでには至っていないくせに、雑誌を買って、どこに行きたいかを勝手に想像してみたりした。しかし、なぜか雑誌の中のイメージに、ミクが存在しえないのだ。それだけ喫茶「イリュージョン」にいる時のミクの印象が深いということなのだろうか。
そういえば、ミクのことばかり気になっていたのだが、あれからオサムは横溝のことを見ていない。
――俺が来る周期と違う周期になったんだろうな――
と漠然としてだが思っていた。アケミやマスターから、
「横溝さん、最近来なくなった」
という話は聞いていない。
別に話題にする必要もないのだろうが、本当に話題にも上らないと、気になってしまうというものだ。
ミクが毎日のように来ているようなので、オサムも同じ時間に合わせるように、毎日顔を出すようになった。やはり思った通り、ミクは毎日のように来ていて、顔を合わせるようになった。オサムにとってその時間は、一日の中で一番楽しい時間であり、日課となっていった。
日課になれば、すぐに楽しさにも慣れてくるもので、最初の楽しさが、薄れてくるのも時間の問題だった。要するに最初の新鮮さが失われていくわけである。
そんなことは分かっていたはずなのに、どうしても毎日来てしまう。それは、楽しさよりも日課を優先しているからで、オサムが望んでいたことと、少し離れて行っているように思えてならなかった。
もう一つ気になっていた横溝の方だが、やはり会うことはなかった。再度聞こうとまで思っていなかったが、
「最近、横溝さん、来てますか?」
と、アケミに聞いてみた。
「そういえば、横溝さん。急に来なくなりましたね。おかしなことを言っていた数日後からじゃなかったかしら? あれだけ毎日のように来ていて印象が深かったはずなのに、急に来なくなると、本当ならおかしいと思うはずでしょう? でも、横溝さんに限っては、急に来なくなっても、さほど印象に残っているわけではないの」
オサムも、確かに同じ思いだった。
横溝と毎回のように会っていて、それなりの会話を重ねてきたはずなのに、印象がほとんど残っていない。
もっとも、濃い内容の話をしたにも関わらず、次回になると、どんな話をしたのか覚えていないことが多かった。覚えていないというよりも頭の中の記憶が錯綜していると言った方がいいのかも知れない。そういう意味でも、一回一回の会話に繋がりがなく、毎回完結型で、濃い内容だったからではないだろうか。
そういう意味では、ミクとの会話とは正反対だった。
ミクとの間には、お互いに歴史という共通の話題がある。しかし、横溝との会話は、会話と言っても、いつも話題を拾ってくるのは横溝の方で、会話の主導権は完全に横溝が握っている。それだけに、オサムはいつも横溝の威圧感のようなものを感じて話を聞いていたのだ。
――一体、横溝さんはどこに行ってしまったのだろう?
他の常連の人も、横溝のことを見ていないという。少し気になってきたのも事実だった。
その一方で、オサムはミクが自分の中で本当に大きな存在になってしまっていた。
――忘れられない存在になってきた――
その思いは、
――ずっと一緒にいたい――
という妄想に駆られるようになっていった。妄想は願望に変わっていき、願望がまた妄想を生む。そんな繰り返しになぜか心地よさを感じていて、そのうちに妄想が現実になるような気がして仕方がなかった。
オサムはミクに対して、最初の出会いから違っていたような妄想を抱くようになっていた。
最初は喫茶「イリュージョン」で気になる女性として意識し始めたことだったはずなのに、まったく違うシチュエーションを思い浮かべていた。
むしろ、妄想の方が知り合うきっかけとすれば、自然なのかも知れないと思ったが、そんな出会いをしてみたいと思いながらも、一歩踏み出すことのできない自分に、却って妄想でしか抱けないシチュエーションを、どう自分なりに解釈すればいいというのだろうかを考えていた。
オサムは、ミクとの最初の出会いを、合コンで知り合った相手だという位置づけをしてみた。
今まで、合コンには何度か参加したことがあったが、そのほとんどはメンバーが足りないからという「人数合わせ」にしか過ぎなかった。
そんなことは自分でも分かっていた。最初は、
――人数合わせでも何でも、意地でもカップルになって、主催者に一泡吹かせてやろう――
と意気込んだものだが、さすがに慣れていない合コンで圧倒されてしまうと、一泡吹かせるどころか、舞い上がってしまって、
――一刻も早く、この場から立ち去りたい――
と声にならない声を挙げていた。呼吸も安定せず、胸の動機も半端ではなかった。そんな状態で、どうして一泡など吹かせられるというのだろうか。
そんな苦い経験しかない合コンなのに、誘われるとついついついて行ってしまう。
――あわやくば――
という気持ちが心の中にまだあるからなのだが、いい加減、目を覚ましてもいいんじゃないかと思っている自分もいる。
合コンとなると、自分から話しかけることは、妄想であってもできなかった。そうなると、相手から話しかけられるのを想像するしかない。ミクには妄想の中で自分に話しかけてもらった。喫茶店では自分から話しかけることができるのに、不思議なことなのだが、設定は喫茶店とまったく逆のものだった。
つまり、ミクには自分に対して、歴史が好きだという会話を引き出させるような妄想を巡らせなければいけない。
そんな妄想はそう簡単にできるものではない。妄想は確かに想像の延長線上にあることなのだが、実際の自分にできないことでも、すべてができるというわけではない。むしろ、妄想でもできないことがあるということを思い知らされることも少なくなく、それがどうしてなのかを理解していないと、なかなか妄想を巡らすことは難しい。
一つ一つの小さなことから、結びつけていくしかない。かといって、目の前だけを見ていたのでは、目的地を見誤って、あらぬ方向へ進んでしまわないとも限らない。
そんなことばかり考えていると、
――誰か、自分を導いてくれる人がいないと、妄想も難しい――
と感じるようになった。
そんな時、ちょうど適任に思えたのが、横溝の存在だった。
あれから出会うことはないのだが、毎回のように会って話した内容は、奇抜なものが多く、さらに驚かされるものばかりだったが、不思議と一緒にいる時は、それほど印象深いものではなかった。会わなくなって次第に印象深くなってきたことを不思議に感じていたが、むしろ、印象深く感じられる方が自然ではないかと思えるようになっていった。
妄想の中に出てくる横溝は、今まで自分の知っている横溝だった。
妄想の中のミクは、自分の知っているミクというよりも、かなり自分の中で着色した部分が多く、その中には願望が含まれているのは言うまでもないことだった。
それなのに、横溝に対しては、自分の思っている横溝以外の何者でもない。
――それ以上でもそれ以下でもない――
という表現がピッタリ当て嵌まっているに違いない。
横溝を気になり始めたというよりも、
「毎日を繰り返しているのは、気が楽なんだけど、薄っぺらい平面でも、いくつも重なってくると厚くなる。それが重苦しく感じられるようになるんだって言ってたんですよ。どういう意味なんですかね?」
と、いう言葉を気にしていた。
アケミに話したというが、その言葉を最初は、
――平凡な毎日を繰り返している――
というだけの、
――愚痴のようなものだ――
と解釈していたが、
――本当は、実際に同じ日を繰り返しているのではないか?
という思いにいつの間にか変わっていた。
もちろん、そんなことを信じられるわけもない。同じ日を繰り返している人がいるなど、まるで夢のようなお話だ。だが、それを信憑性のあるものだという意識に変えたのは、オサム自身が、
――同じ日を繰り返せたらいいな――
と考えるようになったからだ。
自分がミクのことを気になり始めて、本当はどんどん好きになっていくので、次の日に会えるのが楽しみなはずだった。
毎日、どんどん相手を好きになっていくという感覚に酔っていたと言ってもいいだろう。
しかし、その逆の気持ちもあった。
元々、一つのことに集中すると、それ以外を見ることができなくなる、
――猪突猛進――
と言ってもいいような性格の持ち主なだけに、オサムは自分がミクに対してどんどん好きになることは別に気にならなかった。ただ、急に我に返って考えてみる機会がなぜか今回はあり、その時に考えたのは、
――あまり自分だけが先に進んでしまうと、気が付いて後ろを見ると、見える範囲には誰もいない――
ということになっていないかという思いであった。
それは、まわりが自分のスピードについてこれないというよりも、波長を合わせ損なって、違う世界に飛び出してしまったかのような思いを抱いたからだ。
その違う世界を、
――同じ一日を繰り返している――
と、感じたことで、それは、あたかも横溝が、
――消える前――
に話をしていたことだったのだ。
正確には横溝の言葉を思い出したというよりも、
――自分の発想が、横溝さんと同じだった――
ということであり、それは、急に自分を我に返らせるに十分な発想であったことに間違いはないだろう。
それだけに、オサムは横溝という男に言い知れぬ恐怖を抱いていたことを思い知らされた。
いなくなったことも、不気味だったが、最初から違和感があったような気がする。何よりも自分が来た時は必ず横溝はいたのだ。
「毎日来ていますよ」
と言っていたので、毎日来ている横溝に、自分が合わせるような格好になっていると思っていたが、
――ひょっとすると、逆だったのではないか?
と思うと恐ろしくなった。
なるほど、横溝が自分に合わせていたのだとすると、同じ時間の同じ曜日にやってくるオサムに合わせることは、それほど難しいことではない。しかし、それが何を意味するというのだろう。しかも、横溝はそんな素振りを一切見せなかった。オサムが横溝のことを他の人に聞いても、他の人も修と横溝の関係について不思議に感じる人はいなかったではないか。
それを思うと、急に来なくなったことも気になってしまう。
――なぜ、急に来なくなったのだろう?
来れない何か理由でもあるのか。もしあるとすれば、それは、店には関係のない横溝自身のことなのか、それとも、店に直接関係のあることなのかで変わってくる。店に直接関係のあることであれば、その理由がオサムにあるのではないかという思いに駆られるのも無理のないことだった。
ただ、オサムは被害妄想的なところがあった。一つのことに集中して、まわりが見えないということは、自分に降りかかりそうなことは、
――すべてが気になってくる――
ということに繋がってくる。
被害妄想だけであればいいが、そこに自意識過剰が関わってくると、まわりに対しての印象もよくない。被害妄想は内に籠るものだが、自意識過剰は表に発散されるものだ。そう思うと、どちらにしても、あまり横溝のことを意識しすぎるのはよくないことに思えてくるのだった。
横溝のことを気にしないようにするには、ミクのことを意識していればいいと思えばいいのだが、そんな単純なものではないような気がしてきた。
オサムは、今まで女の子からモテたことがない。モテた経験がないということは、
――モテないのが当然――
という諦めの気持ちが強いということだ。
しかし、諦めの気持ちが強いまでも、一縷の望みがないわけではない。今までに趣味が合う女性と巡り合ったことがなかったからだ。
歴史という接点が、ミクと自分を結びつけてくれた。今まで合コンに誘われても、ほとんどが人数合わせ、他の連中から、
――安全パイ――
と見られていたことは当然分かっていた。
その通りの「働き」をしていた。まわりに満足されて、それでも最初は合コンの誘いに乗っていたのは、
――あわやくば――
という思いがあったからで、そういう意味では、オサム自身も人並みに下心は持っていた。
それでも、何回行っても、結果は同じ。まわりに対しての評価通りの働きをするだけで、決して自分の身を結ぶことはない。次第に合コンとは妄想のようになってきて、
――行っても、そこにいるのは、自分ではない――
という思いが強くなってきた。
他人事として見ると、これほど情けないものはない。
――俺はこんなに情けなかったのか――
と、愕然とした自分を思い浮かべると、さすがに合コンにこれ以上参加するのは精神的にきついと感じていた。
「今度、ナースとの合コンがあるんだがな」
と、いつも一緒にいる二人が計画し、実行する。
――それにしても、こんなに毎回毎回合コンをするというのは、自分たちも成功していないんじゃないか?
と思うようになったが、実際は違っていた。
「俺はいいよ」
というと、
「お前がいないと盛り上がらないんだよ」
――一体何が盛り上がらないんだ?
と思いながらも、
「そんなに毎回よく合コンをセッティングできるな。自分たちで計画しているくせに、毎回うまくいっていないということか?」
と訊ねると、二人は顔を合わせてニンマリとした表情になり、
「俺たちがそんな間抜けなわけないだろう」
と、さらに厭らしさを含んだ顔になった。
――こんな顔、二度と見たくない――
と思いながら、
「どういうことなんだ?」
「そんなの、女なんて、とっかえひっかえに決まっているだろう。一人に縛られるなんて、まっぴらさ。合コンなんて、一晩だけの女を探すのにちょうどいい。それに女の方も同じような考えの人も多いのさ。だからお互いさまなのさ」
そんな話を聞かされると、冷めるのも無理のないことだ。その時から合コンとは、オサムの頭の中では、妄想でしかなくなってしまったのだ。
ただ、冷静に考えると、彼らの話にウソはない。女の方でも、同じように考えているのだと思えば納得できるような素振りの人も結構いた。
――俺は結局手の平の上で転がされていただけなんだな――
と思うと、今度は開き直りからか、バカバカしいからなのか、今までの自分が情けないとは思わなくなってきた。
そういう意味では、本当のところの話が聞けたのは、悪いことではなかったのだろう。別に淡い夢を見ていたわけではないのだが、
――あわやくば――
と思っていたのは事実だ。もうそんな思いを抱くことはやめようと思う。あわやくばなどと思うくらいなら、彼女がいなくても、別に問題はない。あわやくばなどという気持ちで女性と付き合ったとしても、すぐに気持ちに亀裂が走り、別れることになる。きっと、最初から考え方のレベルが違っているに違いなかった。
それは、相手のレベルが違うというよりも、合コンという席では、オサムのレベルが違うのだ。それでも、
「どちらが正常に近いのか?」
と聞かれれば、
「俺の方じゃないか」
と、オサムの中では、かなりの自信を持って答えられるに違いない。
合コンを妄想として考える分には結構楽しかった。自分を主人公にし立てることもできるし、相手の女性を自分のいいなりにすることもできる。妄想とは、それほど恐ろしいものだった。
何が恐ろしいと言って、
――妄想し始めると、やめられない――
まるで怪しい薬を飲んで、意識が別の世界に飛んでしまったかのように感じていた。
――自分ではいられなくなる――
それが妄想というものだった。
しばらくの間、合コンの妄想はしなくなっていた。それなのに、なぜかミクと知り合った時、合コンのイメージを思い浮かべてしまった。合コンで今まで相当悲惨な思いをしてきたことでのリベンジが頭の中にあったからだろうか? それとも、合コンで知り合っていれば、こんな惨めな思いをしなかったという思いから来ているものなのだろうか? どちらにしても、今さら合コンを思い浮かべている自分を、少し他人の目で見てしまっている自分がいたのだ。
ミクへの妄想は膨らんでくるが、横溝への妄想は、いなくなってから湧いてくることはない。
横溝を忘れてしまったわけではなく、むしろ気にはなっている。しかし、妄想を抱くわけではなく、どちらかというと、
――いつも、同じ場所にいて、同じイメージしか湧いてこない――
そんな雰囲気を感じさせる人だ。
目立たないが、いつもそこにいることで、存在感が他の人よりも強いと感じさせる人が、仲間が多い人には、一人くらいいるのではないだろうか。友達がほとんどいないオサムだからこそ、余計に横溝のことは気になってしまうのだ。
――俺は、同じ日を繰り返しているのではないか?
と感じるようになったのはいつからだったのだろう?
以前、テレビドラマで同じ日を繰り返しているストーリーを見たことがあった。
――あの時、主人公はどうなったんだっけ?
見たのがいつだったのかハッキリとしないくらい前だったように思う。小学生の頃か中学の頃、まだ自分が大人になったという感覚がなかった頃のことだった。
ドラマを見ていても、どこか他人事のように思えたのは、主人公がすべて大人だったからだ。中には主人公が子供のドラマもあったが、それでも他人事に感じるのは変わりなかった。同じ子供だからこそ、余計に他人事に思えてくるのだ。やはり、画面に映し出された光景は、現実ではないという思いが強いからだろうか、いかにリアルな内容でも、自分とは違う世界だという思いを拭い去ることはできなかった。
それだけ、オサムは一途なのか、それとも狭い範囲でしか見ることができないからなのか、どちらにしても、自分ではあまりいい感覚ではないと思っている。
それでも、ドラマと現実はどこまで行っても交わることのない平行線のようなものなので、他人事のように思えたとしても、それは仕方のないことだ。むしろ、その方が理解しやすいのかも知れない。
最近のオサムは、テレビでドラマを見ても、その内容を覚えていることはほとんどない。完全に忘れてしまっていることもあるくらいで、
――その時は、ちゃんと見ているつもりなのに、どうして覚えていないのだろう?
と感じていた。
記憶力の低下を考えたが、それよりも、子供の頃からドラマを他人事のようにしか見ていなかったことで、見た後にすぐに忘れてしまうというのも仕方のないことだと感じるようになっていた。もちろん、記憶力の問題もあるのだろうが、主人公や登場人物に自分をなぞらえることができなければ、そう簡単に覚えておくことはできないものだと思うようになっていた。
――俺は、同じ日を繰り返しているのではないか?
と思っている人が、自分だけではないことを、オサムは知らなかった。一番身近な人間として、緒方ツトムがいる。ツトムの言葉から、自分が同じ日を繰り返しているなどという大それたことを考えたくせに、ヒントをくれた人間も同じことを考えていると思わないのは、それだけ自分の考えが他の人とは違っていると思うからだ。
ツトムが喫茶「イリュージョン」に来なくなったのは、本当に自分が同じ日を繰り返しているという意識を持ったからだった。その思いはオサムのものよりもかなり強い。実際に同じ日を繰り返しているという自覚があったからだ。
オサムの場合は、疑問には思っていても、それ以上ではなかった。
――そんなバカな――
と思う以前に、自分が渦中にいるという感覚がハッキリとはなかったのだ。
それは、元々少しでも深刻な意識を持つようになると、逃避の意識からか、すぐに他人事に思えたり、夢ではないかと感じたりしてしまうのがオサムだった。そのことを誰よりも分かっているのは自分であり、それだけに、考えることも大それたことだったのだ。
オサムの性格として、一つのことに集中すると、他が見えなくなるというのがあるが、それも自分の保身から生まれるものだと考えれば、他人事に思ってしまうのも、仕方のないことなのかも知れない。
それに比べてツトムは、普段から冷静沈着な考えを持っていた。
いつも一歩下がって後ろから状況を見ているので、全体を見渡すことができる。そんな彼の性格を知っている人も多く、頼りがいのある男性として、女性からの信任も厚かった。それを、
――俺はモテてるんだ――
と勘違いしたこともあったが、冷静に考えると、モテているわけではないことにすぐに気付く。
――因果応報な性格だな――
と、勘違いもすぐに分かってしまうことに夢のなさを感じ、
――冷静であるがゆえに、見たくないものまで見えてしまう――
それを因果応報と言っていいものなのかどうか分からないが、少なくともツトムは、冷静である自分の性格を快くは思っていないようだ。
人には一つ大きな性格があり、表にはその大きな性格が見えているがゆえに、本当はその次に大きな性格が正反対であっても、なかなか他の人に気付かれることがないということも少なくはないだろう。
もし、同じくらいの大きさであれば、
――この人は二重人格だ――
と思われるのであろうが、完全に隠れてしまっては、二重人格と思われることはない。だが、見えないだけに怖いこともある。それが、ツトムのような性格の人間ではないだろうか。それでも、ツトムのように一つのことに突起していると、その反動がもう一つの性格に影響してしまうことに気付かない。
その反動が大きな性格の正反対である必要はない。派生する性格の延長線上にあってもいいわけで、ツトムの場合は、その表現にピッタリではないだろうか。
冷静沈着に考えるのを、意識していなかった時はそれほどでもなかったが、自分で意識してしまうと、どうしても、まわりに対して逃れられない性格に見えてくる。それがプレッシャーやジレンマを引き起こし、最後には爆発させることになる。たまにキレて、それまでの冷静さからは想像できない人間に豹変することがあるが、そんな時、本人にはキレたという意識はなかったりする。
そんなツトムと、まるで波長を合わせたかのように、必ず喫茶「イリュージョン」では一緒になっていたオサムだったが、オサムにはツトムの性格が分かっていたような気がする。
もちろん、最初から分かっていたわけでもないし、そんなに人の性格を簡単に読めるほど、洞察力がすごいわけでもない。
――やはり、同じところがあるんだろうな――
と感じたからであって、ツトムがオサムのことをどう思っていたのか分からないが、もし親近感を持っていてくれたのだとすれば、オサムは喜ぶべきことであろう。そう思うとやはり、急に会わなくなったツトムのことが気になるのも仕方がないことで、最初はそうでもなかったものが急に気になるようになると、ツトムの言葉まで気になってきた。だからこそ、
――同じ日を繰り返している――
などという発想になるのだ。
ツトムのことをオサムは何も知らない。ツトムもオサムのことを何も知らないだろう。
しかし、性格的なものだけは、お互いに分かっていたような気がする。
――俺がツトムさんのことが分かるくらいなので、ツトムさんは俺のことくらい、簡単に分かるんだろうな――
とオサムが思っていれば、
――オサムは分かりやすい性格をしているよな。俺のような洞察力のない人間が分かるんだから――
とツトムの方も分かっていた。
オサムとツトムの関係は、友達というよりも兄弟分のような感じだった。どちらが兄貴になるかというと、ツトムの方だった。性格的にもどちらが大人かと聞かれれば、きっと誰もがツトムの方だというだろう。オサムも面倒臭いことは好きな方ではなく、弟扱いされた方が気が楽なので、お互いに以心伝心だったに違いない。
ただ、最初からそうだったわけではない。最初はどちらかというと、オサムの方が兄貴っぽかった。
ツトムは冷静な性格ゆえに、なかなか人に馴染むことができなかった。それが少なくとも喫茶「イリュージョン」でだけでも馴染めるようになったのは、オサムのおかげだった。
最初はツトムに限らず誰も単独の客だった。単独の客でなければ常連になることもないのだろうが、中には知り合いとやってきて、雰囲気が気に入って、次から一人で来るようになり、そのまま常連になった人もいたが、それは稀な例だった。
だから、ツトムもオサムも最初は単独の客だったのだが、オサムは最初から馴染めたのに、ツトムは一人で佇んでいた。
そんなツトムに最初に声を掛けたのがオサムだった。
「俺も自分に合う話題があったから馴染めただけで、話題が合わなければ馴染めなかった。馴染めなければ次から来ることはなくなるのに、ツトムさんの場合は会話に入れないで一人でいるのに、馴染みになっているなんてすごいと思いますよ」
会話に入れなくとも、一人で佇んでいるだけでも常連として成り立つことが、オサムの中には考えとしてなかった。しかし、ツトムには一人で佇むことを、「あり」だと思っているので、別に一人でいることは苦にならなかった。
オサムは、最初、よかれと思ってツトムに話しかけたが、ツトムにとってはありがた迷惑だった。しかし、それでも何度か話しかけるうちに、ツトムの方がオサムに歩み寄る形だった。これも、稀なケースと言ってもいいのではないだろうか。
そういう意味では、喫茶「イリュージョン」の客は、
――稀なケースで常連になる――
というパターンが少なくないということだった。
それは、マスターの人柄によるものなのか、店の雰囲気によるものなのか、どちらにしても、この店には、人を引き付ける魅力があるように思えてならなかった。
――これと言って、何ら変哲もない店なのに――
と、誰もが思っていた。
そんな店に常連がたくさんいるが、常連の中にもグループがあるのが、この店の特徴だった。常連だからと言って、すべての人が仲がいいというのも珍しいのかも知れないが、ここのように、グループがハッキリとしているのも、今時から考えると珍しいのかも知れない。
しかも、最初は誰もそんなことには気付かない。最初は、
――この店には常連がいるんだ――
という程度にしか考えていないだろう。店の雰囲気は確かに常連で持っているような昔ながらの佇まいだったからだ。
昔ながらの常連さんもいれば、最近、常連さんになった人もいる。昔ながらの常連さんのほとんどは、この近くにある商店街で商売を営んでいる店主さんが多かった。仕事の合間に、ちょっと気分転換が、いつの間にか、商店街の寄合のようになっていたというのは、珍しい話ではない。
ただ、彼らには、他の人を近づけないオーラのようなものがあった。やはり、店を一軒経営しているような人たちなのだから、そこかオーラの色が違うというものだ。サラリーマンとは、同じ悲哀が感じられたとしても、種類が違う。堂々としたオーラが感じられるのではないだろうか。
「背中を見れば分かるさ」
相手がどんな職業なのか分かる人がいて、その人のセリフがいつもそれだった。
「どこが違うんですか?」
「背筋の曲がり方ひとつで、その人の性格って見えてくるものさ。俺にはそれが分かるんだ」
きっと、その人独特の感性なのだろうが、オサムにはよく分からなかった。あまり自分が分からないと思っている人には関わることをしないオサムにとって、それ以上の質問はまったく意味のないことだったのだ。
オサムが常連になってから、
「最近、常連が減ってきたんですよね。オサムさんが常連になってくれたのは嬉しいことですよ」
とアケミは言ってくれた。
「それまではどうだったんです?」
「常連の出入り?」
「ええ」
「減ったり増えたりはあまりなかったですね。だからこそ、常連の多い店ということだったんですけど、オサムさんが常連になった頃、ちょうど近くの大通りにショッピングセンターができたでしょう? それで商店街の人たちは、結構大変になったんですよ」
「急に来なくなったりしたんですか?」
「そういう人もいましたけど、今までは皆暗黙の了解のように、朝ここで話しこむのが日課だったんですけど、皆それぞれ大変でしょう。皆さん、時間が合わなくなったんですよね。どうしても敷居が高いと言うんですか、少しずつ来る回数も減っていく。そうなると、余計に誰にも会わなくなるので、結局、どんどん常連さんが来なくなったという状況ですね」
なるほど、理にかなった説明だった。オサムにも容易に理解できた。
常連が少なくなった理由は分かったが、オサムが来るようになって減ってきたというのは、本当に偶然なのだろうか。偶然以外の何物でもないと思っていたが、アケミはそうは思っていないようだった。
「私も、元々この店の常連だったんですけど、そのうちにアルバイトに入るようになったんです。立場が変わると、面白いもので、今まで見えなかったものが見えてくる気がするんですよ。私が常連になった頃も、そういえば、この店でアルバイトをしていた女性から、今と同じように、あなたが来るようになってから、常連さんが減ったと言われたことがあったんです」
「それじゃあ、常連が入れ替わる時期があるということなのかな?」
「そうかも知れませんね。私が常連になってから、そんなに入れ替わりがあったわけではないんですけど、今回は常連さんはほとんど増えていないのに、減った人の方が多いですので、何とも言えない気がするんですが」
喫茶「イリュージョン」は、名前からして捉えどころのない店だった。店の中にいる時は、常連さんと話をしていて充実しているように思うのだが、店を離れると、店での記憶が希薄になっている。しかし、すぐに店に行きたくなる衝動に駆られ、気が付けば足が向いているというそんな店だった。
オサムが今までに常連になった店は、大学の時にいくつかあった。常連と言っても、ほとんどが同じ大学の学生で、大学生相手の喫茶店では、喫茶「イリュージョン」の常連とは、まったく違ったおもむきだった。
オサムは、喫茶「イリュージョン」に来るようになって、この店にいない時でも自分が何となく変わったような気になっていた。
それは意識していなかったものを意識するようになったからなのかも知れない。
一番大きいと思うのは、歩いている時に見る信号機の色だった。
車に乗っている時に見る信号機を意識することはないのだが、歩いている時は、なぜか信号機の赤い色と青い色をどうしても意識してしまう。
信号機を意識することは今までにもあった。
あれは、中学の頃だっただろうか? 塾の帰りに木枯らしの吹く、寒い夜だったのを覚えている。肩を縮めて震わせながら小走りに歩いていると、最初は気付かなかったが、急に目の前に信号機が現れてビックリしたのを思い出した。
別に急に信号機が現れたわけではない。寒さから、身体を小さくしていたので、前のめりに歩いていため、顔より上を意識できないでいたからだった。
信号機の青い色と赤い色が、こんなにも鮮やかに感じたことはなかった。まばゆいばかりの光に、思わず目を逸らしそうになったくらいで、それは、あたりの暗さから来るものだけではないことは分かっていた。
信号機を見つめていると、まわりが暗いだけに、吸い込まれそうになってくる。以前はそれを避けようと、無意識に見ていたので、目をカッと見開くことで、集中を妨げていた。しかし、喫茶「イリュージョン」に行くようになってから、信号を意識しても、その明るさに吸い込まれるかも知れないと思いながらも、凝視を止めようとはしなかった。その時自分が、
――一つのことに集中すると、他のことが見えなくなる性格なんだ――
と、今さらながらに再認識したのだった。
オサムは、自分が最近、
――二重人格なのではないか?
と思うようになっていた。
しかし、それが勘違いであることに一か月ほどして気が付いた。その期間が長いのか短いのか分からなかったが、最初はその一か月を長いと感じていたが、次第にあっという間だったように感じるようになっていた。
――俺は二重人格ではなく、躁鬱症だったんだ――
二重人格と躁鬱症の違いは、躁鬱症というものを考えた時、その違いに気が付いた。
躁状態と鬱状態は、それぞれ定期的に入れ替わっている。しかも、根本的な性格に変わりはない。ただ、感じ方が両極端なだけだ。
――何をしても、楽しくて仕方がない――
と感じる躁状態、それに比べて、
――何をしても、うまくいく気がしない。楽しくない――
そう感じるのが鬱状態。
オサムは、そのことに一か月ほどで気が付いた。それは、躁鬱が定期的に入れ替わる一クールに過ぎなかった。
たった、一クールで簡単に分かるはずのものではないはずなのに、それが分かったということは、一か月だと思っている二重人格という自分の性格に気が付くまでの期間、本当はもっと長かったのかも知れない。
最初に二重人格ではないかと思った時期が、自分の中で曖昧だったことを示している。それも、
――一つのことに集中すると、まわりが見えなくなる性格だから――
ということを片づけようとした。
考えてみれば、これほど曖昧で、言い訳に使える性格判断もないのかも知れない。そう思うと、自分の性格をあまりよく思えなくなってきた。
少なくとも、オサムは最近まで一つのことに集中する性格を悪いことだとは思っていなかった。確かにまわりが見えなくなるのはマイナス要素だが、一つのことに集中できるということは、それを補って余りある性格ではないかと思うのだった。
自分が躁鬱症だと思うようになったのは、実は信号機が鮮やかに見えるようになったからだ。この現象は中学時代にもあったことで、その時のオサムは、
――俺って躁鬱症なのかも知れない――
と感じたからだった。
その時は、確かに躁状態と鬱状態が交互にやってきて、躁鬱症の条件を満たしていたことで、本当に自分が躁鬱症だと感じていた。
しかし、躁鬱症は恒久的なもので、一度身についてしまうと、なかなか抜けないものだと思っていた。
もちろん、個人差はあるのだろうが、実際には恒久的なものではないようだった。そのことを知ったのも、大人になってからだった。
中学時代に感じた躁鬱症。躁状態と鬱状態が交互にやってきている時というのは、自分でも自覚していた。特に鬱状態から抜けて躁状態に変わる時、前兆が分かっていた。しかも、鬱状態から躁状態に抜けるまでには、通常の状態に戻ることはない。鬱からいきなり、躁状態になるのだった。
だが、躁鬱症に陥っている意識を持っている時でも、通常の状態になっていることを何度も自覚したことがあった。ということは通常の状態になる時というのは、
――躁状態から鬱状態になる時の間――
だということになる。
それは考えてみれば、まるで信号機のようではないか。
信号機も青から赤に移る時は、黄色というニュートラルな状態を経由している。しかし、赤から青に移る時には、黄色というニュートラルな状態を経由することはない。
つまりは、
――躁鬱症というのは、まるで信号機のようなものではないか――
と思えたのだ。
信号機のような躁鬱症の時に、無意識ながらも信号機の鮮やかさを意識するというのもおかしなものだ。だが、意識することが必然だと考えると、おかしいわけではない。そう考えると、
――世の中には、無意識の中にも意識することができるようになるものもあり、意識してしまうと、偶然が必然に変わるという感覚に陥るものなのかも知れない――
と思えてならなかった。
中学の時の躁鬱症は、いつの間にかなくなっていた。それまで、自分が躁鬱症であることをあれだけ意識していたのに、いつの間にかなくなってしまったことで、意識から自然に消えていた。
意識から自然に消えるのは、いつの間にかなくなっているというほど、自然でなければいけない。躁鬱症だったという意識だけは持っているのに、しかも、躁鬱症は恒久的なものだという考えを持っているのに、意識しなくなったことを不自然に感じることはなかったのだ。
それなのに、最近になってまた躁鬱症を意識するようになった。しかも、最初は自分のことを、
――二重人格なんじゃないか?
という勘違いのおまけまでつけて、意識したのである。
それは、躁鬱症だったという意識が戻ってきたというわけではなかった。
――躁鬱症が初めてではないような気がする――
という思いから記憶を遡って、やっと中学時代に戻ることができた。
それも、信号機の鮮やかさを見たという意識がなければ、戻ることができなかったものである。自分の中で躁鬱症という意識が燻っていたのか、それとも、意識があったわけではなく、記憶を引きづり出すことで思い出せたことなのか、その時はハッキリと分かったわけではなかった。
信号機を見ていると、今までの記憶がよみがえってくるのを感じた。中学時代、高校時代、ほとんどが点であって、線として繋がっているものではない。
十何年という歳月が順次思い出されていくのだから、線で繋がっているはずがないというのは当然のことであるが、それにしても今まで思い出したこともないようなことが、まるで走馬灯のように思い出されるというのは、あまり気持ちのいいものではなかった。
――死を間近にした人は、昔のことをいろいろ思い出してくるというが――
まさか、自分に死が近いなどということは、考えていなかった。
――そんなバカなことを考えるから、本当に死を迎えることになる――
と思ったからで、意識はしていても、考えないようにしていた。
意識してしまったことを無理に打ち消そうとすると、そこに無理が生じる。変に無理を生じさせることの方が、よほど意識を現実にしてしまうことに繋がるようで、恐ろしかった。
それは意識が現実になるわけではなく、むしろ、現実から遡って意識を正当化してしまおうというおかしな感覚があるからなのかも知れない。
オサムは、しばらくしてからツトムに出会った。それはまったくの偶然だった。だが、ツトムはそうは思っていない。
「俺が君と出会ったのは、必然なのさ。俺もそういえば、以前同じようなことを言われたことがあったっけ。君は、自分が同じ日を繰り返しているかも知れないということを、おぼろげながらに感じているだろう? その思いは間違いであって、間違いではないのさ」
何とも分かりにくい言い方だったが、その時のツトムの顔を見ていると、よく分からないことでも、整理して考えれば分かってくることのように思えていたから不思議だった。
「俺も、同じ日を繰り返しているということを教えてくれた人がいたんだ。その人がいたから、自分が同じ日を繰り返しているということを自覚できたんだ。でも、正確に言うと、その人に話しを聞いた時はまだ自分は同じ日を繰り返しているわけではなかったんだ。前兆があっただけで、意識してしまったことで、抜けられなくなってしまったと言った方が正解なのかも知れないな」
ツトムの話はますます分かりにくくなってくる。
「どこから話を聞いていいのか分からないんだけど、同じ日を繰り返している人とこうやって話をするということは、僕は今日という日が一回目なので、ツトムさんの話を聞くのが初めてになるんだけど、ツトムさんは僕とここでこの話を何度もしているということなんですね」
「そういうことなんだろうね、きっと。難しい話になるけど、一言で言えば、自分の前と後ろに鏡を置いたとしよう。その時、鏡には何が写っていると思う?」
また、ツトムは分からない話を始めた。
「何が写っているって、自分が写し出されているだけじゃないのかい?」
「確かにその通りなんだけど、いいかい? 鏡は前と後ろに置いてあるんだよ。前に写った鏡には、後ろの鏡が写っていることになるんだよ。分かりにくいかも知れないけど、後ろに写っている鏡にも、実は前に写っている君の姿が写し出されているということになるんだよ」
「あっ、そういうことか」
オサムは目からウロコが落ちたような気がした。
――そういえばそうだ。どうして気付かなかったんだろう?
と考えたが、次の瞬間、
――待てよ、そういえばこの発想、以前にもしたことがあったような気がしたぞ。その時のことを覚えていないけど、この感覚は初めてではなかったような気がする――
鏡のことを考えたことは確かに初めてではなかった。思い出してみれば、
――どうして思い出せなかったんだろう?
と思うほど、どう感じたかということはおぼろげなのだが、考えたことがあるというのは、意識の中で次第に明らかになっていくような気がした。
思い出せないというのは、決して記憶の中に押し込められてしまって、引き出すことができない時だけではない。記憶の浅いところにあっても思い出せない時もあるのだ。そのことをオサムは自分の理屈の中で、
――思い出すというのは、記憶から引き出すだけで終わるわけではない。記憶から意識というテーブルに置き換えて、そしてハッキリと辻褄が合うように感じることができるかということで決まってくるんだ――
と、感じていた。
つまりは、記憶の中で燻っていたわけではなく、引き出すのに困難なところにあったわけではないものを、苦もなく意識に持ってきたはいいが、意識の中でハッキリとした形にすることができなかったことで、
――覚えていなかったんだ――
という思いに駆られることになったのだ。
オサムは、鏡の話を聞いて、自分が以前に感じた思いを思い出していた。なるほど、ツトムの言いたいことがおぼろげにだが、分かってきたような気がした。
つまりは、
――永遠に繋がっているものだ――
というのを表現したかったのだろう。口で簡単に、
「同じ日を繰り返しているんだから、そりゃいつも会ってるようなものさ」
と言われても、ピンと来るものではない。
ツトムの方からすれば、それ以外に表現できる言葉はないだろう。何かに喩えて話してみるしか手はないのだ。
そういう意味では、自分の前と後ろに鏡を置いている感覚は間違いではない。オサムはそのことを思い出していると、以前感じた時、少し違ったイメージを持っていたのも、一緒に思い出した。
――あれは確か……
鏡に写っているとは言え、一番前を向いている自分、そして、後ろに写し出された後ろ姿の自分くらいまでは何とか確認することはできるが、次第に小さくなっていく自分の姿が、本当に無限に存在しているのかどうか、疑わしい思いがした。
「写っているものが半分ずつになっていくにつれて、どんどん確認できなくなっていくだろう? 鏡に写っている自分もそうなのさ。そして、同じ日を繰り返している自分のことなんだけど、俺は、同じ日を繰り返しながら、繰り返しているという意識を持っているんだ。つまりは、前の日の俺を意識してしまえば、下手な意識が生まれて、本当に同じことを繰り返せなくなくなってしまう。それは時間の神様が許さないんじゃないかって思うんだ。もっとも、同じ日を繰り返すということ自体、本当に許されることなのかって思うくらいなんだけど、前の日と今日とを寸分たがわず同じ日にしてしまわなければいけないと思うと、前の日の自分は死んでいないといけないことになるような気がしているんだ」
難しい話だったが、落ち着いて聞きながら考えていたオサムは、
「じゃあ、同じ日を繰り返していない人、つまりは普通に先に進んでいる人の過去というのはどうなるんだろう?」
「俺は、その人たちの過去も死んでいるんじゃないかって思ったことがあった。世の中には過去に戻って無数に広がる分岐点を手繰り寄せるように生きているのが時間の中で生きることのように思われているけど、俺は同じ日を繰り返していると思うようになって、過去の自分は誰かによって抹殺されているんじゃないかって思うようになったんだ」
「じゃあ、タイムマシンなんて、本当に発想だけのものになっちゃうね。過去に戻れないんだから」
「同じ日を繰り返しているのは、過去に戻っているという感覚とは違う気がするんだ。一日という単位を一つの人生のように考え、それを永遠に繰り返している。恐ろしいことだけど、考えてみれば、これこそ不老不死なんだよな」
「でも、同じ日を繰り返しているという意識があるんだから、まったくつまらない人生なんじゃないか?」
「それがそうでもないんだ。確かに同じ日を繰り返しているという意識はあるんだけど、一日がリセットされると、その日一日がどんな一日だったのかということが意識の中から消えてしまう。再生不可能になるんだ。ただ、同じ日を繰り返しているという意識があるだけなので、まるで、目隠しをされたまま、一歩間違えれば断崖絶壁に落ちかねない道を歩かされているような感じがしてくるんだ」
「そんなものなんですかね?」
サラリと言って退けようとしたが、実際に指先は痺れ、喉はカラカラに乾いていた。
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