一つの終わりの日、悪役令嬢の新たな始まり

始まりは幼かったあの日。

 胸にあふれる寂しさを吐露して涙を流した私にあの人が言ったあの言葉。

 なら僕が守ってあげる。ずっと傍にいるよ。ねえ、僕のお嫁さんになって。

 あれから私の人生の全てが始まったのです。

 私はあの人に愛され続けたかった。必要とされ続けたかった。傍に居続けて欲しかった。だからあの人に傍にいてもらえ続けられる、傍に居続けられる私を目指した。あの人を誰よりも支えて必要とされ続けることを求めたのだ。

 だけど私は恐れ続けるあまりに大切なことが見えなくなっていたのだと思います。

 だから私たちの関係が壊れていくのにも気付かなかった。

 ぼろぼろに壊れてしまった関係。だけど今からでもやり直してまた続けていくことは可能なのだと思います。

 でも、もうそれは一番の道ではなくなってしまいました。

 だから……。私は。

 がらりとドアを開きました。周りが騒めくのが分かります。トレーフルブラン様とみんなが目を輝かせます、私はみなさんに目を向け微笑みました。セラフィード様に大切なお話があるので待っていてくださいなと言います。そしてすぐにあの人の元に向かいます。

「終わったのか。トレーフルブラン」

 セラフィード様が問いかけてきたのに私はええと答えました。

「そうか。怪我は」

「ありませんわ」

「…………無事でよかった」

 驚きそうになって咄嗟に笑みで隠しました。ありがとうございますと告げれば気まずそうに青い目はよそを見ます。その目の中から私への憎しみはもう消えていて……。

 無言になってしまいました。

 お互いに言葉を探して口を閉ざしてしまったのです。

 告げる言葉は決めていたはずなのにここにきてその言葉が出てきません。喉につかえて出ることを嫌がるのです。決めたのは私自身なのに。

 セラフィード様を見ます。

 私の愛した人。私の好きだった人。大切で愛していて、ずっと見つめてきて、そしてずっと見てこなかった人。

 私が彼に依存していると先生は言いました。何を馬鹿なことを言っているのでしょうと思いながらもそうであると理解していました。長い事私はこの人に依存していました。

 セラフィード様に必要とされ続けることだけが私の生きる理由にいつしかなっていたのです。セラフィード様が必要としてくれる間は、私は一人ではないのだと思っていました。

 だから努力し続けてきました。

 でもそれも今日で終わりです。

 私は腕に抱えていた書類を一度抱きしめました。泣きそうになるのを堪えます。

「セラフィード様」

 声がかすれかけました。それでも私は真っ直ぐにたった一人を見つめます。セラフィード様が何かを感じ取ったのか息を飲み真剣な目をしてなんだと言います。私は息を吐いてそれから話し出します。

「セラフィード様。私魔法を封印することができなかったのです」

「何、終わったのでは」

「ええ、終わりました。もう魔王がこの国を襲うことはないでしょう。ですが完全とは言えません。私、戦いの中で魔王に憑りつかれてしまったのです。私の体を乗っ取ろうとする魔王を逆に封じ込んで力を抑えましたが、この状態で魔王を封印するとなると私も封印されることになってしまうのです。

 だから封印はできませんでした」

 私は周りを納得させるために作り上げた話を告げます。魔王を封印せずに連れ帰ったなどと普通に説明しても周りは許してくれませんから、仕方のない状況だったと嘘の報告が必要だったのです。本当のことを知っているのは私も含めダンジョンに行った四人と後は魔王一人? です。

 話を聞いたセラフィード様が驚いた顔をして、それから大丈夫なのかと狼狽えて聞いてきます。それに私は笑って見せました。周りで話を聞いていた皆さんも安心させられるように力強く。

「ええ、大丈夫です。魔王は完全に抑えられていますし、いざと言う時はさやか様が私を封印してくださいますから」

「さやかが……」

「はい。彼女もまた笛をつかえることのできる者だったので託しました」

「お前は……」

 それでいいのかと聞こうとした言葉をセラフィード様は飲み込みます。そうかとだけ言いました。苦しそうな顔をするのに私は少し嬉しくなりました。

 貴方は私の為にそんな顔をしてくださるのですね、と。

 次の言葉を言うのが惜しくなりながらそれでも口にします。

「セラフィード様これを」

「……なんだ」

 抱いていた書類をセラフィード様に手渡しました。その書類を見てセラフィード様が青ざめていきます。私はその顔を見て一度目を瞑ります。様々な思いが胸に過る中、目を開けて話し出します。

 これで終わりにするのです。

「いくら大丈夫だとはいえ、魔王に憑りつかれた者が王と結婚するなどと許される事ではありません。よって私と貴方の婚約が破棄されることとなりました」

 途中言葉を言うのが止まりそうになりながらも最後まで言い切ることができました。流れそうになった涙は目の奥に閉じ込めます。

「トレーフルブラン」

 掠れ掠れの弱弱しい声が私の名を呼びました。私はそれに応えず一礼を致します。

「セラフィード様。今までありがとうございました。ずっと貴方の事をお慕いしておりました」

 顔を上げた時、あの人は愕然としながらも固く口を閉ざしていました。ふるふると震える唇は何かを言おうとするのを閉じられ続けます。

 教室のざわめきを感じながら私はセラフィード様から離れ、ドアへと向かいます。部屋の外に出る時、一度だけ振り返りました。

「私達の婚約関係はここで終わってしまう事になりましたが、それでも私は貴方をこれからも見つめ続けています。

 良き王になってくださいませ」

 

 胸に痛みが走り続けます。大切なものを失って大きな穴が胸の中にあいてしまいました。でも私はそれを抱え込んだりは致しません。前に向かって歩いていきます。

 ふっと後ろから声が聞こえました。

「泣かないのか」

 振り返らなくともそれが誰の声が分かって私は笑います。

「泣いたりなどいたしませんわ。だって私はこれから今までよりずっと素敵な日々を築き上げていかなくてはならないのだもの。あの人よりも素晴らしい人を見つけなくてはいけませんしね。

 泣く暇もないほど忙しいのですよ」

一筋だけ涙が落ちました。それでも私は笑います。

 そうかと低い声が笑いました。




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