悪役令嬢の心

「大丈夫ですか。トレーフルブラン様」

「一体セラフィード様は何を考えていらっしゃるのでしょう。トレーフルブラン様のように素晴らしいお方がいながらあんな方にばかり構って」

「他の方々もですわ。一日中傍にいてみっともないです」

「あんな方のどこがいいというのか私には分りませんわ。トレーフルブラン様の方が数十倍素晴らしいというのに」

「まあまあ、皆様。落ち着きになってくださいな。私何一つ気にしていませんから。それよりも折角のお茶会なのですから楽しみませんと」

「トレーフルブラン様。ですが……」

「ねえ、このお菓子なんてとても美味しいのですよ。作ったのはうちのシェフなのですが彼はお菓子を作るのが本当にお上手なんですよ。どれを作らせても一級品。このお菓子も口に入れたらサクサク崩れていってその感触がたまりませんの。後はこの紅茶。アモール王国から取り寄せたのですが上品な甘い香りがお菓子によく合いますのよ。

 こんな美味しい物を食べるのに無粋な話をするだなんて失礼ですわ」

「……確かにそうですけれど、」

「素敵なお菓子を食べるときは素敵な気分で食べなくては。

 そうですわ。今はやりのオペラ見に行きましたか? 私は行きたいのですが空いている日を作れず行けそうにありませんの。どなたか見た方がいらっしゃったらどんなものだったか教えてくださらない」

「あ、それなら私達行きましたよ」

「四人で行きましたのよ」

「あら、そうなの。どうでしたか。面白かったですか」

「それは勿論です。ストーリーは良かったですし主演の方も大変男前で……」

 ニコニコと笑みを浮かべだす少女らに私はホッと胸を撫で下ろしました。クッキーを一つ摘まみます。素敵な気分でなんて言いましたものの一番そうでないのは私でしょう。

 もう何をどうしていいのかわかりませんわ。

 私は私が死んだ後もセラフィード様はいい王子と周りから思われるようにしておきたかった。さやかさんとの事やその他色々問題はありますが、それら全て最後には全部私のせいと云う事にしてしまい、セラフィード様は私と云う罪深い悪女を裁いた立派な者と称えられるようにしておきたかったのです。

 魔王をさやかさんに倒させることで彼女には国を守った聖女になってもらい王子の婚約者となっても不思議に思われないようにもしておきたかった。そうする事で私が死んだ後もこの国を守りたかったのです。

 今目の前にいる少女たちと親しい仲となったのもそのためでした。私が死んだ後の世界であの人を支えてくれる存在を作りたかったのです。

 彼女たちの父親はとても優秀な人材でしかも娘にはとても甘い。娘の願いをかなえるためならどんな事もすると噂されるほどに有名な親馬鹿四人集です。

 だから彼女たちにセラフィード様の善い所沢山話して、それとなくダメな所も伝えながらセラフィード様をますます好きになってもらえるよう仕向けていました。少し強引な方法だとは思いますが、人の事を覚えるのが苦手なセラフィード様に覚えさせるためさやかさんにきつく当たらせてそれを目撃もさせました。少女達へのその後のフォローは完璧でどんどんのめり込むようにファンにさせることに成功していました。少女たちは間違いなく私が死んだ後もセラフィード様を支える存在になってくれたでしょう。途中まではですが。

 今は駄目になってしまいましたけど。

 そうですね。セラフィード様たち四人がさやかの周りにべったりと張り付くようになってしまわれたころからでしょうか。フォローはしていましたがうまくいかず、セラフィード様の会いたかった発言の後はもう……。

 数十メートルの落とし穴に落ちるぐらいの勢いで急降下いたしましたわ。

 今や少女たちの中でセラフィード様の評価は下の下。本来であればもう少し前に切り捨てて彼女達に私を嫌わせてから、セラフィード様達に救われるよう計画を立てていたのですが、その計画も実行できないまま。今実行しましても狙っていた効果は得られない上、余計な火種となってしまうでしょう。

 そうならないように私の方で今は抑えています。切り捨てる隙がないままどうしたらいいのか悩んでいます。

 きゃきゃ笑い合う少女達。

 ため息を吐き出しそうになってしまいます。何をしているのだろうと自分でも思います。グリシーヌ先生に言われた言葉が浮かびます。もう良いのではないかと。もう良いも何もすでに何もかもが壊れてしまっているような状況です。私が何かをすることに意味などないのかもしれません。

 ですが、それでも私はこの国を守りたちと思うのです。

 何もかもどうでもいいと思うのにそう思ってしまうのです。死にたいと願いながらもこの国を捨てる事も出来ないのです……。

 少女達と共に笑いながらお茶をしているとキャーと云う悲鳴が聞こえてまいりました。お茶を楽しんでいる所に聞こえましたその声に体が固まってしまいます。嫌な汗が流れ落ちました。だってあの声は……。

「な、何今の声は……」

「何かあったでしょうか……。彼方の方からですよね」

 滅多に騒ぎのないこの学園で聞こえてきた悲鳴に少女たちはすっかりおびえてしまっています。私は少女達を安心させるために微笑み、そして立ち上がりました。

「私が様子を見てきますわ。皆様は何かあってもいけないのでここにいてくださいな」

「え、でもそれではトレーフルブラン様が……」

「そうです。もしトレーフルブラン様に何かあれば……」

「私は大丈夫です。鍛えていますから心配はありません。それにもし学園の生徒に何かあるのであれば私は生徒らを守らねばなりません。私にはいく義務があるのです。ですから行きますがあなた方はここにいてくださいね。それからこれを」

 魔法を使い作り出す一つのカード。それを少女達に渡します。

「これに力を籠めれば私の元に届きます。結界も数分であればはれますのでもし何かあればすぐに使ってください。では、待っていてくださいね」

 少女達と離れて私は急いで声のした方に向かいます。最初に悲鳴が起きましてから数分経ちますが最初のもの以外は聞こえてこないことから侵入者などではないと思うのですがだからこその不安がありました。声がしたのは学園の中庭です。

 人工的に作られた小川が流れるその場所にたくさんの人が集まっております。人垣で見えないのですが、大きな声がしていますのでその中心にいるのがセラフィード様達だと分かりますわ。

 誰だこんなことをしたのは。さやかが大怪我でもしたらどうするつもりだ! これは悪戯ではすみません。犯罪です。犯人は絶対に見つけ出して処罰いたしますから、とか騒いでいる所を見るにやはり悲鳴の主はさやかさんだったようですね。

「何かあったのですか」

 私は近くにいる生徒に聞きました。

「え、トレーフルブラン様。……それが、さやか様が誰かに川に突き落とされたそうなんです。それでセラフィード様達がお怒りになっていまして……」

「まあ、さやか様が。でもあの人の傍にはセラフィード様たちがいたのではなくて」

「それが丁度いなかった時のようでして」

「そうなのですね」

 ああ、やはりかと痛む頭を抑えながら一通りの情報を聞き出した。聞こえてきた時点で嫌な予感はしていたのですがまさかこんな手に出る者が現れるとは。セラフィード様達より先に見つけ出して手を打っておかなければなりませんね。

 今はどんなご様子なのでしょうか。

 人垣の隙間から五人の姿を覗き見ます。四人に囲まれたさやかさんは川に落とされたせいで濡れていました。今は冬の寒い時期です。

 川の気温などはマイナスでしょう。一応セラフィード様の上着を被せられているようですがそんなものでは寒さに対処しきれていないのではないでしょうか。さやかさんの顔は青ざめていますし、唇の色など紫です。犯人捜しをするよりも前に医務室に連れていく方が先のように思えるのは私だけではないはずなのですが……、あの四人は何をしているのか。

仕方ありません。あまり関わり合いにはなりたくないのですが放置するわけにもいきませんからね。私が連れていきましょ……う、

 足を前に動かそうとすれば胸の奥がチリチリと燃えるように痛みました。訴えてきます。

 ふっと妙だと気付きました。

 何故あの四人はさやかさんの傍にいなかったのでしょうか。もうずっと番犬かと思いたくなるほどピッタリと傍におりましたのに。教室ならまだしもこんな中庭でさやかさんを一人にするなど。それにさやかさんを襲った人もどうしてそんな丁度いいタイミングでさやかさんを襲えましたの。グリーシン様はあれでも立派な騎士候補生です。気配には敏感で後をつけている者がいたとしても気付く筈。

 それなのに……。

 四人を見ます。そしてハッとしました。見てしまったのです。セラフィード様のお顔が怒りながらも歪に歪んでいるのを。

 分かってしまいました。これは罠なのだと。わざと隙を作りさやかさんを襲わせたのです。きっと襲った相手を用意したのもセラフィード様たちでしょう。川に突き落としたと言ってもこの川は景観のために作られた人工的な小川。当然そこも浅く膝丈ほどもありません。多少の怪我はしても重大な事故になるようなことはないでしょう。

 ああ、そうなのですね。まだ私に気付いていないセラフィード様を見て思います。

 貴方はそんなに私を追い落としたいのですね。その視界の中から消してしまいたいのですね。レイザード様にセラフィード様たちはさやかが好きと言うより私に勝ちたいだけなのだと言われても何処か信じられないでいましたが、今信じましたわ。成程。そうでしたのね。私はそんなにあなたに嫌われていたんですのね。よろしいですわ。 

 貴方が私を陥れようとするなら陥れてくださいませ。

 私は悪役令嬢です。受けて立ちましょう。




 私は前に行こうとしていた足を後ろに返します。トレーフルブラン様と呼びかけてくる声に振り向いて笑って見せました。

 色々ありましたがあのキスの日からもう半年たちました。

 今日は年度末のパーティーの日です。ゲームでは悪役令嬢を断罪するイベントがある日でしたが、それはこの世界でも変わりありません。さやかさんが襲われたあの事件から一か月近くの間他にもたくさんの事件が起きました。

 さやかさんの荷物の中に刃物が入っていたり、さやかさんが階段から突き落とされたり。そりゃあもうたくさんございましたわ。

 でもその度に四人と云うよりは三人が現れて大ごとになる前に助けていました。まるでヒーローのように。当然ですわよね。彼らがやったんですもの。それなのにいちいち大騒ぎしてはさやかさんを助けてやったんだと鼻高々にする彼らには呆れるよりも笑ってしまう方が早かったですわ。

 可哀想なさやかさん。そして、可哀想なブランリッシュかしら。

 彼だけは真実を知らない。彼は事件の度に私に激昂してくるのです。その様子を見れば分かってしまいますわ。彼は何も知らされていないのだと。まあそうでしょうとも。だってブランリッシュはそんな事をしなくとも探せば絶対に証拠が見つかると思っているのですから。彼にとってすべての悪事の犯人は私なのです。もう毎日のように私の部屋を探しています。

 だから今日はその無意味な努力に応えてあげました。

 たまには弟にプレゼントをしてあげなくてはね。

 すべての準備を整えました。後は決戦に赴くだけ。やっと待ち望んでいた日が来ましたわ。だけど……この日に来てもどうしても私は悩んでしまいますの……。だから最後の悩みはおいていくことにします。

「ねえ、ミルシェリー様。ルイジェリア様、ベロニカ様、ティーラ様」

 私は四人の名前を呼びました。今日のパーティーで着ていくドレスを是非選んでくださいなと言われたのは数日前でした。少女たちに似合うドレスを私は一つ一つ吟味して選びました。小物も贈りました。私の名に懸けてもいいぐらいに今の少女たちは輝いています。

 いつの間にか少女たちはセラフィード様よりも深く私を慕うようになっていました。だからこその贈り物。お礼の品とでもいうのでしょうか。一方的なものですけど。

「私この国が好きなのですよ」

だから言います。

「私の望みは色々ありますが、でも一番の望みはこの国の平和が長く続くことなのです。民たちが苦しむことのないよう戦争など起きない平和な国でいてほしいと思うのです。何があってもその思いを捨てられないのです。それが一番の望みなのです」

 きょとんとした表情を見せる少女たちにそろそろお行きなさいなと促しました。

 どうしてこんな話をしたのか。今の彼女たちには分りませんが、このパーティーが終わるころには分っていることでしょう。その時に少女たちがどんな決断をするかまでは分かりません。それでも私の一つの思いは託しました。

ですから私はもう一つの心の為に動きます

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