悪役令嬢の悪戯
はぁと深いため息を付いてしまいたくなる。本当にどいつもこいつも馬鹿ばかり。
あの日から数日さやか所かセラフィードたち四人全員の評価が著しく下がっている。
「みました。セラフィード様。またさやかさんと一緒に行って幾らなんでも酷すぎではありませんの」
「トレーフルブラン様がお優しいからと云って何をしてもいいと思っていらっしゃるのかしら」
「グリーシン様やゲール様まで休み時間の度に彼女の傍に行きますのよ。この前なんて彼女と手をお繋ぎになられていて信じられませんわ」
「ブランリッシュ様もです。中等部と高等部では学舎も違うというのに頻繁においでになって。しかもあのお方トレーフルブラン様には挨拶の一つもしないのですよ」
「そう言えばこないだあの人の事は姉だなんて思ってもいないなんて言っていたの聞いてしまったんですの。ブランリッシュ様はご自身がトレーフルブラン様よりも上だとでも思っているのでしょうか」
「ああ、それ聞きましたわ。その場にはさやか様やグリーシン様。ゲール様もいらっしゃったのでしょう。誰も咎めなかったですか」
「それどころかセラフィード様もいたんですよ」
「まあ、信じられません。最低ですわ」
「あんな素晴らしい方を姉に貰って何に不満があるのかも理解できませんが、セラフィード様の行いはもっと理解できません。自分の婚約者が貶されているのですよ。例え相手の家族だろうが毅然と正すのが男と云うものでしょうに」
学園を歩けば聞こえてくる彼らへの不満の声。
彼らを見つめる少女たちの目は冷たい。逆に私に向けられる目は温かなものばかり。大丈夫ですかと声をかけられるのにいつも大丈夫よと返す。私が幾つもの声をかけられるのに対してあの男たちに声を掛ける者はいない。
男子生徒ですら声をかけない。完全に孤立している状態である。
こんな状態になって自分たちの行動が間違っているのではと考えたりするのではないかとも思ったことがあるが、どうやら無理なようだった。彼らは今の状態すらも全部私のせいだと思っているらしかった。
馬鹿だ愚かだとは思っていたもののここまでだったとは。彼らの起こす行動一つ一つが馬鹿でフォローのしようがない。まあ、フォローしようとすら思わないんだけど。
孤立している彼らを見つめる。
さやかへの虐めは私が何一つ手を回さなくても始まっている。あの四人が傍にいるから直接的なことはできないものの物を取ったり隠したりと云ったことなら幾でもできる。後上履きに何かを詰め込んだりね。稚拙ではあるが地味に効果のある嫌がらせだ。
さやかが困っているのが分かるからそれだけでもいい気味だと思うのに、彼ら四人が騒ぎ立ててくれるおかげでさらに面白いものになってくれる。
誰ださやかのものを取ったのは。人のものを取るなど貴族としてあるまじき行為。人としての品位も疑いますね。こんな事をして許されると思っているのか。犯人は見つけ次第退学にしてくれる。
起きる度にこんな風に騒ぎ立てる。貴族としてあるまじき行為をしているのも、品位を疑われているのも彼らなのにね。ブランリッシュだけは何時も何も言わないがあれは私の事を犯人だと初めから決めつけているからだ。
その証拠に家に帰ればガンガン喚き立ててくる。しかも私が盗んだものを部屋に隠していると思っているようで、部屋にいないときに侵入しては何処にあるのか探している。部屋に何て分かりやすい所に置くわけないじゃない。むしろ本気でさやかを虐めたいだけならどこかに捨ててるよと思いつつも言うことはしない。好きにさせている。
悪態を吐きながら探す姿を見るのは実に面白い。
まあ、こんな風に彼らは私が何もしなくとも自分からどんどん首を絞めてくれているのだけど、何もしないのは面白くないじゃない。だって私は悪役令嬢だ。悪役令嬢らしく陥れていかなければ。
と、云う事で作ってやったわ。
落とし穴。中には馬糞や虫をたくさん詰め込んだ奴。魔法で作ったとはいえ中々の重労働だった。周りにばれないよう作るためテラスへ行く道にしか作れなかったのがちょっと残念。
誰が落ちてもいいけど観客がいないのはつまらないわ。
まあ、その分他の事もしておきましたけど。
まずは着替えが必要になるでしょうから、彼らが学園に置いている着替えを下着を覗いてすべて下町の安い劇場の衣装に変えてやった。ちなみに彼らの元の着替えは劇場の方に譲った。彼らがおいている着替えは学園だというのにどれも豪華なものだったから喜ばれることに。
この学園の生徒は下町になど行かないからばれる心配もない。後彼らの教科書は子供の本。彼らの持ち物は子供のものにしてあげた。だって馬鹿なんだもん。お似合いでしょう。
こうしてみると子供っぽい精々中高生レベルの可愛い虐めしかしていないが、けど案外こういうのがプライドの高い馬鹿には効くものなの。
だから今回さやかに対しては何もしてない。姫君の前で恥をかけばいい。
見られないのが残念。でも近くにいたら絡まれるだろうから私はさっさと家に帰る。だって餓鬼みたいな人たちと一緒にいる所なんて見られたくないから
優雅にお茶をしていた所に聞こえてくるのは荒々しい足音。キャッと云う召使たちの悲鳴も聞こえてくる。その中に混じって笑い声も聞こえる気がするがさすがにそれは聞き間違いよね。
「姉上」
騒々しい音を立てて開けられる扉。やれやれと云う風に振り返りやってきた人物を見るとつい吹き出してしまいそうに。怒気を身に纏って現れたブランリッシュだが彼が着ているのは全身茶色の猿タイツだ。でもおしい。知的キャラの彼に合わせて眼鏡も用意しておいたのに。猿の鼻がついた眼鏡。つけてくれなかったみたい。
「あら?どうしたんですの、その姿」
ああ、いけないいけない。ついつい声が笑ってしまっている。悪意も少しにじみ出てしまったような。
「あなたの仕業でしょうが!」
「何がですの」
「とぼけないでください。こんな下らない事をするのはあなたを置いて他にいないでしょう!」
「下らない事? あなたのその格好の事かしら。確かにそんなおバカな格好をするのは貴族として恥ずかしいですわね。今日ほどあなたが弟であることを嘆いた日はないです。そんな姿でよく平気でいられますわね」
「な……/// それはあなたがあんな落とし穴を作るから」
「落とし穴? 何の事です」
「作ったでしょうが。テラスに行く途中の道に。セラフィード様も落ちて大変だったんですからね」
「まあ。テラスの行く途中に落とし穴なんて怖いですわね。それにセラフィード様も落ちましたの。お可哀想な事」
「とぼけないでくださいと言っているでしょう」
「とぼけないでも何も本当に知らなかったのですもの」
「知らないはずがありません。貴方がやったんですから」
「まあまあ。何の根拠があってそんな事を言うのです」
「根拠も何もあなた以外にそんなことする者はいないでしょう」
「私だっていたしませんわ。そんな下らない事。時間の無駄です。私には学ばなければいけないことがまだまだたくさんありますの。女を追い掛け回すことに夢中なっている何処かの愚かな人たちとは違いますからね」
「何を!」
「それでも私がしたというのならば証拠を持ってきてくださる。証拠を。あ、分かります、証拠?もしかして聞いたこともない言葉だったりします」
「馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
「では証拠を見せて」
「……それは、」
「ないなら話にもなりませんわ。自分のお部屋にお戻りになって。そんな愚かしい姿長くみていたくないの。それに何だか貴方が来てから部屋が臭くなったような気がして」
「……失礼します」
またあら荒々しい足音を立ててでていくブランリッシュ。全く扉を閉めることすらできないとは。ずっと中を窺っていた召使たちに微笑む。
「悪いのだけど部屋の消臭と殺菌をしてくださる。その間私は庭にでも行きますから」
「はい」
外に出ていきながら私は笑いたくなるのを必死に堪えた。一瞬でも腹筋を緩めたらだめ。一瞬でも笑みの形に釣り上げた口角筋を緩めたら駄目。体に力を籠めて優雅に歩く。
遠くから使用人たちの話声が聞こえた時にはもうだめかと思った。体の力が抜けて大声で笑いだしそうに。それはなんとか掌に爪を食い込ませることで抑えたが代償に血がにじんでしまった。
でもあんな恰好を見てしまっては仕方ない。
しかもセラフィードまで落ちたのだ。
見て見たかった。
セラフィードのかぼちゃのパンツ姿。その下はタイツ。上は無駄にひらひらのフリルがついた白シャツに赤いベスト。赤いマントと小さな王冠までつけたのだがつけてくれただろうか。馬鹿王子っていう張り紙もしておいたから大丈夫よね。
明日学校に行くのが楽しみ。
まさかこんな悪戯レベルで終わるとは思ってないよね。
「見ました。昨日」
「見ました。見ました」
「誰があんなことをしたのかしら。セラフィード様たちお怒りで……」
「見つかったら只ではすみませんわね」
「……でも、正直面白かったですわよね」
「ええ。見た瞬間胸がすっきりしてしまいましたわ」
「いってはいけないんでしょうが、あれは当然の報いですよね」
「むしろもっと酷い目にあった方がよかったのでは」
「あ、見てください。あそこにセラフィード様達が。ふっふ」
「あら、さやか様も一緒ね。あんな恰好を目の前で晒しておいてもさやか様の傍におられるのね。随分なことだわ」
「なあ、聞いたか。昨日の事」
「ああ、聞いた聞いた。俺見たかった」
今日の学園はそこら中が昨日の噂でもちきりだった。昨日の放課後は多方面に手を回して男子は彼ら四人より十五センチ以上低い者しかいないようにしていたというのに朝の段階で多くの男子生徒たちにも噂が回っている。ああ、愉快だ。しかも彼ら四人がちゃんと来ているのが余計面白い。何のプライドなのか知らないがよくあんな恰好をした翌日に来れるものだ。きっと彼らの心は鋼なのだろう。ならもっと恥ずかしい思いをさせてやらなければね。
今日の一限目は基礎魔法学。幸いなことにあの先生ではない。それなら好きなようにさせてもらおう。
基礎魔法学の授業は先生の説明を聞いた後、一人ずつ前に出て魔法を使う。セラフィードが前に出た時が悪戯の時。それまでは普通に授業を受ける。セラフィードより先に前に出ていつも通り完璧な魔法を披露。それから何人かが前に出た後いよいよセラフィードの番だ。彼が前に出て魔法を使う。口の中だけで呪文を告げると彼の魔法が発動するのに合わせて発動させる
「……デリート」
するとたちまち霧散するセラフィードの魔法。まるで彼が失敗したよう。えっと固まる彼の無様な事。それでも気を取り直してもう一度しようとするのに私も同じことをする。かき消える魔法。固まるセラフィード。彼は青ざめてもう一度。私ももう一度。また固まる。
「どうしたのでしょう。セラフィード様」
ざわつく周りに私も頬に手を当て心配そうなふりをした。ふりをしながらも彼の魔法をかき消していく。
結局その授業の間セラフィードは一度も魔法を発動できなかった。
真っ赤な顔をして教室を出ていた彼の姿は何度思い出しても笑える。教室にいたもの全員、昨日のこともあって最後は笑っていたからね。
さて次は何をしよう
「トレーフルブラン」
歩く最中に呼ばれて私は大人しく振り返る。そこにいるのはあの先生だ。
「窓から授業を見ていたが何だあれは。お前は何を考えているんだ」
周囲には人はいません。先生なりの配慮という奴なのでしょう。それができるならこんな場所で話すべきことではないとも分かるでしょうに……。それでも問わずにはいられなかったのでしょうか。そうでしょうとも。私だって問わずにはいられませんもの。
だからこそ私は穏やかに笑います。
「何も。私は何も考えていませんよ。先生」
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