絵日記は異世界で魔法使いと

高町テル

竜の再誕 第一話

 ソウゴが夏休みにもかかわらず、学校に来ているのには立派なわけがある。

 この小学校では、夏休み中でも図書室が解放されている。ソウゴは読書感想文のための本を借りに来た。

 もちろん、夏休みに入る前に一冊の本を借りていたのだが、それは難しい推理小説だったのだ。感想文を書くどころか、読むことすらままならず、すぐさま別の本に変えようとソウゴは考えた。

 かっこつけて推理小説なんて選ぶんじゃなかった。

 それがソウゴの読書感想文の書き出しになるだろう。

 夏休みの図書室には人がいなかった。司書さんすら、いなかった。

 出かけているのだろうか。ソウゴは返却するのは後にして、ファンタジー小説が並ぶ本棚に近づいた。

 ソウゴはクラスの中では本を読む方だ。図書室にもたびたびおとずれている。本の虫ではないけど。ゲームの方が好きだけど。

 ずらりと並ぶ背表紙を眺める。本を選ぶきもは、表紙のイラストだ。小説は文字だろ、と思うかもしれないが、没入感というか、感情移入というか、とにかく読みやすくなる気がするのだ。ソウゴ的に。

 手当たり次第に本を取っては表紙を確認していく。いまいち、ピンと来るものがない。

 手は、本棚の隅っこに差し掛かった。

「なんじゃこりゃ」

 思わず声が出る。

 その本は、真っ白だった。表紙も、裏表紙も、表紙の裏も裏表紙の裏も。ぺらぺらとページをめくっても、文字もなければ絵も描かれてはない。

 メモ帳の方が何かしら書かれている始末だ。

 ソウゴはつい気になって、椅子に腰かけテーブルで広げる。

 一ページ、一ページ、ほんとに真っ白なのかを確かめている。

 真ん中の見開き、右側のページの中央に何かがあった。色は真っ白なままだが、影があって記号や文字のようなものが表されている。

 それはエンボス加工といって、紙に凹凸おうとつをつけることで絵や文字を浮き上がらせるものだ。巧妙こうみょうに、真っ白のまま何かを描いていると言える。

「文字というよりは、地図記号とか、星座占いの記号みたいだな……」

 大きさはちょうど、ソウゴの人差し指の爪くらいで――


 ――触れた瞬間、真っ白な光が視界を埋め尽くした。


   *


 ソウゴは最初、つい居眠りをしてしまい、夢を見ているのだと思った。

 しかし、ほおを撫でるさわやかな風や、鼻をくすぐる草木の匂いが、ソウゴに疑問を持たせ、遠くから聞こえる鳥の声、そして目の前に広がる深い森の景色が、ただの夢ではないことをソウゴに認めさせた。

「へ……?」

 木々の隙間から日差しが入り込み、なだらかな地面にき詰められた枯れ葉や枝を照らし出す。

 森だ。

「森?」

 なんで森?

 ソウゴがさっきまでいたのは小学校の図書室だ。なのにいきなり、目の前に森があるのはおかしい。前後左右、おまけに上下を見たって、そこは大自然の中だ。

「どうなってんだよ……」

 ソウゴはふらふらと歩きだす。何をしていいのかわからなかったが、その場にいたってどうにもならない。

 ガサガサ、と音が鳴った。草を何かがき分ける音だ。

 ソウゴは驚いて動けなくなった。

 目の前におどり出たのは、鳥だ。赤い羽毛はふんわりとしていて、翼は小さく全体的に丸っこい。細い脚がしゅっと伸びていて、飛ぶよりも走ることが得意そうに見えた。

 しかし、それらは大きな特徴ではない。

 ひと際大きく目に入るのは、角だ。鶏のあの、赤いトサカなんかではない。

 見るからに硬そうで、先端が尖っていて、まるでサイの角に似ていた。

 棒立ちのソウゴに気付いたその鳥は、立派な角を見せびらかすように掲げ、大きな声で鳴いた。

「ゲェェエエ!」

「ぉおっ!?」

 ビクッ、と体を震わせたソウゴを見て満足したのか、鳥は楽しげに体を震わせ、すたこらとその場を去っていく。

「何なんだよ……」

 威嚇いかくされたというよりは、いたずらを仕掛けられた気分になった。

 あの角が生えた鳥は一体何だろう。あんな鳥は日本にはいないはずだ。それどころか、地球に存在する生き物なのか?

「いや、そんなことよりも」

 ソウゴは考えても仕方がないと思い、今度は確かな足取りで歩き始める。

 人、もしくは人がいそうな場所を探すしかない。

 そうして歩くこと、数分。

 ソウゴは山から流れてくる川辺の砂利道に出た。木々が開けて、空の青色がまぶしく光る。

 そういえば、去年の夏に、こんな川辺で家族とバーベキューをしたっけな。

 ソウゴはそんなことを思い出しながら、砂利を踏みしめる音を鳴らし、山の方から流れる川に近づいた。

 川の水はとても澄んでいて、手をひたすと気持ちのいい冷たさが伝わってくる。

「……あんまり暑くないんだよなあ、夏なのに」

 暑くもなく、寒くもない。過ごしやすい、ちょうどいい気温だ。現に歩いていても汗はかいていない。

 不意に、川の上流から影が流れてくる。それは、おそらく魚だった。

 ひょろりとして茶色がかった体の真横から、緑色の大きなヒレがぴん、と生えている。形状だけを見るとトビウオに似ているが、ヒレをよく見ると葉脈ようみゃくが浮き出る葉っぱによく似ていた。

 つまり、葉っぱの付いた枝が、川に流されているように見える。

「わけわかんねー」

 もちろん、こんな姿の魚をソウゴは見たことも聞いたこともない。

 おかしなことになっていると、再確認したソウゴは、下流の人影を見つけた。

「あのー!」

 ソウゴは慌てて人影に向かう。

 不思議な身なりをした女性だった。彼女もまた、ソウゴと同様に流れる川に片手を浸していた。

 フードの付いた、青みがかった黒いローブを身にまとい、右手には木の杖が握られている。杖と言っても、歩行を補助するものではなく、上方の先端部分には青く輝く石が付けられている。

 さながら魔法の杖であり、その全体的な出で立ちは魔女、あるいは魔法使いという言葉がよく似合う姿だった。

 怪しい格好だが、角が生えた鳥や、枝葉に似た魚よりはまともな気がする。

 エメラルドグリーンの瞳を向けられたソウゴは、顔が熱くなるのを感じた。

 きらめく金髪をした、きれいなお姉さんである。

「あの、ここってどこですか? おれ、図書室にいたのに、いつの間にかここにいて」

 しかし、女性はきょとんとして首を軽くかしげた。

 しまった、とソウゴは思った。顔立ちを見るに、女性は外国人だ。日本語は通じないかもしれない。

「は、はろー……?」

 女性は納得したように頷くと、杖で地面をこつんと叩いた。すると、叩かれた部分を中心に光の円が生まれる。

「ええっ!?」

 驚くソウゴをよそに、円の中をいくつもの光の線が走り、文字や記号みたいな形を作り出していく。複雑な模様が浮かび上がった光の円が、突如ソウゴの足元に滑り込む。

「わっ」

 光の円がくるくると回転しながら、ソウゴの足元から昇っていく。驚きはしたが、不思議と怖い感じはしなかった。光の円が顔のあたりを通過すると、真っ白な光が視界を塗りつぶし、ぱちん、という軽い破裂音はれつおんが鳴ったと思うと視界は元に戻っていた。

 呆然ぼうぜんとするソウゴを見かねて、女性が口を開いた。

「もし、言葉は通じるだろうか。何かしゃべっておくれ」

「えっ、あ、はい。わかります」

「なら、よかった」

 女性は微笑んだ。

 ソウゴは疑問だらけだ。

「い、いまのは?」

「きみの言葉がわからなくてね。【かたらいの魔法】を使わせてもらったよ」

 【語らいの魔法】

 ソウゴは頭の中で復唱した。名前のニュアンスからするに、きっと話が可能となる魔法なんだろう。

「魔法!?」

 ソウゴは混乱している。

「ああ、そうだよ。私は魔法使いだからね」

 女性はそう言うと、自身の姿をアピールするために腕を広げた。

 確かにどこからどう見ても魔法使いのよそおいをしている。

 だからといって、サンタクロースが実在しないことに気付いているソウゴには、鵜呑うのみにできるはずもなかった。

「魔法だって、そんな、ゲームとか漫画の中だけで」

「どうやらきみは、こことは違う世界から来たようだね」

 女性の言葉に釣られて思い出すのは、図書室で本を探していた時の記憶。次々と手に取って表紙を確かめていた時、主人公が異世界へ行って冒険する小説がいくつかあった。

「まさか……」

「たまにいるんだ。きみみたいな、違う世界から来た人が。私たちは、そういう人たちのことを、マレビトと呼んでいる」

 まさか、ソウゴは、信じられないことに、異世界に来てしまった、ようだ。

「私の名前はエル。きみの名前は?」

「……おれは、ソウゴ。湯上奏悟ゆがみそうご

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