銀髪碧眼の空想のお姉ちゃんが現実にやって来る百合

壊滅的な扇子

プロローグ 

 空はぼんやりと温かい色に染まっているけれど、吹く風は冬らしく冷たい。中学校からの帰り道を私たちは並んで歩いていた。


「瑞希ちゃん。同じ高校に行こうね」


 私の一番の親友の亜美ちゃんが手を差し出してくる。亜美ちゃんは可愛くて、頭が良くて、運動もできるすごい女の子だ。そんな人の隣に立てることを私は嬉しく思っていたし、いつまでも隣にいたいと思っていた。


 趣味も性格も違うけれど、それでも私たちは仲が良かったのだ。


 だから私はぎゅっとその手を握った。


 冬の空気で冷え切った手のひらを亜美ちゃんの温もりが包む。


「……うん。最後の模試でA判定貰えるように頑張るね」


 私は白い息を吐きながら告げた。


 高校受験。一般的には塾の模試でB判定なら合格を期待できる。けれど落ちる人も少なからずいる。BにAほどの安定感はない。


「お父さんとお母さん、やっぱりB判定じゃだめだって?」

「うん。だから勉強、もっと頑張らないと」


 私は精一杯の笑顔で笑った。A判定を目指して一年。勉強はたくさん頑張ってきた。けれど一度も届いたことはない。もしも次、A判定を取れなければ私は亜美ちゃんと同じ高校を受けることすらできないのだ。

 

「もしも落ちたらどうするの?」とか「お前のためを思って言ってるんだ」とか。そんな両親の意見に逆らって自分の気持ちを押し通せば、そして万が一にも受験に失敗してしまえば、きっとまた家庭が乱れてしまう。


 私はうつむきながら、亜美ちゃんの隣を歩いていた。模試でA判定を取るのは現実的ではない。息が苦しくなるほどの努力をしても、B判定の真ん中くらい。


 私はもうすぐ、亜美ちゃんの隣に立てなくなってしまうのだろう。


 そう考えると、胸が締め付けられるようだった。


 亜美ちゃんの横顔をじっとみつめる。綺麗だし、本当にすごい子だなって思う。どうして私は亜美ちゃんほど頭が良くないのだろう。そのことが情けなくて仕方がないのだ。


「……どうしたの? 瑞希ちゃん」

「えっ?」


 亜美ちゃんが心配そうに眉をひそめて、私をみつめてくる。


「泣いてるから」


 慌てて目元を指先で拭う。私はうつむいて「なんでもないよ」とつげた。


「なんでもないのなら、どうして泣いてるの?」


 亜美ちゃんは私をじっと見つめてきた。この人は真っすぐな性格をしている。遠回りな言い方はしてこない。それを嫌う人もいるけれど、私は好きだ。けれど今だけはやめてほしかった。


 だって情けなさ過ぎる。自分の能力が足りなくて、涙を流してるなんて。


 どうしようもないことで泣くのはいい。けれど受験は私がもう少し賢ければ、どうにかなったことなのだ。


 黙り込んでいると亜美ちゃんはぎゅっと私の手を握った。


「私に話して。親友でしょ?」

「……やだ」


 亜美ちゃんはとても悲しそうな瞳をしていた。だけどため息をついたかと思うと、私の頭に優しく手を伸ばす。


「私だって悩みはたくさんある。けれどあんまり話したことないでしょ? それは強がりたいからだよ。瑞希ちゃんにいい所だけみせたいから。悩みを隠したがる気持ちは分かる。でもね、そんな、泣いちゃうくらい苦しんでるのなら話してほしいよ」


 本当に亜美ちゃんは優しい。きっと亜美ちゃんはどれだけ私が弱くて馬鹿でも、私の親友でいてくれるのだろう。私にはもったいないくらいだ。


 涙をぬぐいながらつげる。


「私ね、きっと模試でA判定取れない。これまでたくさん、たくさん頑張って来たのに、ずっとB判定の真ん中くらいで。だから、だからっ……。亜美ちゃんと同じ高校に行けないのっ……」


 すると亜美ちゃんは突然、私の手を引っ張って家とは反対側に歩き始めた。


「亜美ちゃん……?」

「ついてきて」

「どこいくの?」

「神様にお願いするんだよ」


 そうして歩きながら亜美ちゃんは笑顔を浮かべた。


「それにね、もしも同じ高校に行けなかったとしても、私たちはずっと親友だからね! そこは心配なんてしなくてもいい。もしもそんなことで悩んでたのなら、瑞希ちゃんは馬鹿だよ」


 私は目をぱちくりさせて亜美ちゃんをみつめる。


「ば、馬鹿って。ひどいよ亜美ちゃん……」

「瑞希ちゃんこそひどいよ。私たちの友情がそんな薄っぺらいものだと思ってたんでしょ? 私たちの友情は永遠だよ。だから大丈夫だよ。瑞希ちゃん」


 亜美ちゃんの手はあったかい。亜美ちゃんの背中は頼もしい。亜美ちゃんの声は優しい。亜美ちゃんは本当に私の一番の親友だ。

 

「……ありがとう」


 私が笑顔でささやくと亜美ちゃんは胸を張って、神社へ続く石造りの階段をずんずんと上っていく。


「もしも別々の高校になったとしても大丈夫。けど、私としては出来れば同じ高校がいいけどね」

「……うん。私もだよ」


 階段を登りきると鳥居が現れた。私たちは二人で石畳を歩いて、お賽銭箱の前までたどり着く。そして五円玉を投げてから、一緒に鈴を鳴らした。


「ずっと一緒にいさせてください」と。


 だけど願いが聞き入れられることはなかった。

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