第4話 おばあちゃんが生きてて、お母さんが死ねばよかったのにー!」

 数日後、あの日のことを思い出させる事が起きました。放課後、お友達と校庭で遊んでいると、あきら叔父さんの声が聞こえてきました。

「おい、りん、早く来い!病院行くぞ。」

 私は病院という言葉を聞いて凍りつき、その場から動けませんでした。あきら叔父さんが抱えてくれて車に乗り込むと、お母さんが仕事中足を滑らせて頭を打ったらしく、今病院で治療中だと知らされました。意識がないそうです。

 病院についても私は怖くて歩けませんでした。あきら叔父さんに支えられながら病室に着くと、お母さんはベッドで寝ていました。おじさんが病院の先生から話を聞いて軽い脳震とうで2、3日安静にしていれば退院できると教えてくれました。私はホッとしてベットの横にある丸いすに崩れるように座り込みました。

 お母さんはまだ眠っていて、私はお母さんの顔をじっと見ていました。眠っていても眉間にはいつものように深く皺が刻まれていました。目から溢れるように涙がこぼれ落ちました。私は涙を拭うこともせず、ただお母さんの顔をじっと見つめていました。

 お母さんはなんでいつもイライラしているんだろう。お母さんはなんでそんなに忙しいんだろう。たくさん働くのはうちにはお金がないから?それとも仕事が好きだから?お母さんはなんで私を産んだんだろう。


 その日の夜、久しぶりにお父さんが帰って来ました。病院に駆け込んだらお母さんに

「なんできたの?大げさねぇ」

と言われたそうです。肩を落としてまた仕事に戻っていきました。今夜は徹夜だそうです。可哀想なお父さん。お父さんの顔見たら少しだけ元気になりましたが、今日くらいは一緒にいたかったです。

 お母さんが病院にいる間あきら叔父さんの家に泊まりました。やなりと話をしたかったのですが、やなりのことをあきら叔父さんに言えないので我慢しました。

 お母さんが退院した日の事です。

「ただいま」

「お母さん。」

「りん、悪かったわね心配させて。ごめんね。ちょっと疲れが溜まってたのかな。いつもはあんなところで足を滑らすなんてことないんだけどね。でもさすがでしょ。どこも怪我してないんだから。なんたってこの大自然で育ったんだもんね。あんな庭みたいな所で怪我なんてするもんですか!あはははは」

「お母さん!!私がどんだけ怖かったかわかってる?今度こそひとりぼっちになるかと思ったんだよ。私がひとりになってもいいの?お母さんは私の事どうなってもいいの?」

「りん、お母さんは、」

「いつもこの家に一人で留守番してても私はお母さんに文句言わないでしょ。でもお母さんは私に文句ばかり言って。あなたの為ってなに?ほんとにそれは私の為なの?私が求めた事なの?私はお母さんのなに?私はどうすればいいの?おばあちゃんが生きてて、お母さんが死ねばよかったのにー!」


 私は部屋に入ると凄く後悔しました。お母さんになんてこと言っちゃったんだろう。取り返しのつかない事をしてしまった。と布団の中で頭を抱えていると、部屋の外からお母さんが

「話があるから出てきて。」

 と言ってきました。せっかくの謝るチャンスを私は

「ほっといてよ!顔も見たくない!」

と言う言葉で棒に振ってしまいました。なんていじっぱりな私でしょう。悲しげな空気が部屋の中まで入ってくるのがわかりました。

 しばらくすると、やなりが話しかけてきました。

「おいりん、やっちまったなあ。おまえはほんとに真っ直ぐなやつだなあ。気持ちはわかるけどな。」

「やなり、私やっぱりやっちゃったかなあ?」

「ああ、もう申し分ないくらいやっちゃいましたね。」

「あーどうしよう。だってお母さんが悪いんだよ。あんな心配したのにあはははは、って。誰でも腹立つわよ。」

「ああ、そうだな。でも死ねばよかったのにってのは、会心の一撃だね。」

「あーもう言わないでー。わかってるから。私が最悪なのは。」

「おまえさあ、本当はお母さんの事どう思ってるんだ?」

「どうって?」

「お母さんの事、大好きなんだろ。」

「なっ!なに」

「あーもう、見ていてイライラする似た者親子だなあ。オレはずーっと見てるからわかるの。お前たちがなによりも大切に思ってるのはお互いだってこと。だいたい気の使い方が間違ってるんだよね。母親は子供の人生のことに気を使いすぎて、子供は親の仕事や身体のことに気を使い過ぎ。気を使い過ぎて思ってることも伝えられなくなる。おまえはもっと甘えていいんだぜ。子供なんだから。寂しいなら寂しいって。」

「ぐわー!そんなこと絶対言えない。」

「いや、さっき言ってるし。」

「言ってないわよ。」

「私がひとりになってもいいのー?ってそう言うことだろ?」

「ぜんぜんちがう!」

「・・おまえのお母さんの事ちょっと教えようか?」

「えっ、・・・うん。」

「おまえのお母さんな、若い頃ある日突然女優になるって言ってこの家を飛び出して行ったんだ。なんでも当時テレビドラマや映画とかに出ていた女優さんに憧れて、私もこんな仕事がしたいって。なんの経験もないのにな。そう思ったら居ても立っても居られず、さっさと行っちまった。なっ、おまえみたいだろ?」

「うるさい、続けて。」

「それでな、その女優さんの事務所で待ち伏せして弟子にしてくださいってな。その女優さんもびっくりしただろうな。何処の馬の骨ともわからない子が、いきなり弟子にしてくれだもんな。しかもこんな田舎から手ぶらで行ってるんだぜ。とりあえず話をしているうちに、どういう訳かその女優さんに気に入られてな、暫く付き人をやってたみたいだな。少しずつテレビや映画に出してもらってた頃、突然この家に帰ってきて、私はこの子のためにここで暮らす。って大きなお腹を指さして宣言するかの様に叫んでたな。ここに帰ってきた理由は、この子は私の子だからこのくらい広い遊び場がなけりゃ物足りないからだってさ。。。

 おまえ・・・お父さんの子でもあるのにな・・・。おまえのお父さん、なんかかわいそう。あっ、そうそう、おまえのお父さんはその女優さんの事務所で働いていたそうだよ。」

「へー知らなかった。そうなんだ。」

「お母さんな、おまえを産んでからと言うもの、バリバリ働いてたなぁ。いつも帰りが遅かったもんな。なんでそんなに働いているかわかるか?」

「仕事が好きなんでしょ?」

「おまえはほんとに・・・。おまえの為なんだよ。おまえが将来何かをやりたいってなったらちゃんとスキルを身につける環境を整えてあげるんだとさ。そのためにはお金がかかるだろ?きっと自分の経験から勢いだけじゃダメだと思ったんだな。」

「やっぱりお母さんは、私のことなーんにもわかってない。私はお母さんの力を借りなくてもできるもん。」

「だから!だからおまえはダメなの!甘えてしまえ!今回のことで自分一人では何も出来ないことがわかっただろ。いかに自分が周りから助けてもらっているか、わかっただろ。自分でできる事は自分でやって、助けて欲しい時は助けてもらう。それでいいだろ!」

「まあ、そうだけどさ。」

「あとは自分で考えるんだな。まったく・・頑固だねぇ。」






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