森の野営地(2)
篝火に見守られて眠りに落ちようとするキャンプで、思わずというように爆笑したミアだが、
「ご……、ごめ……、ごめんなさい――」
多方面に謝りながらけんめいに笑いを飲みこもうとがんばっていた。
竪琴を抱えて顔を伏せ、肩を震わせている。
「そこまで可笑しいかよ……」
「違うの、だって――」
ムスッと口をとがらせたエッダの顔を見て、またこみあげる笑いにむせこむ。
「――か……、だ……っ、だって、かわいい……!」
「は?」
「ごめんなさい。
勇者さまに向かって失礼だわね」
「……いい。子どもみたいな背丈なのは事実だ」
エッダはそっぽを向いて燻製肉が乗ったパンにかじりついた。
「本当に、巨人の血をひいてるの?」
「ん」
「そうだったの。だから、あんなことができるのね」
「ちょっと違う」
小さい樽から直にエールをのどに流し入れて、否定する。
「え?」
「里の
子どもも――わたしより幼い子どもでも、わたしほど小さくない。
力もそんなにない」
「あなたと同じ血をひいた人々の里からあなたは来た。
そこでもエッダは特別だったのね」
「そう」
エッダは妖魔の特徴をそなえたミアの長身をしげしげと見てから、食事の皿に目を戻した。少しの間考え、言葉を選ぶ。
「私の里は北の方の小さい島だ」
「ああやっぱり、伝説の『岩山の
「そう。
ヒトの目から見て岩山のように大きく堅い。
そしてヒトの妻子といっしょに小さい島に住んだ。
彼の子どもも、その子も、また子どもの子もヒトより少し大きくて、
ヒトより少し力持ちなだけだった。
でも、わたしは巨人と同じことができる」
「たとえば?」
たずねて、ミアは琴の低音の弦を鳴らした。
「たとえば――これぐらいの丘を、巨人は一跨ぎで越える。
同じ速さで私も越えられる。
この丘を、巨人は一抱えで持ち上げて丸めて投げられる。
私は持ち上げられないけど、ひっくり返して同じぐらい遠くに飛ばせる」
高音をひとつ爪弾いて、「わぁ……!」と感嘆する。
「さっきの――あれより凄いことができるのね」
「うん」
「なぜ、あなただけ?」
「知らない」
エッダは火明りに透けるアッシュブロンドを揺らして頭を振った。
「わたしも、できないときもある。
地維の力を借りられないとできない。
祖父とわたし以外は、いつも借りられない。それだけ」
「――それだけの巨人の子、それだけの勇者」
歌うようにささやきながら、調律の仕上げに3つの和音を奏でて、琴をケースにしまう。ようやくスープのカップを手にして顔をしかめた。
「セージが入ってる」
「クマニラも。冷めると飲めたもんじゃない」
「それ、はやく教えてよ」
魔除けの葉菜は苦手なのか――とは口にせず、皿ごとのパンとスープのカップを交換してやる。
「ありがと。助けてもらってばかりね。
――ごめんなさいね」
「ん?」
「わたしがいなければ、ただの犬の群れなんか振り切っておしまいだったし、
そもそも、とっくに町に着いていたんでしょ?」
ミアはしゅんとした様子でもなく、事実をそのまま言う口調だ。重くならない
のはエッダも助かる。
「わたし、まだ付いて行っていいかしら」
「いいよ」
「足手まといばっかりじゃないわよ、地図も持ってるし、小銭も稼げ……え?
いいの?」
「うん」
苦いハーブを噛みながら無感動にうなずくエッダの顔を、ミアはまじまじと見た。
みはった猫目の青い眸も瞳孔も、まんまるになっている。
「さっきは助かったし」
「さっき?」
「支援魔法」
「かけてないわよ」
「え?」
「ぜんぜん要らなそうだったもの。
それより、とっとと離れてほしいんだと思って」
それはそうなのだが。
「要るなら、かけるわよ?
胸を張って言うミアをじっと見て、エッダはよく思い出そうとする。
背中にミアの声を受けて森に向き合ったとき、たしかに力が溢れるのを感じた。
「やっぱり要らなそうだけど――あなたは討伐パーティを集めるのよね。
ほかに仲間ができたら、わたしがただのお荷物じゃなくて、
使える荷物だってわかるわよ」
うるさいとは思いこそすれ荷物に感じたわけではなかったが。
そのとき、炭になってゆく薪木が鳴って、なぜか、石敷きの道路に硬貨の袋が落ちた音と、泣きそうなアリスの声を思い出した。
「――あんたは担がれるの、いやがらないんだな」
「だってエッダは追いつかれた私を守るより、運んじゃうほうが楽なんでしょう?
おたがい楽ならいいじゃない」
見捨てて行かれるという発想はないのだろうか。
都までいっしょに来てくれた仲間に見切りをつけた話はしたのに。
「アリスはすごくイヤがったんだ。あんたより軽いのに」
「ちょっと、失礼ね!」
ミアは屈託なく笑う。
アリスも笑ってくれたなら、ほんとうに楽だったのに――とエッダは思う。
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