第2話 日常

「おはよう悠里」

「おはようお母さん」


 いつも通り声を交わす。リビングには既にお父さんと妹がいた。予想通り、パンとスープが机上に並べられている。


「いただきます」


 パンを噛じる。バターが染み出てきて美味しい。いつもこの味がないと元気が出ない。

 目の前の妹も大きな口でパンを頬張っている。その姿に愛嬌を感じ、ふふっと笑みが漏れた。今日も一日頑張ろう。


 朝食を食べ終えたところで部屋に戻る。いつも通り髪を梳かして整え、いつも通り制服に着替えてネクタイを締める。


「行ってらっしゃい」


 母が弁当を差し出しながら笑顔で僕を送り出す。


「行ってきます」


 弁当をありがたく受け取り、扉を押す。出てすぐ右に大きな桜の木がある。ひらひらと花びらが空気に乗って流れていく。それを見ながら僕は新しい気持ちで一歩を踏み出した──。


 学校への道のりは約15分。受験に合格し、第一志望の高校へ進学が決まった。最初こそは家族と喜びを分かちあったが、これから始まる高校生活、楽しみもあれば不安もある。僕の課題は、──友達ができるか、だ。中学の頃は俗に言う「陰キャ」だった。いつもクラスの隅っこで本を読んでいて、一人の時間を多く過ごした。一人の時間も悪くなかったけど、友達と楽しそうに喋っているクラスメイトを見ると、羨ましい気持ちも多々あった。無理もない。人と話すのが苦手な僕にとって、友達という存在は憧れだった。

 心機一転し、高校ではせめて一人でもいいから友人が欲しい。そんな気持ちを胸に秘め、確実に一歩ずつ学校までの道のりを歩む。


 校舎が見えてきた。正門には「入学式」の文字がある。新入生が続々と正門をくぐっていく。なんだか、きらきらしている。これから始まる高校生活。どんな出来事が起こるか、妄想してみる。

 「入学式で友達ができる」

 「体育祭でクラスみんなで盛り上がる」

 「彼女ができたり……」

 期待が膨らむ。最後のはちょっと無理があるが、そんなことを考えている自分においおいと喝を入れる。


 少し歩くと目の前に大きな紙が張り出されていた。


「新入生 クラス」


 誰かと一緒になりたい訳では無いが、何故か胸がどきどきする。名前を探す。6組、35番、藤田悠里。見つけた。


 教室へ入ると既に何人か席に着いていた。皆前を見て大人しく座っている。


「入学おめでとう」


 黒板に書かれている大きな文字。改めて高校生活が始まるのだと自覚する。

 自分の席に着く。やがて僕のクラスの担任らしき人が教室に入って来た。


「入学おめでとう。担任の白井です。みんなよろしくね」


 若い清潔感のある女性教師だ。これからお世話になる先生に、心の中でお辞儀をした。

 ふと視線を感じた。僕が座っている席のやや左前。一人の女の子がこちらを見ていた。


 目が合った。


 どきっとして反射的に目を逸らしてしまった。女の子も前を向く。


 何だったのだろう。


 初めての経験に胸がどきどきした。しかし先生の「大事なお知らせがあります」という言葉にすぐ耳を傾ける。


「入学してすぐだけど、一週間後に遠足があります。詳細は明日伝えますね。そしてこの後は部活動見学があります。参加は自由です。けど、なるべく参加するように」


 「解散」という言葉を耳にしたクラスメイトは次々に席を立つ。きゃっきゃとした声があちこちから聞こえる。もう友達ができたのか……。

  羨ましいな、と思っていると背後で「ねぇ」と声がした。振り向くとそこにはさっき僕のことを見ていた女の子がいた──。

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