禁断の『魅了』の術を使っただろうと難癖を付けられ、婚約破棄宣言されました

uribou

第1話

「チャーミー・ヤングブラッド侯爵令嬢! 私はそなたとの婚約を破棄する!」


 アカデミーの学期末パーティーの会場に朗々と響く声。

 わたくしを婚約破棄できる者は一人しかいない。

 顔と声と身分だけはムダにいい第一王子クライド殿下、すなわちわたくしの婚約者だ。

 まったくおバカなのだから。

 同じ首から上でも、もうちょっと中身の方にパラメーターを振ればいいのに。


 わたくしは振り向けなかった。

 何故ならスイーツを口一杯に放り込んだところだったから。

 頭が悪けりゃタイミングまで悪い。

 せっかくの一大イベントなんだから、こっちの都合も考えて欲しいものだ。


 扇で口元を隠しながら高速で細かくもぐもぐする。

 傍からは動揺してかすかに震えている、健気な侯爵令嬢に見えるんじゃないかな?

 脇にいた親友、スタインメッツ公爵家の令嬢ブリトニーがそっと囁く。


「健気に見えるんじゃないかなって考えてるんだろうけど、ムリだから」

「……」

「早く飲み込んじゃいなさいな」


 くっ、さすがブリトニー。

 いや、同じテーブルを囲んでいた方々にはわたくしの本性がバレているから通用しないようだ。


「どうしたチャーミー。何か言うことはないか?」

「特にありません」


 何か言うこととは?

 殿下の左腕に巻きついているものを見れば、会場の全員が状況を把握すると思うけど。

 殿下の瞳色に合わせた濃い緑のドレスなんか着ているから、新種の蔓植物かと思ったわ。


 まあ殿下が最近その伯爵家の蔓植物と懇意にしていることは知っているから、婚約破棄宣言は計算の内。

 婚約破棄の会場にお偉方が出席しない、アカデミーの学期末パーティーを選んだところまでは気を利かせたなあと思う。

 ただ相手が伯爵家の蔓植物では、クライド殿下が王太子に指名されるのはかなりの偶然と運が必要になっちゃうと思うよ?

 他の王子が流行り病で全員お亡くなりになるとか。


 で、婚約破棄するならわたくしの非を鳴らさなければならないわけだけど、一体どうするつもりなんだろう?

 テンプレ通り、わたくしが蔓植物を過度に剪定したとか言い出すのだろうか?

 そんなすぐに王家の影に否定されるようなこと堂々と言ったら笑うなー。


「チャーミー、そなたが私に興味がないことはわかっていた」

「そんなことはございません」

「そうか?」

「はい」


 第一王子の地位とかわたくしの将来の王妃の可能性とか、興味がないわけはないではありませんか。

 あれ? 殿下本人に興味があるわけではないかもしれないな?


「私ばかりがチャーミーを好いているのは納得いかんではないか」

「はあ」


 えっ? 殿下ったらわたくしを好きだったの?

 完全な政略だと思ってたけど。

 思いもよらぬ展開になったぞ?


「あのう、ではそちらの蔓……御令嬢は何のためにまとわりつかせているのでしょう? そしてわたくしが婚約破棄される理由は?」


 これはわたくしだけの疑問ではない。

 会場皆が首かしげているからね?


「ヒラリー・ディクソン伯爵令嬢もまた私の好みなのだ。ほら、私は心が広いから」

「知らんがな」


 あっ、つい本音がポロリとこぼれてしまった。

 淑女らしくもない。

 あんまり殿下がどうでもい……愉快なことを仰るから。


「そなたを婚約破棄する理由、それは『魅了』だ。チャーミーよ、そなたは『魅了』の使い手だろう!」

「は?」


 とだけ口にするのが精一杯だった。

 わたくしとしたことが動揺を隠し切れない。

 確かにわたくしは禁断の魔法『魅了』の使い手だ。

 しかしそれを知っているのは両手の指の数ほどもいない。

 弟妹ですら知らないくらいだ。


 貴重で強力な魔法の使い手だからこそ、王太子本命のクライド殿下の婚約者に推されたという裏事情がある。

 国王夫妻がクライド殿下に話したのか?

 しかしそれをパーティーで公表する理由は?

 殿下がおバカで暴走しているから以外の理由があるのか?


 わたくしが『魅了』の使い手であることを知る唯一の友人ブリトニーと視線を交わす。

 しらばっくれて情報を引き出せ?

 了解。


「何のことだかわかりかねるのですが」

「とぼけてもムダだ! 私がチャーミーに惹かれる事実、それこそそなたが私に対して『魅了』を行使している証拠ではないか!」

「知らんがな」


 あっ、また淑女らしからぬセリフが!

 もう、殿下のせいでわたくしの評判まで下がったらどうしてくれる!

 わたくしの『魅了』は強力過ぎるから、殿下になんか使ってないわ。

 殿下がわたくしに惚れてるのは、わたくしが可愛くて賢いからだわ。


「それにチャーミーの五代前の先祖には『魅了』の使い手がいる!」

「はあ」


 それは事実だ。

 よく調べたな。

 わたくしはおそらく古の『魅了』の使い手、社交界を混沌の坩堝に陥れたという聖妖婦サンドラの血が強く出ているのだろう。

 しかし聖妖婦サンドラの子孫もまた多いのに、それを根拠にするって大胆だな。


「根拠はそれだけでございますか?」

「む? ああ」

「クライド殿下に一つ提案がございます」

「何だ?」

「今宵の婚約破棄劇は冗談だった、というのはいかがでしょう?」

「バカなことを言うな!」


 だから殿下の美声はムダに響くんだって。


「バカなことではございません。殿下が婚約破棄宣言したところで、陛下御夫妻が承諾しないことには認められないのですから」

「そうなのか?」

「はい。王位継承権保持者の婚約は国事ですから厳密なのです」

「ふむ?」


 ふむじゃないわ。

 マジで知らなかったみたいだな?


「国事に関わる重大事を相談もせず勝手に何をしているのだと。つまり今冗談ということにしておかないと、婚約破棄が認められないばかりか、殿下は王妃様にこっぴどく叱られてしまうということです」

「げ!」


 王妃様は怒るとメチャクチャ怖いですからね。


「わ、わかった。皆の者! 私の先ほどの婚約破棄宣言はパーティーの余興だ! 冗談である! そう心得よ!」


 さて、これでどこまで誤魔化せるかな?

 『魅了』については枝葉の問題になったと思いたいけど……。


          ◇


 ――――――――――ディクソン伯爵家の蔓植物令嬢ヒラリー視点。


「ヒラリー様。少々お時間よろしいかしら?」

「はい……」


 パーティーの終わりがけに、スタインメッツ公爵家のブリトニー様達に捕まってしまいました。

 皆様、クライド殿下の婚約者チャーミー様と親しい方達です。

 そして何事かと多くの令息令嬢が興味深げに様子を見ています。

 はわわわわ。


「今日のクライド殿下の滑稽……有様はどういうことですの?」

「そそそそそう申されましても……」

「あなた、クライド殿下と大層接触面積が大きかったではないですか」

「そそそそそうせよと命じられていましたので……」


 ブリトニー様が扇の向こうではあ、とため息を吐いたように見えます。


「ヒラリー様、深呼吸でもして落ち着きなさいませ」

「は、はい」


 ブリトニー様は怒っているわけではないようです。

 ちょっと安心しました。


「初めからお話しくださいませ。ヒラリー様はクライド殿下と急に近しくなったように見えましたが」

「はい、一ヶ月ほど前にお話しする機会がございまして……」


 殿下がどれほどチャーミー様を愛しているか。

 美貌と気品と知性と、そしてお茶目なところうんぬん。

 延々と聞かされました。


「殿下がチャーミーを愛しておられることは周知の事実でしたものね」

「はい、私も何を聞かされているのだろうと疑問でした」

「しかし最近殿下とヒラリー様の仲が良いこともまた広まりつつありましたが?」

「側妃になってくれまいかと、殿下が仰られまして」

「側妃? クライド殿下ったらチャーミーと結婚すらしていないのに側妃ですって?」


 私もおかしいとは思うのですけれども、殿下には逆らえませんし。


「わ、私の身体が好みだそうで。心に潜む獣を制しきれないから何とかしてくれと」

「あらまあ、殿下は率直でいらっしゃいますね」


 苦笑が起きます。

 遠巻きにしている令息令嬢もハッキリ私に注目しています。

 恥ずかしいです。


「殿下の戯れ言だと思うのです。王家から正式に打診があったわけでもございませんし」

「王家から話がないのは当然でしょうね。でも殿下は本気だと思いますよ」


 周りの皆さんも頷いていらっしゃいます。

 クライド殿下って一体?


「わからないのはそこからどうして婚約破棄などという拗れ方をしたかです。ヒラリー様、御存知ありません?」

「殿下はチャーミー様に不満があったようなのです」

「あのチャーミーに不満? それは何かしら?」

「手も握らせてくれないと」

「「「「「「「「あー」」」」」」」」


 皆さん納得の表情です。


「私がこんなにチャーミーを恋うているのに応えてくれないのには理由がある。そうだ、きっと『魅了』を使っているに違いないと仰せられまして」

「大方の事情は察しました。皆さんよろしいですか?」


 ブリトニー様の声が鋭さを帯びます。


「今宵の出来事はクライド殿下御自身が余興だ冗談だと仰られました。意味はおわかりですね?」


 意味?

 殿下が道化になった以外に何かありましたでしょうか?


「下手に口外すると、後でどんなお咎めがあるかわからないということです」


 あっ、そうです!

 場が緊張します。


 今日の公開婚約破棄イベントは、クライド殿下の黒歴史として闇に葬られる可能性が高い?

 もしそうなると、面白おかしく噂話として吹聴していれば不敬罪に問われるかもしれません。

 また王家やヤングブラッド侯爵家に慰謝料を請求されることも?

 裁判になったら勝てるわけがありません。

 お家の一大事になってしまいます!

 ブリトニー様の御忠告に心から感謝いたします。


 軽く微笑みを見せるブリトニー様。


「今この場にいない皆様にもよくよく注意してあげてくださいませ」


          ◇


 ――――――――――後日、ヤングブラッド侯爵家邸にて。スタインメッツ公爵家の令嬢ブリトニー視点。


「……ってことよ」


 クライド殿下とチャーミーが去った後、パーティーがどう収束したかを伝えに来たのだ。

 チャーミーはさほど心配していなかったようだけど。


「ありがとう。さすがにブリトニーはやることが早いわ」

「だって学期末パーティーじゃないの。あの場で口止めしておかないと、次の日以降に話す機会がないわ。国が乱れてしまう」

「そうね」


 ミックスジュースの甘酸っぱさが喉を刺激する。

 そろそろブルーベリーの季節も終わりかしらね。


「ごめんなさいね」

「えっ、何が?」

「あのバカをチャーミーに押し付けちゃったこと」


 本来ならクライド殿下の婚約者は私になるはずだった。

 でもどうしても耐えられなかったのだ。

 殿下の無自覚な傲慢さに、知性の感じられない無神経さに。

 そして年を経て、その精神に成長が見られないことに絶望した。

 

 たまたま王宮で陛下とヤングブラッド侯爵の会話を耳にしてしまった。

 チャーミーが『魅了』持ちであることを口外しない代わりに、クライド殿下の婚約者候補から私を外すことを要求した。

 これは王家にとってもヤングブラッド侯爵家にとってもスタインメッツ公爵家にとってもメリットのある提案だった。

 王家は危険で利用価値のある『魅了』持ちを囲える。

 ヤングブラッド侯爵家は各方面から狙われ得るチャーミーを保護してもらえ、かつ王家への忠誠もアピールできる。

 そして我がスタインメッツ公爵家はダメ王子と関わらずにすむ。


「何だ、そんなことなの」

「そんなことって……チャーミーも殿下がどれだけおバカか知っているでしょう?」

「でもいいところもなくはないわ」

「顔だけじゃないの」

「声も素敵よ。いいところがあるだけマシだわ」


 チャーミーは言うのだ。

 命が繋がったから私に感謝していると。

 危険な『魅了』の使い手として処分されるおそれも十分にあったのだと。

 チャーミーほど高位の、そして極めて優秀な令嬢が、何と切ないことを。


「それに年下はちょっと」

「チャーミーはそうよね」


 クライド殿下の下にも王子はいる。

 第二王子以下の妃という手ももちろんなくはないけど、チャーミーには合わない。

 これはチャーミーが年齢よりも大人びて見えること以外にも、存在感があり過ぎることがある。

 第二王子以下は平凡だ。

 チャーミーが女王に見えてしまうのでは、これまた国の統治上よろしくない。

 良くも悪くも存在感のあるクライド殿下でないと。


「で、どうなの? あなたの力の方は」

「どうもこうも」


 首を竦めるチャーミー。

 チャーミーの『魅了』の影響力は、伝説の聖妖婦サンドラ以上なのではないかと自身が言っていた。

 しかし悲しいかな、魔法のオンオフはできるものの細かい調整が利かないと。

 幼い頃にこれはまずいと気付き使用していなかったため、被害者は侯爵邸の外部にはいない。

 王家からも使用を禁じられている、が……。


「……あなたのことだから、練習はしているんでしょう?」

「まあたまに動物相手とかなら」

「コントロールの度合いは?」

「細々としかできていないから、上達しているようには思えないわね。人間相手にどれほどかはサッパリ」

「そうよね……」


 強力な魔法の使い手といっても、練習しなきゃ使いこなせるわけがない。

 聖妖婦サンドラは野放しで奔放に『魅了』を使っていたらしいけど、現在そんなことが許されるわけもない。


「この際、『魅了』のことはどうでもいいと思うけど?」

「そうね。王家は殿下の不始末をどうするつもりなのかしら?」

「明後日王宮に呼ばれているのよ」

「愉快な結末を期待してるわ」

「ええ? ブリトニーはエンタメ好きなんですから」


 アハハと笑い合う。

 無事に収まればよいけれど。


          ◇


 ――――――――――王宮の一室にて。チャーミー視点。


「だからチャーミーが『魅了』など用いるのが悪いと申しているではありませんか!」


 陛下御夫妻が苦りきっている。

 クライド殿下は妄想を垂れ流しているだけなのだが、結果としてわたくしが『魅了』持ちだという現実に辿り着いているのが恐ろしい。

 占い師の素質ある。


「チャーミーは確かに美しくて賢くて気品があるが、『魅了』でも使用しているのでなければ、私がこれほどチャーミーを愛している理由が説明できない!」


 恥ずかしい。

 そういうことを大声で言わないでくださいな。

 単純にわたくしのことが大好きなだけじゃないですか。

 悪い気はしないですけれども。


「わたくしは殿下に『魅了』など使ってはおりませんよ」

「おう? いかにも使えるけど使いませんといった口振りではないか」


 ギクッ。

 殿下のクセにたまに鋭いんですから。


「クライド。バカなことを言っておらんで、チャーミー嬢に謝らんか」

「そうですよ。パーティーでのあなたの失策をうまく取り繕ってくれたのですから」

「ふん、大方『魅了』持ちであることがバレるのを恐れただけですよ」

「クライド」


 うわ、王妃様の声のトーンが下がった。

 殿下もビビってる。


「い、いかに母上が取りなそうとも、チャーミーが『魅了』で私を操っているのであれば、国の危機であります! とても認められません!」


 あれ? どうしたのだろう。

 言ってることがもっともだ。

 わたくしが『魅了』持ちなんておバカな入れ知恵を、他の誰かがするわけはない。

 何故ならそんなことをしたら、本当でも機密漏洩で、ウソでも王家とヤングブラッド侯爵家に対する重大な侮辱で打ち首だから。 


 じゃあ自分で思い付いたわけか。

 この件の殿下は冴えてるな。


 のん気なことを考えていたら、陛下と王妃様が視線を寄越すじゃありませんか。

 この際『魅了』持ちであることをクライド殿下に伝えてもいいから、言い聞かせてくれ?

 了解です。


「クライド殿下に一つ、質問がございます」

「何だ?」

「殿下は将来王になりたいのですよね?」

「無論だ。しかし私は正妃の長男であるゆえ、普通にしていれば次期王であろう?」

「それは少々考えが甘うございます。陛下御夫妻の望みは国の発展と王統の末長い存続であり、人民の望みは平和で暮らしやすい社会です。長幼の順などというものは誰も重要視しておりません」

「む?」

「クライド殿下が王となるためには、強い後ろ盾が必要です。殿下の後ろ盾となり得る高位貴族で年回りの合う娘となると、ブリトニー・スタインメッツ公爵令嬢ないしはわたくししかおりません」


 ブリトニーは殿下が大嫌いだから、実質わたくししかいないのだ。

 どこぞの新興伯爵家の蔓植物ではとてもとても。


「そうであったか……」

「殿下はわたくしがお好きなのでありましょう?」

「もちろんだ。しかし『魅了』で誑かされたとあっては道を誤る。断固として拒否する」

「クライド殿下の御想像通り、わたくしは『魅了』の術を使用できます」

「そらみろ! やはり私を誘惑したのだな!」

「しかしわたくし、誓ってクライド殿下に『魅了』など使っておりません。というか使えないのです」

「使えない、だと?」

「陛下、死刑囚を一人ちょうだいしてもよろしいですか?」


 死刑囚という言葉でギョッとする殿下。

 そうですよ。

 死刑囚に『魅了』の魔法をかけるのだ。


「許す」

「では殿下に私が魅了の術を使えない理由をお見せします」


 地下牢へ。


          ◇


「おうおうおう、貴族の御令嬢かい? おれっちの貴族嫌いを知ってのことかい?」

「……」


 これはまた虫唾が走るほど下品な囚人を引き据えてきたものだ。

 いいぞいいぞ。


「美人じゃねえか。ちっと乳のボリュームは足りねえが、死刑の前にやらせてくれるんなら文句も言えねえな。ハッハッハッ!」


 いっそ気持ちいいほど下品だな。

 遠慮なく『魅了』できる。

 陛下が衛兵と牢役人達に言う。


「皆の者、今から見ることは他言を禁ずる。よいな?」

「「「「はっ!」」」」

「へへえ? 他言を禁ずるほど刺激的なプレイをお嬢さんがしてくれるのかい? アハハハハ……は?」


 効いてきた。

 でもダメだ。

 やはりあまりコントロールできない。


「あっあっあっ……お、女、おれっちに何をした?」

「さあ? 何でしょうね」

「あっあっあっ……くそっ、何だこれ? 快感が……」


 クライド殿下が小声で聞いてくる。


「これが……なのか?」

「はい」


 あえて『魅了』とは言わない。

 知るべきではない者もいるから。


「ああああああっ!」


 完全に『魅了』の影響下に入った。


「ぶひいいいいいいいいいいいいい!」

「な、何だ?」

「これが殿下のお知りになりたかった効果です」


 見せるの嫌だなあ。

 下劣なんだよな。

 わたくしは嫌いではないけれど。


「あっあっあなた様のお名前は?」

「チャーミーよ」

「チャーミーさまあ! おれっちに罵声を浴びせてくだせえ!」

「嫌よ。何故私があなたなんかの命令を聞かなきゃいけないの?」

「萌えええええええええええええええ!」


 クライド殿下がどん引きだ。

 あれだけふてぶてしかった死刑囚がこれだものなあ。


「私が思ってたのと違う……」

「事実は想像を越えてくるものですよ」

「チャーミーさまあ! ぶってくだせえ! 鞭打ちしてくだせえ!」

「ここにはギロチンしかないわ」

「おれっちの首を落としてくだせえ!」

「仕方ないわね。わたくしが自ら刃を落としてあげるわ」

「ありがたき幸せ!」


 牢役人達までどん引きだ。

 だから嫌だったのに。

 それでもテキパキと処刑の準備が整えられる。


「覚悟はいいわね?」

「チャーミーさまに首を刎ねていただけるなら、こんなに嬉しいことはありませんや!」


 刃を保持しているロープを切る。

 恍惚の表情を浮かべる生首が奇しくもクライド殿下の前に転がった。


「ひ……」

「後始末をよろしくお願いいたします」


          ◇


「クライドよ。チャーミー嬢の術は把握したな?」

「は、はい」


 再び先ほどの部屋に戻ってきた。

 もうクライド殿下は毒気を抜かれたような顔をしているし、問題ないのではなかろうか?


「ま、まさかチャーミーの『魅了』がああいうものだとは……」

「何分制御が利きませず、使用を禁じられております」

「使用……禁止か。いや、もっともだ」

「古の聖妖婦サンドラは使いこなせたようでありますが、わたくしにはムリです」

「しかし我が国の強力な切り札になり得ることも理解できるであろう?」

「は、はい」


 例えば外国のスパイを捕らえた時に『魅了』して、知っていることを全部吐かせるとかは可能だけど。

 うなだれるクライド殿下。

 いつもムダな自信に溢れている殿下のこうした様子は新鮮だなあ。

 ちょっとイイかも。


「婚約はこのまま続けてもらう」

「は?」

「チャーミー嬢も構わんな?」

「もちろんでございます」


 そうなるだろうとは思っていたし。

 クライド殿下が脅えた表情でわたくしを見ているけれど……ゾクゾクしますね。


「チャーミー嬢。今日はすまなんだな。侯爵によろしく」

「はい、失礼いたします」

「……」


 クライド殿下もわたくしに何と声をかけたものか迷っているのだろう。

 わたくしへの好感と恐れがちょうど半々くらいの、あの顔。

 たまりませんわ。


          ◇


 ――――――――――翌日、ヤングブラッド侯爵家邸にて。スタインメッツ公爵家の令嬢ブリトニー視点。


「……ってわけで、クライド殿下との婚約は続行。破棄はないものとなりました、とさ」

「予定通りね」

「あのパーティーの日、ブリトニーがすぐ手を打ってくれたからよ」


 皆に口止めしたことか。

 あの場で最も身分が高いのは私だった。

 仕切るのは当たり前のことだけれどもね。


「混乱が広がらなくて助かったわ」

「すっかり国の視点ね」

「あら、それはブリトニーもでしょう?」


 心から笑い合う。

 似た地位にいて同じように国を俯瞰で眺めるクセを持っている。

 やはりチャーミーは親友だ。


「で、どうなの? 『魅了』は」

「ダメね。やっぱり思うようにはならないわ」

「そう。まあ仕方ないわね」


 思い通りに使えれば便利な力だけれども、邪道ではある。

 安易な手段に頼るな、という神の意思にも思える。


「わたくしの『魅了』を見せたらクライド殿下が怖がっちゃってね」

「話を聞くだけでも恐ろしいですものね」

「その脅える様子が可愛くて、キュンときちゃったの」

「えっ?」

「殿下のいいところを一つ見つけてしまったわ」


 ……昔からチャーミーに嗜虐趣味があるのは気付いていた。

 嗜虐趣味というのは違うかな。

 他人に畏敬の目で見られるのが好きというか。


 うっとりとするチャーミーを見て思った。

 魔法の効果や表現型は人によって違うものというのは常識だ。

 しかしそれは術者の性格にも左右されるんじゃないか?

 つまりチャーミーのある意味サディスティックな性格が反映されて、その『魅了』の効果も……。


「クライド殿下の立太子はいつなの?」


 全然別のことを聞いてしまった。


「どうだろう? その話は出なかったけど」

「決まりよね?」

「他にいないからね」


 第二王子以下は王子は揃いも揃って凡庸だ。

 チャーミーの『魅了』という大きな秘密をクライド殿下に明かしたからには、もう王太子として立てるのは決定事項と思われる。


 クライド殿下は人を引き付ける力はあるのだが、いかんせん単細胞だ。

 一国の王としてどうかという不安はある。

 しかし都合のいいことに、クライド殿下はチャーミーを愛しながらも恐れているようだ。

 チャーミーが殿下の手綱を握るならば、国の行く末も安泰だろう。


「わたくしは本当にブリトニーには感謝しているのよ? あんなに素敵なダーリンをプレゼントしてくれて」

「ええ? 今まで素敵なダーリンなんて言ったことなかったじゃないの」

「うふふ」


 よほどビクビクしているクライド殿下を気に入ったようだ。

 まったくおかしな趣味だなあ。

 チャーミーがいいならいいけど。

 国のためでもあるし。


「もう夏も終わりね」

「楽しみね。秋は秋で果物のおいしい季節だから」


 結ばれる運命の二人において、互いの理解が深まることは基本的にいいことだと思う。

 この場合はどうだろう?

 チャーミーのためにも国のためにも良かったけれど、クライド殿下のためには……。

 御機嫌のチャーミーを見ながら、初めてクライド殿下のことを気の毒だと思った。

 まあでもくだらない婚約破棄宣言の罰則だと思えば仕方ないわね。

 御愁傷様。

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禁断の『魅了』の術を使っただろうと難癖を付けられ、婚約破棄宣言されました uribou @asobigokoro

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