ふはははははっ! 我が炎に踊れ、食材達ぃ!

日傘差すバイト

隣のコックが今日もうるさい



とあるお城で、働く三人のコックが居る。


多くの者たちの食事を作る都合上、調理場は広く。

当然ながら多くのメイドが調理の手伝いをし、配膳をし、朝から晩まで大忙しの様相だ。

だから、効率よく料理を提供するため、調理場も三カ所設けられている。


そして三人のコックはそれぞれの調理場を持ち場として働いていた。


そのお城のコックの一人、ビスタがため息混じりにつぶやく。


「はぁ、隣のコックが今日もうるさい……」


そんな隣からは、いつものように、喧しい声が響いてくる。


「ふはははははーっ! 燃えろ燃えろ燃えろぉぉぉ!! 我が炎に踊れ、食材達ぃ!! その真なる魂の輝きを、余すことなく解き放つのだァ!!!」


エイナというコックの声だった。

今日もいつものように、エイナは暑苦しく調理を行っている。

だが勘違いしてはいけない。

言動はおかしいが、仕事はまじめにやっているのだ。


「――秘奥義ぃ! 無双稲妻返し!!」


※ただのフライ返しです。とても上手い。

※仕事はまじめにやっています。


「――ハイパー干し肉斬りぃぃ!!」


※肉を焼いているだけです。ハイパーか、干し肉かは解らないです。

※あと切ったのは、魔法調理器具のスイッチです。火が消えただけです。

※仕事はまじめにやっています。


「ふはははははっ、ついに我が悲願が達成されたぁ! 皆の者、喜ぶがいい! そして賞賛せよ!! 消えゆく定めの、この哀れな魂をなぁ!!」


一品出来上がったようで、やかましく近くのメイドに出来立ての料理を手渡している。



そんなエイナの調理の様子は、あまりにやかましく。

隣の調理場のビスタの所まで筒抜けだ。

ビスタは、呆れたように言う。

まるで愚痴のように、近くのメイドに言うのだ。


「なんで隣のコックは、あんなうるさくて頭おかしいヤツなの?」

 そう問いはするのだが。

 メイドは困惑するばかりで。

 ビスタは構わずに言葉を続ける。

「でも料理の腕前は、アホみたいに上手なのよね、むかつくわ。あなたもそう思わない?」


そうですね。

なんて適当な相槌で。

本来の仕事に戻るため。メイドが立ち去ろうとする背中から、ビスタの声が聞こえてくる。


「あっはっはー、わ、わたしの華麗なる斬撃のぉ――……。はぁ、真似たって駄目ね、真面目に野菜切ろ……」



そして、三つ目の調理場では、先週入社したての新人コック、シーラが魚をさばいていた。

そして悩んでいた。


「ここは、叫ばないと調理しちゃいけないのでしょうか? 入ったばっかりだからよく解らないです。でも、こんなにたくさんの料理を作るんですもの、楽しく料理したほうが、嫌にならなくていいのかも?」


そんな折。

第二調理場からビスタの『華麗なる斬撃』が聞こえてきたものだから。


よぉし、私も。

と、シーラは試しにやってみる。


「呪怨怨殺ぅ――」


 しゅばばばばばっ!


「――黒星波ぁ!」


 それを目撃しちゃったメイドに、シーラは取り繕う。


「な、なんちゃって、お恥ずかしいです! あはは」


しかしまな板の上には、あっという間に見事にさばかれ、キラキラと輝くお刺身が完成していた。


将来有望な新人シーラの包丁さばき。

その見事さに、周囲のメイドたちからパチパチと拍手が巻き起こる。


そんな様子が聞こえてきた第二調理場のビスタは焦る。


「そ、そんな? まさか、これは第三調理場から!? たいへん、新人が変なのに毒されてきてる! しかもなんかすっごく優秀そうじゃない! 私も負けないように頑張らなきゃ」


調理か、叫びか、どっちを頑張るのかはさておき。


元凶たる第一調理場のエイナは、やはりやかましい。


「ふはははっ、我が前に真の姿を現せ!」

※果物の皮をむいているだけです。物凄い早さと正確さで。

※仕事はまじめにしています。


そして徐に。

出来上がった料理を取りに来たメイドに、エイナは言うのだ。


「――儚い。実に儚い。あんたはそう思わんかね?」


え?

と、メイドは困惑する。


しかしエイナの陶酔した語りは続く。


「積み上げた数多の努力。日々研鑽してきた誇りある技術力。糧になるべくして散った不運な生命達。そのすべてを注ぎ込み、完成されるアート。――だが、料理というアートは一瞬にして消える。作った物はいつかは壊れる。それは誰もが言い、誰もが理解する、当然の帰結だ。しかし! 料理は『いつか』ではない。最初から、壊れることを目指すアートだ。――ゆえに、料理とは儚い」


そうして、「でもな」と、エイナはメイドの顔を見る。

今日の朝から、今のお昼過ぎまで。

働き、疲労をにじませたそのメイドの顔を。


でもな。


「――その壊れた先に、私と言う『人』が見た『夢』があるのさ。――それは、食べたヤツあんたを笑顔にしたい、と言う気持ちだよ」


そうしてエイナは、食事休憩に入るメイドに料理を渡す。


「さ、あんたの『まかない』が完成したぞ、もっていけ」と。



そうして。


メイドは、食卓に着き。


エイナの作った、美味しすぎるまかないを一口食べ。


おいしい。


と笑顔になるのだった。



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ふはははははっ! 我が炎に踊れ、食材達ぃ! 日傘差すバイト @teresa14

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