サクラチレ

サクラチレ

作者 井坂ゆうき

https://kakuyomu.jp/works/16817330654345236849


 好きな人に思いを伝えようと手紙を書くも、手遅れだと知って川に捨てに来たが、花筏に手紙が浮いてしまうと思って諦め、そのきれいな光景に泣いてしまった話。


 合否の比喩として開花と散花を用いることはあるけれど、散れと命令口調の願望をしたタイトルが魅力的に映る。

 情景描写をつかった心理描写が上手い作品。


 主人公は失恋した人。一人称、私で書かれた分外。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 右頬にだけえくぼのできる人懐っこい笑顔のあの人を想うようになり、気づけば手紙を書いていた。が、偶然報われないことを知り、カバンから出して渡すことはなかった。

 予報では、大雨が降るのは一週間ほど後だったはずなのに、咲き始めた桜は、夜の間に過ぎ去った嵐により吹き飛ばされ、翌日の正午過ぎには枯れ木の状態に戻った桜の背後には、青空が広がっていた。

 便箋がピンクだから、ちぎって撒けば花びらと混ざってきれいに流れるだろうと思って川に来たものの、思っていたよりずっと白に近く、手紙のピンクが目立ってしまうと捨てるのをやめ、流れていく花びらの綺麗さに、こらえきれず涙するのだった。


 大雨で桜が散った情景描写と、主人公の失恋した心情が絡み合いながら展開して、最後は手紙を流せず泣いてしまう流れが素晴らしい。


 タイトルと書き出しが上手い。

 タイトル『サクラチレ』と、書き出しの「大雨が降って桜は全部散った」のズレに、興味が引かれる。

 桜散れと願ったから大雨が降って散ったのか、それとも別な理由が展開するのか。読み進めていこうとする思いを掻き立てられた。


 夜に襲った嵐で、咲き始めたばかりの桜が散ってしまったことが書かれている。

「抜けるような青空が広がっていた」と表現されているのがモヤッとした。

 抜けるような青空は、紋切り型の表現でよく使われる。ありふれた表現を使うのは避けたいけれども、花が散って枝だけになった桜の木の向こうに見えた空は青空だったと伝えたい本作の場合は、枝と枝の隙間を抜けてみた空と掛かっているので良しと考える。


「桜の花びらの色はピンクよりずっと白に近くて」

 桜はピンクではない。ピンクは梅の花。桜は桜色といわれるほど、別な色で、ほんのりピンクが混ざっているような白に近い。青空を背景にそんな花びらがたくさん集まっていると、ピンクっぽく思えてしまう。

 便箋のピンクと花弁の色が違うところに気づいて、それを活かした書き方がしているところは、作者の観察眼の良さだろう。


 木を隠すなら森の中、の発想で、同じ色をしている花びらが流れる川に手紙を流そうとする主人公の考えは良かった。

 長く咲き誇れなかった桜の花びらとともに、自分の実らなかった恋の思いも流して気持ちを整理しようとする行動は、すごくわかる。

 きっと、想い人に思いを伝えようと思って手紙を書いたのは、かなり前だと思われる。

 主人公と相手の年令や性別が書かれていないのでわからないのだけれども、十代だと想像する。

 だとすると、手紙を捨てにきたのは春休みだとすれば、手紙を書いたのは春休み前。

「見ているだけで満足していた、はずだった。いつのまにか目で追うようになっていて、声だけで誰が話しているかわかるようになっていて」とあるので、クラスの子なのかもしれない。

「いつも泥だらけで底のすり減っていたスニーカーが、部活柄ずっと爪の短く切りそろえられていた手が、日があたって茶色く透きとおって見えた襟足が」から、運動部に所属していることも知っているほど、相手のことをよく見ていたのだと思う。

 見ていたから、「認めざるをえない。もうどうしようもなく、手遅れだったのだと」相手には誰か好きな人がいて、すでに付き合っている子がいたのだろう。

 告白する前に失恋してしまった事に気づいたのだ。

 その気持ちを、「結局鞄の中から出すこともなかった手紙」のように、ずっと引きずって今日まで来たのだ。

 嵐で桜が散った日の翌日に、気持ちの整理をしに川へと来たのだ。


 川に流れる花びらを眺めながら、「見ているだけで満足していた、はずだった」と、回想が始まる展開は上手い。川の流れが「土砂が混じって濁った水は、朝のうちに流れきったようだ。水の色は澄んでいる」からわかるように、よどみなく流れていく。

 回想もおなじく、よどみなく流れるように思い出されていく。

 情景描写と主人公の心理描写、回想の絡まり具合が無駄なく、眺めている澄んだ川の流れのように、無駄なく流れていく。

 

 そんな川を前にして、「あんなに澄んだ水の中ではきっと変に浮いてしまう。こんな重たい、身勝手な思いのつまったものを、無責任に川に流すわけにはいかない」と捨てるのをやめる。

 好きな人に手紙を渡すのをやめたのも、同じだったと思われる。

 相手はとても澄んだ清い関係にみえて、叶わぬ恋とわかりながら手紙を渡す行為は身勝手で無責任だと思ったから、わたすわけにはいかないと諦めたのだろう。


 最後、川面をきらきらと照らして流れる花びらがあんまりきれいにみえて泣くのは、川に流れていく様子から想い人を連想し、叶わぬ恋だったと悟った日を、主人公自身が追体験したから泣いてしまったのだろう。

 あるいは、嵐によって無残に散らされた桜でさえきれいに川を流れていくのに、恋を散らされた自分の思いを綴った手紙は流せないなんてと嘆きたくなったのかもしれない。


 読み終わって、だからこのタイトルなのかと納得した。

 自分の報われない思いは、散った桜の花びらが流れる川にさえ流せず行き場を失ってしまった。失恋するなら告白して振られたかったと、やりきれなさからくる主人公の心の叫びを、タイトルから感じる。

 次は、いい恋をすることを切に願う。

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