スケルツォと本心

スケルツォと本心

作者 千桐加蓮

https://kakuyomu.jp/works/16817330660424423146


 暴行罪で逮捕された、動画サイトで人気クリエイターの仮面Sである染森創史と付き合っていた専門学生の水作穂真里は、Webメディア記者の岡中からどんな人だったか聞かれ、「素敵な人です。彼が好きです」「逮捕前に私をどう思っていたか知りたかった」と答えた夜、彼の不器用さに涙し、恋しい気持ちを抑えきれなくなる話。


 大人な恋愛もの。

 なんだろうと思わせる、タイトルの付け方がいい。

 しっかり読ませる文章に感じられた。


 主人公は女子専門学生楽器リペア科の水作穂真里、二十歳。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 恋愛ものなので、「出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末」の流れに沿っている。


 主人公は女性神話の、女性記者の岡中はそれぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。


 専門学校の門前で岡中が水作に声をかけて来たのは、Webメディア記者であり、仮面Sについての記事を書くため。 

 専門学校の楽器リペア科に通う主人公の水作は、一つ年上の音大生、染森創史と書店バイトをしていた時に知り合い、彼からデートに誘われたのは三月。その後、音楽を作る過程を見たかった主人公と、誰かの手料理が食べたかった染森、両者の利害が一致して、彼の家を訪ねるようになる。

 戦隊モノ音楽が好きで、そこから勉強している彼の、哲学者のような言葉に、人気クリエイターで動画サイトで作曲をして配信している仮面Sが思い浮かぶ。

 恋愛ソングの曲を動画投稿を作りもしない彼。どうしてかと聞いても濁して話を逸らし、頼み込んでも首を縦に振らない。恋に関心がなく音楽にのめり込んでいるようにみえた。

 今から一カ月前、彼は暴行罪で逮捕され、ネットニュースはその話題でもちきりだった。

 仮面Sだったことに驚いたことを岡中に伝えたら「騙されたと?」と聞かれ「いえ、素敵な人です。彼が好きです。逮捕された時に私はいませんでしたが、警察官に連れて行かれる前に私をどう思っていたのか知りたかったですね」とはっきり述べる。

 なにかいいたげな岡中を横目に「もういいですか?」とベンチを立つ。ありがとうございましたと微笑む彼女。

「いえ、でも罪人の罪ではなくてその人を知ろうとする記者がいるとは思いませんでした」といえば、「一人では生きられない人間ですから」また微笑み、その後別れた。

 彼女の言葉で思い出す。

 現行犯逮捕される数時間前、真夜中だったこともあって彼は駅まで送ってくれた。最後から二番目の言葉が『さようなら』で、最後の言葉は「人は、独りでは生きていけない」だった。

 振り返ると、すでに彼は背を向けて歩きだし、仮面Sであることを誇らず自著君に笑って背を向けて曲を作る光景が浮かんだ。

 彼の曲を聞きながら、彼と過ごした日々を忘れることはなかった。

 取材を受けた夜、恋に臆病で、愛の歌を作曲して否定されると自分の恋愛観も否定されるようで嫌だったのではと考え、彼の不器用さを思って泣いていると、ショパンのスケルツォが聞きたい気分になる。

 泣いた後、コンビニに行くと『恋に悩むならチョコレートに悩んでみて、悩んでいる間も楽しいし、最後には美味しいご褒美が待っている』の広告を見て、最高の冗談で皮肉だと目を細めて無理やり口角を上げる。

 冷房が効きまくっている部屋で、季節外れのホットショコラを飲む。美味しいよりも涙が込み上がる。恋しい気持ちは抑えきれなかった。


 書き出しには暑いとは書いていないけれど、「爽やかとは程遠い」「太陽の光がジリジリとアスファルトを熱するかのよう」「蝉の音は呪文のように繰り返し鳴っている」これだけで、夏の鬱陶しい暑さを感じさせてくれる。


「ずるいところがあるものですね」

 このセリフに、主人公の性格や年齢を感じさせられる。

 二十歳の専門学校生で、大人として描けているところがいい。 


 つきまとって、質問に一つ答えるだけと記者が尋ねた内容は、「彼、仮面Sはどんな人でした?」「水作さんが思う、彼が真意を沢山伝えてくれた方でお願いします」と、ざっくりした質問だった。

 逃げ場を封じておいて、さらに広義にとれる質問をする点を「ずるい」といったのかもしれない。

 

 公園に子供が走り回っていることから対比として出てくるので、主人公と女性記者が大人に感じられる。

 のちに、彼が戦隊モノの音楽から学んでいる話がでてくるため、その伏線にも使われているのだろう。


 田中公平という作曲家がいる。主にアニメの楽曲を手掛け、四作品の戦隊モノの音楽を勤め、様々なドラマ音楽も作り上げた人がいる。

 ピアニストで作曲家の羽田健太郎という人は、シンガーソングライターのバックバンドのリーダーやアニメやドラマを手掛け、『題名のない音楽会21』の司会者を勤め、戦隊モノの音楽にも参加していた。

 渡辺宙明という作曲家は、特撮やアニメの人気番組の音楽を担当し、戦隊モノ最初のゴレンジャーから立て続けに作曲し、十三作品に参加。四十五作品目のゼンカイジャーに参加されたときは御年九十五歳だった。

 他にもすごい人たちが戦隊モノに参加しているので、子供向けの戦隊モノの音楽だからと侮れない。「彼は、戦隊モノ音楽が好きでそこから音楽を勉強しました」ところからもわかるように、彼は真剣に音楽に向き合っていたと思われる。


「彼が時々言う哲学者のような言葉にハッとさせられることもあった。動画サイトで作曲をして配信している仮面Sのことは友達が好きだったこともあって知っていたし、結構人気のクリエイターだった」がモヤッとした。

 きっと、彼の哲学的発言をきいて、友達から勧められた、動画サイトで作曲配信をしている人気のクリエイター仮面Sに似ていると思ったのかしらん。

 彼が暴行罪で逮捕されて一カ月経っているので、主人公の水作としては、思い出しながら、この頃の自分は彼を仮面Sではと思っていたと確認しているのだろう。


「私は、ただの素人ですが、彼の作った曲を聴いていると、その人の人間性が出ると思うんです」

 音楽を聞いて、彼の実生活を目の当たりにして、「不器用な男」と判断したとある。寝食を忘れるくらいに創作に没頭していたのだろう。掃除をする暇もないほどに。

 頭のいい人や才能のある人は、集中するあまり他が不得意になることは多い。いわゆる専門性か、オールマイティーの違いな気がする。オールマイティーは平均的になんでもできるけれど、突出して優れた部分がない。なんでもできる人はなんにもできない、とよく言われる。

 どう生きるのか、考え方の違いだ。

 少なくとも水作は彼を「不器用」と思ったのだから、彼女は彼と違って、まんべんなくできるような人なのだろう。


 そんな彼がホットショコラを作った。

「全体にムラがあるとはいえど、温かくて美味しかった」とあるので、店で売られているような美味しさほどではないけれど、あの不器用な彼が私のために作ってくれた、という付加価値がプラスアルファされ、おいしく思ったのかしらん。。


「手料理は亡くなった祖母の料理の話しかしてくれず」とあるので、ホットショコラのレシピは祖母から教わったのかもしれない。


 彼は恋愛ソングを作っていない。

「恋を嫌っているというよりは、関心がないくらいに音楽という世界にのめり込んでいるのだろう」とみているけど、戦隊モノから音楽を学んでいる彼には、難しいと思われる。

 戦隊モノの音楽から恋愛ソングを学べるかしらん。

 スーパー戦隊の作品には恋愛要素を含んだ作品は幾つかあるけれども、音楽となるとかなり厳しい気がする。

 嫌っているよりも、不得意だったのではと邪推する。


「暴行罪で逮捕された」誰に暴行したのだろう。

「現行犯逮捕される数時間前」とあり、そのときは真夜中とある。

 終電を考えて、十二時と仮定。

 数時間後とは、二、三時間後ぐらいのはず。

 現行犯なので、殴られた相手か第三者が通報したと想像すると、主人公を駅まで送った後、どこかの店に行き、飲食をしたのかもしれない。

 コンビニでしか食事をしていないので、夜中に飲み食いするために店へ行くのは想像できない。

 コンビニ強盗するとも思えない。

 酔っ払いに絡まれ、手を出したら大事になったのか。

 どうして夜中に暴行罪で現行犯逮捕されたのだろう。


「人は、独りでは生きていけない」

 彼の言葉は、主人公への告白だったと邪推してみる。

 独りで行きていけないから、僕と一緒になってほしい。そう思って口にしたけれど、恥ずかしくなって帰っていったのかしらん。

 もしそうなら、帰ってはいけない。

 帰ってしまうところがまた、不器用といえる。

 

 主人公が「彼は不器用すぎる」というのは、恋愛もそうだし、暴行罪で捕まることも含めてだと思う。

 自分と同じか、せめてもう少し日常生活ができるくらいの器用さがあれば恋愛できたのに、と寂しく思っているのかもしれない。

 それだけ、彼のことが好きなのだ。

 だから、涙も流れてくる。

 この辺りの、描写が良い。


 問題は、そんな状況で「ショパンのスケルツォが聴きたい気分」になること。

「スケルツォ」はイタリア語で「冗談」を意味し、日本語では諧謔曲と訳され、ショパンは「スケルツォ」を四曲作曲し、四曲とも大規模に発展させた三部形式で作られている。

 ショパンより前の時代、ベートーヴェンによって多楽章形式の作品にメヌエットに代わって使われるようになったスケルツォは本来、楽しく軽やかでユーモラスな曲である。

 だが、ショパンの時代には曲のジャンル名として確立。

「自由に、すばしっこく演奏する曲」を「スケルツォ」と呼ぶようになり、超絶技巧でファンタジックな描写が入る、ユーモアのある曲のジャンル名として昇華されたため、ショパンのスケルツォには、凶暴なまでの激情が発露されている。

 シューマンは「これが『冗談』なら『厳粛』はどのような衣装をまとえば良いのか」と述べたほど。

 ショパンの「スケルツォ」は穏やかな中間部を持つ三部形式という本来の様式を踏襲しているが、ソナタ形式に近い様式となっている。四曲すべてがテンポの速い四分の三拍子で書かれ、二小節で一楽句を形成し、複合二拍子のよう。「バラード」と共通点が多いことから、ショパンの代表作として「バラード」と同等の評価を受けている。

 第一から第四までのうち、彼女はどれを聞きたい気分になったのかしらん。このときの彼女の心情にあったものを考えると、第一か第二かと想像する。


 チョコレート広告のキャッチコピーは、彼女にとって皮肉でしかない。

 恋もチョコレートも彼につながるし、悩んでも今は楽しくないし、逮捕されている現在、美味しいご褒美もない。仮に釈放されても、不器用な彼は恋に近づいてこない。

 彼女の、彼に対する気持ちだけが募っていく。

 実に切ないし、苦しい。


 だからといって希望がある。

 主人公の水作は、専門学校の楽器リペア科で修理や調律を学んでいる。

 そもそも楽器リペア科とは、楽器が壊れたときに修理する専門家であるリペアマンを目指す科。楽器の素材や微妙な音色の調節なども行う繊細な作業であり、楽器を作る楽器クラフトマンが兼ねる場合も多い。ギターリペア、管楽器リペア、弦楽器リペア、ピアノ修理や調律などを勉強している。

 つまり、音楽に打ち込んでいる彼の不器用さを、調律し、直していけるかもしれない。


 読後、タイトルを見直す。

「冗談と本心」という意味合いを込められていると思う。

 冗談のような出会い、付き合いを経て、本心では彼の恋を募らせる様子を描いた作品に感じた。

 今後、二人が恋愛に発展する可能性は十分ある。今回のことをきっかけに、水作は積極的に動いてみてはどうだろう。そうすれば、チョコレートの広告にあった「最後には美味しいご褒美が待っている」が皮肉にならなくなるかもしれない。

 

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