ワンコインドリップ

ワンコインドリップ

作者 結城綾

https://kakuyomu.jp/works/16817330660872292316


 祖父がもっていた手紙を博士の発明したエッグオアチキンに入れてタイムスリップし、結核の少女たちを救って帰還。実は助けたのは博士の祖母と、博士とその家族だったという話。


 SFミステリーである。

 こういう思考実験は面白い。

 

 主人公はフィリピン在住っぽさはあるが、日本生まれで日本育ちの少年。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 現在、過去、未来の順番で描かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の父親がずっと宝物にしていたカビの生えかけた手紙を譲る受けていた。「どうせなら、そのお願い叶えてあげようじゃないか!」博士は自身が発明したエッグオアチキンに手紙を入れて、主人公は一九四五年の戦後にタイムスリップし、X人の命を救った。そのうち一人は結核を患っていた少女である。

 帰還後、少女がどうなったか気になった主人公は博士に尋ねると、無事完治した彼女は医者となり、数々の人間を救い、享年七十歳でなくなったという。

 なぜ主人公の父、祖父が手紙を持っていたのか。封の明けられていなかった手紙の中身、願いだったと博士が知っていたのか。

 実は博士は本人から聞いて内容を知っていたのではと、博士に突きつけると「君は少女を救ったんだ、誇らしいことだよ」というが、はじめから仕組まれていたことだったと悟る。

 X人の命を救った残りは誰なのか、答えは博士とその家族だった。

 助けた少女は博士の祖母であり、その後の主人公とのめぐり合わせは卵が先か鶏が先家の違いでしかなかった。


 SFとは本当に無理そうなことをありそうに見せる――知能指数を下げずに判断力を下げる遊び、ということを理解しなくてはいけない。

 ゆえに、作者の出したお題に乗れないと、読み手は楽しめない。


 タイムスリップから帰還したところから物語がはじまっている。

 博士である彼女が発明した『エッグオアチキン』とは、「卵から鶏までの範囲内でなんでも転送してくれる装置。記録媒体を用いてその媒体に最も関係のある時間軸へ接続する」とある。

 卵から鶏までの範囲内について、イメージが難しい。

 鶏の生育を基準にした装置に、何かしらの記憶媒体を入れることで、関係する時代へ接続、つまりタイムスリップする。

 たとえば、卵の状態にあるときに記録媒体を入れることで、対象者が卵の状態の時代へ、成育した鶏の状態であれば対象者が大人になっている時代へタイムスリップするのかしらん。


 博士が女性なのはわかるけれど、いくつなのかはわからない。

「僕の父がずっと宝物にしていた物を譲り受けていたのだ」とあるのに、「あの手紙は何故僕の父……祖父が持ってたかってことですよ」で、モヤッとする。

 もともと、手紙は祖父のものだった。

 祖父が大事にしていたものを父がもっていて、主人公の少年が譲り受ける形となったのだろう。

 回りくどい書き方をしたのはなぜかしらん。

 主人公が、結核少女以外に博士とその家族も助けたからだと推測する。

 結核少女は、博士の祖母だとあるので、タイムスリップしたときはまだ博士は生まれていないのでは、と想像する。

 博士が生まれるためにつながる人達を、主人公は助けたという意味なのかもしれない。


 体一つでタイムスリップして田んぼに落ちた描写が良い。

 泥だらけになったはず。

 服を洗って乾かしてから、少女に会いに行ったのだ。


 結核の薬を主人公は持っている。

 博士によってタイムスリップするときは、まだ行き先が結核少女だったのかもわからなかったはず。なぜなら、手紙の封を明けてもいないから。博士に薬を持たされたのかしらん。


 したいことがあるか尋ねて、文字が書きたいと答えた少女。書いて何がしたいとさらに聞くと、「文通」と返事。

「そう、いい夢じゃないか」

「いい夢、うんいい夢」

 このくだりが良い。

 相手のやりたいこと、夢を否定せず肯定するのは大切。

 生きる希望にもつながるから。


「その魔法は決して他の人に言っちゃ駄目だよ、溶けちゃうから、氷菓みたいに」

 時代に即した言葉遣いをしているのが良い。

 アイスクリームは明治時代からあるので、言葉としては通用するはず。ただ戦後なので、手軽に食べられなかったと思われる。

 氷菓も同じ意味を持つけど、かき氷に黒蜜をかけたものにも用いれるので、アイスクリームよりも適していると考える。


 博士がはじめから存在していることから、祖母が助かる世界線だったのではと考える。だから、手紙の封を開けなくても中身を知っていたことにつながる。主人公が過去へ行き、助けることがすでに決まっていたのかしらん。

 その辺りの博士との巡り合いは、「卵が先か鶏が先かの違いでしかない」ということなのだ。


 読後、最後のオチのために『エッグオアチキン』の装置の名前がついていたのだと考える。

 でもタイトルが、『ワンコインドリップ』。

 おそらく、ユニセフなどが行っている、ポケットのワンコインを寄付したら救える命がある募金キャンペーンからきているのだろう。

 タイムスリップの装置を起動させるのに五百円かかるのか、装置には五百円相当のエネルギーが必要なのか。そのへんはわからない。

 ただ、お手軽で過去改変できるけど、変えたつもりが初めから仕組まれていたとすると、主人公が払ったであろうワンコイン、博士は得をしたのでは……と邪推したくなる。

 


 

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