マチカドの孤独

花園眠莉

マチカドの孤独

 ここはマチカド。

年齢など関係なく人がいる。

今日も何も変わらない景色の中歩いている男が1人。


 「おはよう。今日も良い1日を過ごせますように。」通り過ぎる人に挨拶を交わすこの男の名はレイ。ここに来る前の名前だから今は一部にしか名乗っていない。

「ここにいて良い1日を過ごせる気がしないけどね。」そんな嫌味を言われることもあるけれど誰にでも必ず言っている。

「そうかも知れないけどわからないじゃない。」レイはそう言ってあてなどないが歩き始める。文化的なものが退廃した景色は、昔なら落ち着かなかっただろうが今ではすっかり馴染んでいる。


 「あら、おはよう。アンタは今日も朝からしかめっ面ねぇ。そんなアンタも今日も良い1日を過ごせますように。」ここに来てすっかり顔なじみになった男に挨拶を交わす。

「うるせえ。今日も死を待つだけの人間に何が良い1日を過ごせだ。」

「死を待つとしても少しでも幸せであってほしいわ。それに、アタシが言わなかったら皆暗いエンドを迎えそうで嫌なんだもの。」座っている男の目線に合わせて真っ直ぐ言った。

「ここに来た時点で暗いエンドまっしぐらだろ。」

「あながち間違いではないけれどね。ほら、そんなアンタに食料の提供よ。」食事とは言い難いパンの切れ端と果実を男に渡す。

「よく見つけたな、ここで誰か店でも構えてるのか?」

「いいえ?知り合いからの伝手で貰えたの。この実はそのあたりにある木から取ってきたわ。」ここではあまり空腹を感じないけれど人間らしさを失わないように食べれそうなものを食べることにしている。

「ふん、そうかよ。」そう言いつつパンの切れ端を口に運んでいる。

「アンタにここで少しでも長く生きたくなるような存在が現れると良いわね。」そう一言残してまた歩き始める。


 少し歩くと随分と廃れた公園についた。中年より少し若い男性と幼い女の子がブランコに腰を掛けている。お互い何も話していないようだ。

「おはよう、お嬢さん達。今日も良い1日を過ごせますように。」レイの声に顔を上げて元気よく挨拶をする。

「おはよう、お兄さん!今日も来てくれたんだね。前もいい日になったんだよ。」

「あらそうなの?それは良かったわね。…隣に座ってるお兄さんはどう?」ずっと黙り込んだまま目線を落としている。

「…なぜここに来てから腹が減らないんだろうか。なぜこんなに栄えていた形跡があるのだろうか。そもそもここは何処なのだろうか。なあ兄ちゃん俺らは何なんだ?」話し始めたと思ったら会話が噛み合わない。口に出している疑問はマチカドにいる皆が感じていることだろう。レイはブランコの柵に座り話し続ける。

「そうね。本当に何なのかしらね。アタシだって知りたいわよ。でも大人のアタシ達がしっかりしないとこの子が困っちゃうわよ。ねぇ?お嬢さん。」

「ん〜、難しいよ。」困ったような顔をしている。

「そうねぇ。確かにアタシでも難しいわ。」頭を撫でて宥める。

「ねえ、お兄さんたち以外にここに人はいるの?」そのことすらわからないという現実を突きつけられて驚くレイ。

「ええ、もちろんいるわ。この公園の外にはアタシの友達もいるのよ?」すると少女は目を輝かせ喜んでいる。

「えー!ほんとー?会いたいなあ。今度紹介してね?」さっきよりにこにこしてまたブランコを漕ぎ始める。

「えぇ、もちろんよ。じゃあアタシまた別の人に会いに行くわ。じゃあね、お嬢さん、お兄さん。」軽く片手で手を振ると少女は元気いっぱい両手を振ってくれた。


 目的の場所まで行く間にすれ違う人がちらほらといる。その人達にも「おはよう、今日も良い日を過ごせますように。」と声掛けをする。向こうの反応はあまり良いものではないが。


 目的の場所、それは古びた映画館だった。中に入ると鼻歌が聞こえてくる。スクリーンの方へ行くと掃除をしている2人がいた。

「おかえり、レイさん。なんか収穫はありました?」ほうきに顎を乗せ調子のいい声でレイに話しかける

「ただいま。収穫は何もなかったわよ。それよりルイ、ロイドは?」するとルイはため息混じりに答える。

「ロイドさんは2番のスクリーンの方にいます。なんか、映画を探しているんだとか言ってましたよ。」この映画館は3番スクリーンまでしかない小さな映画館である。3人がここへ来たときには既に1番スクリーン以外はスクリーンが外され、物置場になっていた。

「ロイドはここへ来ても好奇心が廃れてないのね。」

「それがロイドさんの良い所ですけどね。」そう言い終えるとルイはまた掃除を始めた。


 あらかた綺麗になった時ロイドがやっと戻って来た。

「ルイ!レイ!良いもんあったよ。見てこれ。」2人は気だるそうに返事をする。

「これ、映画のパンフレット。映写室にあったフィルムのやつあった。」先程までの気だるそうな雰囲気は消えロイドの方に駆け寄る2人。

「ねえ、〈咲き終える花の鼓動〉のパンフレットあるわよ。これ、母と一緒に映画館で見た記憶があるわ。」レイは懐かしむように話す。

「俺の好きな〈君の死をこの目で消す〉あるんだけど!」

「ロイドは現実味のない話が好きよね。」ロイドは適当な相槌を打っている。

「幼い頃に見た〈解放〉のパンフレットはこんなんでした?」幼い頃の記憶とは何か違うような気がしているルイ。

「ん〜、主人公達は正面向いていたかしら。…原作の挿絵は後ろなのは覚えているんだけれどね。」ロイドは考え込んだ末、ぽそりと言葉を漏らした。

「俺等の住んでいた世界と同じなのかな。」またロイドのハイファンタジー思考が始まったと2人は呆れる。

「アンタ本当にファンタジーが好きよね。」


 それから懐かしい思い出に花を咲かせて時間は過ぎる。日が暮れたということ以外手掛かりは無いのであくまでも憶測でしか無いのだが。


 「あら、アンバー?」ふと、気が付いたように入り口に目を向けている。

「…レイさん、何を見てるんですか?そこには何も無いですよ?」

「…ほんとに?」驚いた顔でルイの方を見る。レイの目には茶色の毛並みの大型犬が映っているのだ。

「はい。」ルイは絞り出したような、か細い声で相槌を打つ。すると先程から黙っていたロイドがルイの耳元で「レイの迎えかもしれない。」と囁いた。ルイは心底驚いたような顔をしたが納得したようだった。


 「アンバーってレイさんが前飼っていた犬ですか?」なんとなくアンバーという響きから犬だと予想して質問する。

「ええ、そうなの。アタシがここに来る何年も前に死んじゃったんだけどね…。綺麗な毛並みなのよ。多分2人にはこの子が見えていないんでしょう?」レイは泣きそうに顔を歪める。2人はそんなレイの表情を見たことがなかった。

「…そんな顔しないでよ。綺麗な顔が台無しじゃん。」その言葉に続いてルイが「そうですよ、笑顔のほうが似合ってますから。」という。

「そんなお世辞言っても何も出ないわよ。」客席の1番後ろに座って寝る体制を整える。


 「アタシ眠くなってきたわ。もう寝る予定だけどロイドとルイはどうする?」

「俺らも寝ようかな、なあルイ。」

「レイさんの横いいですか?」図々しくレイの左側に座ってから聞く。

「アンタもう座ってるじゃない。ふふ、特別よ?」レイはルイに肩を寄せて目を閉じる。

「レイ、右側失礼。」レイに肩をぶつける勢いで座る。レイはうっすらと目を開けて「アンタも特別に許可してあげるわ。」それぞれが人肌を感じながら眠りにつく。


 初めに目を覚ましたのはルイだった。レイは案の定亡くなっていた。暖かさの失われた体はどこか現実感がなかった。

「ロイドさん、睡眠中すみません。」体を揺すって起こす。

「どうした、ルイ。」眠たげな目を擦りながらルイの方に体を向ける。

「レイさんが…。」続きの言葉は出てこなかった。ロイドはあまり驚いた様子もなく「そうか。」と一言残して立ち上がった。

「レイのこと埋めに行こう。ルイはついてくるか?」ルイは現実をまだ受け止められていなくついて行くことを止めた。ロイドはレイを軽々しく担いで扉を開けて外に出ていった。


 外に出て歩いてると路上にいた男が近づいてきた。

「なあ、こいつは死んだのか?」戸惑いを浮かべながら聞かれた。

「あぁ、はい。明け方に。」その答えを聞いた男は顔を歪めて、「いい死に方してたか?」と疑問にも独り言にも聞こえるようにこぼし去って行った。


 マチカドには、ここで死んだ人の遺体を捨てる場所がある。ただ広い谷底なのだがいつの間にか墓場になっていた。ロイドの担ぐ遺体も例外無くここに捨てられる。

「おはようございます。」先客が遺体を整列しながら挨拶する。

「その人、亡くなったんですね。」担いでる遺体を見てぽそりと話した。

「知ってるんですか?」

「このあたりだったら有名ですよ。挨拶して回ってるオネエがいるって。」

「確かに、オネエってだけで印象深いですしね。しかもこの場所で挨拶してるとか変人ですもんね。」2人して声を出して笑った。どこか重苦しい空気をまとうマチカドでは珍しい光景だ。

「その人、預かりますよ。ちゃんと埋めておきます。」


 ここは待ち角。


誰かを、何かを、死を待つ所。


戸籍も、居場所も、生死も全て捨てた人しかいない。


それでも人の暖かさを持っている。

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