怒
空中でくるりと一回転。それが交差し、ヒュンヒュンヒュン……という音とともに数が増えていく。
「ケケェ!」
見覚えがあるようなないような。九曜は「昔の特撮だあ」と喜んでいる。
秋沙の前に現れたのは十数人の、鉄仮面を被った学ランのものども。なんだか腰を低くして手を変な方向に伸ばして、ファイティングポーズらしき構えをとっている。
「こいつらは」
「無論、ぶちのめしたほうがいいとも」
また空中で一回転しながら、秋沙に向かって飛んでくる鉄仮面たち。秋沙は容赦なく、着地したところを蹴り潰して次々と地面に転がしていく。
「おい陰陽師、そもそもこれはあんたが持ち込んだ厄介事だろうが。ちょっとは手ぇ貸す気はねぇのかよ」
「えー。私、ゲームギアより重いものなんて持ったこともない深窓の令嬢なのだが」
「知らねえよ」
「単三電池六本使って動くセガの携帯ゲーム機」
「そっちじゃねえ……」
飛びかかってくる鉄仮面の怪人どもをぶちのめしながら、秋沙は自分がまだ状況を把握しきれていないことに苛立ちを覚える。
九曜に導かれるまま屋敷を抜け出した秋沙は、それから沈まない夕陽の中、ひたすらに山中をさまようことになった。
九曜いわく、青ヤギという妖怪を回収すればすべて解決するとのことだったが、目的の青ヤギは一向に見つからない。
その代わり、たびたびこうして鉄仮面をした怪人やら妖怪やら怪異やらの襲撃を受ける。
青ヤギは鉄仮面をしていた。つまりこいつらは青ヤギの眷属のようなものなのかもしれない。少なくとも青ヤギ側としては、秋沙と九曜を敵と認識していることは間違いないらしい。
ただ、送り込んでくる雑兵どもは数こそ多いがまるで秋沙の敵ではない。殴って蹴って投げ飛ばせばそれで戦闘不能に陥る。
「うーん。やはりと言うべきか、秋沙くんは強いな」
鉄仮面をした学ラン怪人を全員叩きのめした秋沙に向かって、九曜は関心というより訝しげな目をして話しかけてくる。怪人どもは小さな火薬が炸裂するような音と煙を立てて、跡形もなく消える。ここでようやく、秋沙は九曜の言っていた「昔の特撮」という表現に合点がいく。
「前回の襲撃は鉄仮面をした河童。その前は鉄仮面をした火の玉だったね。君はそのどちらも、シンプルな暴力で解決してみせた。そして今回は鉄仮面をした学ラン怪人。なにか気づいたことはあるかい?」
「殴りやすくなってる」
「まさにその通り。襲撃者はどんどん、実体のないであろうものから明確な肉体を有するものへと遷移している。これがなにを意味するか、考えてみるといいんじゃないかな」
九曜はそう言ってまた山に分け入る。
秋沙は舌打ちをして、そのあとを追った。
秋沙は一応、稼業で用いる簡単な術の心得はある。だが今までそれを人前で使ったことは一度もない。立ち向かってくる相手は全員自らの拳で片をつけてきた。
河童は少しぬめぬめしていたが、殴ったらくたばった。
火の玉はどうせ陰火だろうと気にせず殴ったら消し飛んだ。
結果としては殴れば解決しているが、対象としては間違いなく、殴りやすくなってきている。
それゆえに刺客を送り込んでくる側の意図がつかめない。これではまるで秋沙への接待だ。
「ふう、少し休憩しよう」
九曜は切り株に腰を下ろして身体のあちこちを手で叩いている。
「陰陽師、あんた、なんで私を連れ出した」
「言っただろう。君の手を貸してほしかったんだ。そのほうが楽だからね」
九曜は旅行者としてこの土地にやってきた。正体は妖怪ハンターで、青ヤギという妖怪を狙っている。
この土地においては、九曜は明確なイレギュラーといえる。外部からの侵略者。異分子。破壊者。
だが――九曜の言っていた、「筋書き」という言葉を思い出す。
もしこの土地を舞台にストーリーが展開されることとなったら、九曜ほどストーリー上で重要な立ち位置にあてがわれる人物はいない。九曜は外部からの異分子として、この土地に筋書きをもたらす来訪者となる。イレギュラーではあるが、イレギュラーであることが九曜の明確なポジションとなる。
筋書き上、九曜はイレギュラーとして排除されるように働きかけられる。
九曜は自分を元陰陽師と名乗った。ならば、霊に近い――実体を伴わない存在への対処のほうが、本来九曜の得意分野なのではないか。
火の玉、河童、怪人――この順序は、九曜がどんどんやりにくくなる配列になっている。
本来、九曜は次第に厄介になる相手に苦戦していくという筋書きであったのなら――もともとこの土地でスケバンをしていて、たまたま九曜と出会った女子高生という存在のほうが、よりイレギュラーとして作用する。
秋沙は、本来この筋書きに載せられる存在ではなかった。
そこからなぜか、九曜によって連れ出されてしまった。九曜が楽をしたいがために。
秋沙はゆっくりと、十と七
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